82 / 106
羽ばたき
しおりを挟む帝都からの客人が帰り、トロメイの真珠が消えると、屋敷は普段通りの空気を取り戻し始める。
宴も終わり、これで日常へ戻るのだ。
デュマンは大きく伸びをして空気を目一杯吸い込む。
また船に乗らねばならない。
宴で空いた穴の分の仕事を取り返さないといけないからだ。
トロメイの屋敷に戻ってきた時は気怠く、体も重かったが、あの王国からの婦人は、そんなものを感じさせぬ程度に楽しませてくれた。
次はいつ会えるのか…
そんな風に考えている自分にデュマンは呆れて笑いが込み上げてくる。
早く会いたい…?いや、会うことも無い
羽を取り上げることは出来なかった。
羽をむしり取るより、力強く羽ばたく様を見る方が、どうやらデュマンは好きらしい。
会えないならば、こちらが会う口実を作れば良いだけだが…
もしくは、直接、会いに行く…?
アホらしい、年頃の小僧でも無いのに…
とデュマンは頭の中の煩悩を打ち消して、自らの屋敷へ急ぐ。
早くここを離れて、さっさと仕事に行こう…
デュマンが屋敷に入ると、急に後ろから腕を引っ張られた。
声を掛けずに、そんな事をしてくる相手は大体金か命を狙ってくる…経験がある以上、デュマンの体が動くのは早い。
直ぐにその腕を掴んで引き倒そうとするが、無遠慮に伸ばされたその腕は、なんだか細く弱々しい。
『…っ痛!』
『ミネ!?』
弱く甲高い声を上げながら、ミネが苦痛に顔を歪める。
『何してるんだ、こんな所で!っ大丈夫か?先に声を掛けたら良いだろう』
デュマンは慌てて捻り上げたミネの腕に異常が無いか確かめる。
『デュマン兄様っ、話が、あるの…』
ミネは小さな声でそう言った。
『話?そんなの後だ。とりあえず医者を呼ぶから…』
デュマンが使用人を呼ぼうとするのを、ミネはデュマンの服を強く引っ張って制する。
『ダメ、聞いて。今すぐ、今すぐなんとかしないと…』
顔色の悪いミネに、いつもの様な快活さが無い。
一体何があったというのか…
嫌な予感がする…デュマンの頬に汗が滴った。
そして、こういう時の予感は、大体当たってしまうものだ。
『…どけっ!急ぎだ!』
デュマンは美しいトロメイの伝統衣装を乱しながら、全力で駆ける。
ジャラジャラとした装飾品も、既に何処かに放り投げた。
証拠が無い?無いならトロメイの精鋭を、港まで付けるべきだったんだっ!
ミネから聞いた話に、デュマンは顔を真っ青にした。
確かに証拠は無い、だが、ハーレならやりかねない。
そして、もっと早くハーレを尋問すべきだった。
誰に会ったのか、何を話したのか、ここ数日の事を事細かに吐かせ、使用人達にも聞き取りをする…拷問してでも口を割らせ、その間にトロメイの精鋭に帰りの旅順を変更させて見送る。
勿論、その先にも兵を派遣して。
事が露見しない様、ハーレとその仕事を請け負った者は捕えて幽閉するか、…殺す。
ハーレの悪巧みを察した時点で、そうするしか無い。
例えトロメイの領地の外であっても、トロメイへ疑いの目は必ず向けられる。
相手はエルメレの皇族、ベルナルディ侯爵家まで出てきたのに、なぜ事の重大さが分からないっ!?
『ークソッ!あの無能どもっ!』
もうトロメイから兵を派遣しても、今
からでは間に合わない
却って不自然な動きをしたら、逆に知っていたのだと糾弾される
帰路にしても、お祖母様は陸路を指定したが、わざわざ遠回りするはずが無い
どの道を行くのかさえ、分からないのにっ!
帝国の一行に何かあれば、それこそ命が危ぶまれれば…トロメイは滅びる。
デュマンは鳥達を管理する棟へ着くと、乱暴に扉を開いた。
デュマンの様子にギョッとする飼育員や管理人達の目も気にせず、デュマンはあるものを探す。
『アクイラ卿から頂いた伝書鳩を持ってこい!直ぐにっ!』
飼育員に指示して、デュマンは伝書用紙を棚から出すと、殴り書きで要件を記した。
『早くっ!急げっ!』
2、3人がかりでそれを雌雄の鳩の足へ装着させる。
『放すぞっ!』
デュマンの手からも、雄の伝書鳩が放たれた。2羽の鳩が、勢いよく大空へ羽ばたいて行く。
アクイラから来た伝書鳩、その雛はまた優秀な伝達係となる…アクイラ卿の言葉の通り、きっとあの番はアクイラ領へ最速で戻るはず。
アクイラの一族の誰かにでもそれが伝われば、たちまち各地へ散らばる者へ広まる。
まだトロメイ近辺に居る勘の良いアクイラの者が、運良く番の伝書鳩を見れば…必ず異変を感じ取り、すぐ行動へ移すだろう。
…もしや、アクイラ卿は、何かあると読んでいた?
贈り物だと鷹と伝書鳩の番を見た時感じた違和感は、これだったのだろうか
いや、まさか…
だが、ベルナルディ侯爵家の護衛が突如現れたのも、おかしな話だ。
ベルナルディ侯爵家の三男、だがその実力は兄達を優に凌ぎ、戦場での活躍は有名だ。そして第二皇子殿下の最側近…
『まずいな…非常に、まずい…』
空を見上げながら、デュマンは小さくそう呟く。
トロメイへの咎は、避けられない…
だが、もし、全てにおいて、アクイラ卿が周到に保険を掛けていたなら…
『ライラ殿は…生き永らえられる…』
かなりの確率で…。
一族の差し迫った危機の中にいても、デュマンの胸は希望的観測に少なからず安堵していた。
船に乗るのは延期だ
忙しくなる
デュマンは大きなため息を吐くと、覚悟を決め、その踵を返した。
4
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。


愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

もう尽くして耐えるのは辞めます!!
月居 結深
恋愛
国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。
婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。
こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?
小説家になろうの方でも公開しています。
2024/08/27
なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる