転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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交わす杯

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 いよいよ帰る…となっても、ライラの体は寝たり起きたりを繰り返し、人に運ばれて船内のベットに置かれていた。
 寝不足が祟ったのか、高熱が続き、ライラはすっかり寝込んでしまった。
 
 今となっては立派なお荷物だ。
 
 レイモンドの事を言えた義理ではない。
 
 
 帰りの船は皇室の物だった。
 そして護衛船まで付いている。
 目立ってはいけない旅だったのに、帰りはそれこそ港に人だかりが出来た。
 
 おかげで船内は何不自由無く、むしろ豪華客船の様だったが、ライラにはそれが余計に居心地を悪くする。
 
 
 
『ライラ殿の熱は?』
 レオは仕事の合間合間に特段変わらないライラの様子を見に来た。
 
『山は越えたと思います。ただテレサ様からも聞いたのですが、やはり以前の怪我がまだ完全に癒えて無いのでは無いでしょうか?骨折された場所を痛がられる時もあったそうなので…』
 
 
 ライラのこもった耳に、時折そんな話声が聞こえてきた。
 
 レイモンドとテレサは交代でライラの看病を続ける。
 
 レイモンドはライラを理由にウミトとその娘、メルヴェから逃れる事が出来た。
 
 メルヴェはウミトと瓜二つの、やはり声の大きな圧のある年若い女性で、レイモンドは何か理由を付けては2人から逃げ回っていたらしい。
 
 帰っても手紙を週一回は必ずメルヴェへ送る事を約束させられ、レイモンドはようやく仮初の自由を得た。
 だが、まだウミトには何か考えがあるようで、レイモンドはウンウンと唸っている。
 
 ライラは宿のベットに横になりながら、その様子を薄らと開けた目で眺めていた。
 
 
 
 アクイラ卿もレイモンドを手放すのは惜しいと考えているようだ。。
 
 引き手数多なのは、やはりレイモンドの人柄なのだろう。
 動物や子供以外にも、その人柄はしっかり好かれるらしい。
 クレイグには1ミリも持ち合わせていないものだ。
 
 
 
 船の出立の際、皇室とアクイラの一族から宿のオーナー夫妻とウミトはこれでもか、という程の褒美を授けられていた。
 
 これでウミトも暫しの間は大人しくしていることだろう。
 
 
 帰りの船での3日間、ライラはそれこそ泥のように眠った。
 あまりに起きないので、揺り起こされてテレサに食事を無理矢理摂らされた程だった。
 
 今はただ眠りたい…
 
 皆無事に帰れる、その現実に、ライラは夢の中でもゆったりと浸っていたかった。
 
 
 
 
『早かったな』
 一足早く宮殿へ戻ったレオを、湯浴み終え、薄いシャツとパンツを身に付けたフィデリオが出迎える。
 
 
『…盗賊か?』
 簡潔に何があったかは、既にフィデリオの耳にも入っていた。
 
『いえ、トロメイの指示のようです。正確には、当主では無く娘の考えだったと。 直接指示した訳では無いと言い張ってますが、話を持ち掛けられた一派がトロメイに恩を売ろうとしたようです』
 
 レオの言葉を聞き、フィデリオは険しい顔でレオを見る。
 
『確かか?』
 
『生き残った者がそう吐きました。表では商人をしてますが、裏では盗賊まがいの事をして盗品を売り払ってる奴らです』
 
 フィデリオは報告を聞きながら、適度に冷えたワインボトルを手に取り、2つ用意していたグラスに注ぐ。
 1つはレオに差し出し、レオもそれを受け取った。
 
『捕虜は?』
 
『アクイラ様のご一族が領地で捕らえています。私が証拠を持って帰っても、争いの種になるかと…
 事はトロメイの領地で起こりました。
 トロメイがどう出てくるのかは分かりかねますが…後のご判断はアクイラ様とキアラ殿下に委ねられております』
 
 
 事はトロメイの領地…
 フィデリオはその言葉に片眉をくいっと上げる。
 
『あえて、引き摺り出したのだろう…?』
 フィデリオが意味ありげにレオを見ると、レオは目を伏せ何も言わない。
 
 皇室に借りがある上に今回の事…
 
 キアラが何を考えているか…
 
 トロメイの弱体化はキアラが即位した後の憂慮を減らす。そしてアクイラの一族が台頭すれば、皇室とも足並みが揃うという訳だ。
 
 何をどう取り上げるかによるが、今まで二分されていた海も、実質1つになる…
 
 トロメイの地で襲われた、この事実が今後、重要な位置を占める。
 
 
『…まぁ良いだろう。捕虜を連れて来なかったのは正解だな。こちら側に争いの種をわざわざ持ち込む事は無い』
 
 姉上も姉上だが、レオもレオだ…とフィデリオはグラスの酒を口に含む。
 
 …すっかりあの人妻に入れ込んで、周りが見えていないと思ってたが、頭はしっかり冴えていたのだと少し安堵した。
 
 
 
『どこの一派かは分かってますので、既に間者を何人か送っています。トロメイの動きも探らせています』
 
『上出来だ。向こうの出方を待とう』
 
 フィデリオは自身の空いたグラスにもう少し酒を注ごうとしたが、レオには酒を口に付ける素振りは見られない。
 
 いつもこういう時は労いも含めてフィデリオが酒を注ぐ。レオも必ずそれに付き合うが…
 
 
『飲まないのか?誰もいないし、適当に…あ、いや、そういえば…怪我は?』
 
 いつもと何も変わらないレオに、フィデリオは報告の項目にあった文を思い出す。
 
 幾つか傷を負ったらしい、特に肩の傷は深いとか…通りで飲まない訳だ、とフィデリオもグラスを机へ置いた。
 
 
 
『ご心配には及びません。…特効薬がありましたので』
 
 レオのその言い方が、なんともフィデリオには引っかかった。
 
 
 特効薬…特効薬…特効薬…
 あぁ、フォーサイスの弟…
 
 
 フィデリオの頭には、トロメイへ向かった面々が映し出される。
 
 
 っまさか…!


 え″っ…とフィデリオは声を漏らし、驚愕の表情を浮かべる。その手に持っていたボトルはゴン、と音を立てて床に落ちた。
 
 レオはさっと大きな体を屈め、素早くそれを拾い上げると、絨毯に広がるシミを最小限に抑える。
 

『まっまさか……遂に…旅先で…?
 …環境が変わると人は気が大きくなると言うが…』
 フィデリオの声は裏返る。
 
 
 夫婦を偽っていた時でも何も起こらなかったというのにっ!
 しかもトロメイの領地で!?
 
 事は、トロメイの領地でっ…!?



『…何か勘違いをされています』
 
 そうフィデリオに声を掛けるレオの顔にも、どこか余裕を感じる。
 
 
『勘違い?…いや、いい。何も言うな。姉上が許したのなら、もう好きにするが良い…姉上御自ら迎えに行くのを許したのだろう?ただ私にお前とあの婦人との詳細は言うな。姉上に聞かれたら隠せる気がしない』
 
 フィデリオは目を閉じ、頭を掻き乱す。
 
 
 
『…幸いまだ残っていますね。やはり、私も一杯、よろしいでしょうか?』
 
 レオはボトルを手に持ち、フィデリオに聞いた。
 
 
 
『好きにしろ…。飲みたいだけ飲むが良い…』
 フィデリオはため息を吐きながら、ボトルを奪い返すと、新しいグラスへ並々と酒を注ぐ。
 
 それを差し出すと、レオは笑ってグラスを受け取った。
 
 
 
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