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難攻
しおりを挟む『…ミリアム殿下、聞こえていらっしゃいますでしょうか?』
ライラは今、全てを投げ出したい衝動に駆られている。
力の限り今持っている本を床でも壁でも叩きつけて、出来るならばミリアムの首根っこを掴んでブンブンと激しく揺らしてやりたい。
勿論許されるわけは無いのだが…
『聞こえているか私に聞く前に、聞いてもらえる様な授業をなさってはいかが?』
ミリアムは相変わらずの態度で王国の基本的な語学の本に触れもしない。
なんなら傍にお茶とお菓子を持って来させて、そちらはきちんと手に持ち楽しんでいる。
だが、確かにこのような本は年頃の娘のは決して楽しいものでは無いのは、ライラにも分かっていた。
用意してもらった王国の言語の本は堅苦しく、よほど興味が無ければ開く事も無さそうな代物だ。
そして、かなり古い王国の古典芸能の本は、王国の文化やしきたりを知らねば読んでいてもさっぱり分からないだろう。
本の選定から始めるべきだった…とライラは激しく後悔している。
『…ミリアム殿下のご興味を引ける物をご用意します。なのでせめて、挨拶程度でも…』
ライラは今出来ることだけでも…と考えるが、ミリアムは依然どこ吹く風だ。
『嫌。面白く無いし、つまらないもの』
優しげで可愛らしい顔立ちの割に、随分と態度は可愛げも無く優しくも無い。
『お姉様が私を王国へ売り渡す気なら、売り渡せないようにするだけよ』
ミリアムは大きな目を怒りに燃やし、ライラを睨みつけた。
こんな態度でかれこれ1時間は経つ。
『…その面白く無くてつまらない国に、フィデリオ殿下とベルナルディ卿は行ってらしたのですよ?』
その言葉に、ミリアムは一瞬眉をピクッと動かした。
『お2人は王国の言葉にも堪能で文化も深く理解してらっしゃいます』
ミリアムの表情が幾分変わってくる。
やっぱり…そうなのだろうなぁ…
といくらライラでも察しはつく。
ミリアムは、どうやらレオにのっぴきならぬ思いを寄せているらしい。
退屈したミリアムが溢す関係のない話にも、レオは何度と無く登場した。
こちらが聞かなくとも、なんとも楽しそうにそれを周りへ聞かせる。
これは実に厄介な事になった…
嫌では困るし、成果が無ければいつでも首を切られる。もしくは路頭に放り出されるだろうか…
そこへ、部屋の扉が少しだけ開かれた。
そこには、黒髪で褐色肌のレオがいつもよりリラックスした格好で此方を覗いている。
格好からして、仕事は休みなのだろう。
ライラと目が合うと、レオはなんとも嬉しそうな笑みを見せた。
そんな顔をされたら、平静を保とうと努めてもライラの首は熱くなり始める。
だが、これは…逆に良い機会かもしれない
…
「ベルナルディ卿、如何なされたのですか?」
ライラが王国の言葉で話しかけると、レオは扉を大きく開けて、部屋に入ってくる。
ミリアムは素早く扉の方へ振り返り、レオ様っ!と声を上げた。
『ミリアム殿下にご挨拶申し上げます』
レオが簡単な挨拶をし、授業の邪魔をしたとミリアムに謝罪した。
『何も問題ございません!退屈で退屈で仕方なかったのです!』
ミリアムはそれはそれは嬉しそうにそう声を上げる。
「…ベルナルディ卿、私と王国の言葉で話していただけませんか?」
ライラの言葉に、レオは目をキョロキョロとさせたが、とりあえずその誘いには乗ってくれるらしい。
「何かありましたか?」
レオはライラと頬を染めて浮かれるミリアムを交互に見遣る。
「ミリアム殿下には授業を聞いていただけるように工夫をする必要がある様です」
ライラはミリアムを見ながら、レオにそう言う。
『何の話?何を話してるの?』
ミリアムは案の定眉間に深い皺を寄せ食い付いてくる。
『ミリアム様も王国の言葉がお分かりになれば、理解出来ますでしょう』
ライラの言葉に、ミリアムは唇をキツく結び、ムッとした顔をした。
「ベルナルディ卿はなぜこちらに?…キアラ殿下のご助言ですか?」
こうなる事を、キアラは予想していただろう。そして、それを打破してくれるべき人にも、勿論当てがあったはずだ。
「…ライラ様が困っているかもしれないから、と」
レオは苦笑いを浮かべてそう言った。
ミリアムは一段と不機嫌な顔でライラを睨みつけ始める。レオと2人で、2人だけが分かるように話すのはどうも許せないらしい。
『ミリアム殿下、面白くなってきましたか?』
ライラが笑みを浮かべてそう言うと、ミリアムは苛立った様に音を立てながら、ようやく本の最初のページを開いた。
とりあえず最低限の言葉だけを教え、ライラはミリアムの宮殿を出る。
広い宮殿内でも、使用人達が暮らす場所はかなり遠い。高官達は馬車や馬を使う事が許されるが、一介の臨時教師にはそんなものは勿論許されない。
往復だけで、かなりの時間が費やされる。そして苦労して辿り着いた先に…ミリアムが居る。
『…』
ライラが項垂れながらトボトボと歩き始めると、そのすぐ横に、ダークブラウンで品の良い馬車が止まった。
パッとドアが開く。
中からよく見知った美しい瞳が煌めいていた。
『送ります』
そう言って、レオはライラに手を差し出した。
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