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母娘
しおりを挟む『お祖母様、お願いです!聞いて…!』
がやがやと騒がしい屋敷の静かな一室で、ミネは声を顰めてギュルにそう言った。
朝から慌ただしく動き回るギュルを捕まえるのは至難の技で、人払いなど出来たのは奇跡に近い。
ミネはこの機を逃す訳にはいかなかった。
今この時も、ギュルはミネの前に手をかざし、黙れとでも言いたげに部屋から出て行こうとしている。
『確かに聞いたのです、お母様はアーダ様の末裔は現れなければ良かったと!何か良く無いお考えをお持ちかもしれないんです!
手を打たねば、取り返しのつかない事が起こるかもしれません!』
ギュルはミネの方に顔を向かない。
ただ目を見開き一点を見つめ続け、眉間にギュッと皺を寄せている。
『…そんなに言うなら、ミネよ、証拠はっ…あるのか?』
ギュルの眼が突然ギョロリと動き、ミネを捉える。
いつもの祖母では無い、そんな違和感をミネは感じた。
『…っ信じて下さらないのですか?』
藁にも縋る気持ちで、それでもミネは必死に祖母に訴えかける。
ギュルが、娘であるハーレに甘いのは今に始まったことでは無い。
甘い…と言うよりも、時に腫れ物を扱うようにミネには見えた。
母であるハーレは娘から見ても気性が荒く、面倒ごとを嫌い、自らの楽しみを優先させる幼い子供の様な人だ。
実際、育児も乳母数人に任せきりで会える日や時間さえミネが幼い頃は決まっていた。
確かに母、ではあるが、実際の所ミネの母への印象は世間とは大分隔たりがある。
そんなハーレであっても、ギュルならきっと何か策を持って御することが出来るるのだとミネは思い込んでいた。
ハーレを御せる何かを、この人は持っていると。
『っ証拠が無いものに…動く訳にはいかない…』
ギュルの顔には大粒の汗がいくつも滲み始めた。
震えを抑えているようにもミネには思える。
『あの子とて馬鹿では無い。トロメイの領地内では揉め事は起こさないだろう…。領地の外なら、我等の関わることでは無い。
そもそもっ…本当にそう聞いたのか?聞き間違いであったかもしれない、そうだろう?』
何をそんなに怯えているのか…
ギュルはギョロギョロと落ち着かず目を動かす。
この人は…自分が思ってたような器を持つ人間では無いのかもしれない…
ミネの中に築かれたギュルという人物が、ボロボロと剥がれて崩れ始めた。
それでも剥がれないで欲しいがため、ミネは必死にミネの中の祖母を信じる。
『っ聞き間違えるはずありませんっ!
領地の外なら何をしても良いんですか!?本気で仰ってるのですか、お祖母様!
ザイラ様の身に何かあったらどうするのです!?』
ミネは思わず声を荒げる。
『…領地内の事は領地内で解決すべきだ。
我等は他の事に一切感知はしない。証拠が無いなら尚の事、余計な動きを見せればありもしない疑いをかけられてしまう…
それに、…ザイラ殿には少数とはいえ皇室の護衛が付いている。責を負うは護衛…何事も無く、トロメイの領地を出て行ってくれさえすれば、それで良い…』
抑揚の無い声でギュルはそう言った。
『…お祖母様……?当主…?』
自らの声を聞き入れるつもりが無い…
そう分かったミネの消え入りそうな声はもう声にもならず、ただ両手で顔を覆った。
祖母は当主だが、ミネが思い込んでいたような思慮深く賢い当主では無かったのだ。
祖母である事さえも情けなくなる程に、その人の器は酷く脆く、小さいとミネは気付いてしまった。
浅はかにも、ハーレが何かを企んでいる…そう考える事をギュルは放棄している。
『…ミネ、お前も時期がくれば分かるだろう。
目をつむり、耳を塞ぎ、口を閉じるんだ』
ミネは喉の奥が灼けただれたように痛んで声が出せない。
『この話は聞かなかった事にする。そなたも忘れなさい。忘れれば、無かった事になる…何も言わない、何も知らない…それで良いんだ』
パタンと扉が閉まる音がした。
ギュルは出て行ったらしい。
どうしたら良いのか…
証拠が無い、それは確かに説得力に欠ける点だ。
誰彼構わず下手に話す訳にはいかない。
相手を、間違えてはいけない。
皇族が関わっている以上、少しでもトロメイに疑惑の目が向けられれば、歴史ある公爵家であっても容赦は無いだろう。
ただ泣いてるだけでは何も解決しない、未熟な自分には、どうする事も出来ない…
涙がポツ、ポツと床に小さな円を描く。
あらゆる感情が一気に押し寄せて、ミネは一歩も動けなかった。
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