転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

文字の大きさ
上 下
79 / 106

母娘

しおりを挟む

 
『お祖母様、お願いです!聞いて…!』
 がやがやと騒がしい屋敷の静かな一室で、ミネは声を顰めてギュルにそう言った。
 
 
 朝から慌ただしく動き回るギュルを捕まえるのは至難の技で、人払いなど出来たのは奇跡に近い。
 ミネはこの機を逃す訳にはいかなかった。
 

 今この時も、ギュルはミネの前に手をかざし、黙れとでも言いたげに部屋から出て行こうとしている。

 
『確かに聞いたのです、お母様はアーダ様の末裔は現れなければ良かったと!何か良く無いお考えをお持ちかもしれないんです!
 手を打たねば、取り返しのつかない事が起こるかもしれません!』
 ギュルはミネの方に顔を向かない。
 ただ目を見開き一点を見つめ続け、眉間にギュッと皺を寄せている。
 

『…そんなに言うなら、ミネよ、証拠はっ…あるのか?』
 
 ギュルの眼が突然ギョロリと動き、ミネを捉える。

 いつもの祖母では無い、そんな違和感をミネは感じた。



『…っ信じて下さらないのですか?』
 藁にも縋る気持ちで、それでもミネは必死に祖母に訴えかける。
 
 
 ギュルが、娘であるハーレに甘いのは今に始まったことでは無い。
 甘い…と言うよりも、時に腫れ物を扱うようにミネには見えた。
 
 母であるハーレは娘から見ても気性が荒く、面倒ごとを嫌い、自らの楽しみを優先させる幼い子供の様な人だ。

 実際、育児も乳母数人に任せきりで会える日や時間さえミネが幼い頃は決まっていた。
 確かに母、ではあるが、実際の所ミネの母への印象は世間とは大分隔たりがある。
 

 そんなハーレであっても、ギュルならきっと何か策を持って御することが出来るるのだとミネは思い込んでいた。
 ハーレを御せる何かを、この人は持っていると。
 
 
『っ証拠が無いものに…動く訳にはいかない…』
 ギュルの顔には大粒の汗がいくつも滲み始めた。
 震えを抑えているようにもミネには思える。
 
『あの子とて馬鹿では無い。トロメイの領地内では揉め事は起こさないだろう…。領地の外なら、我等の関わることでは無い。
 そもそもっ…本当にそう聞いたのか?聞き間違いであったかもしれない、そうだろう?』

 
 何をそんなに怯えているのか…
 ギュルはギョロギョロと落ち着かず目を動かす。
 
 この人は…自分が思ってたような器を持つ人間では無いのかもしれない…
 
 ミネの中に築かれたギュルという人物が、ボロボロと剥がれて崩れ始めた。

 それでも剥がれないで欲しいがため、ミネは必死にミネの中の祖母を信じる。


 
『っ聞き間違えるはずありませんっ!
 領地の外なら何をしても良いんですか!?本気で仰ってるのですか、お祖母様!
 ザイラ様の身に何かあったらどうするのです!?』
 
 ミネは思わず声を荒げる。
 
『…領地内の事は領地内で解決すべきだ。
 我等は他の事に一切感知はしない。証拠が無いなら尚の事、余計な動きを見せればありもしない疑いをかけられてしまう…
 それに、…ザイラ殿には少数とはいえ皇室の護衛が付いている。責を負うは護衛…何事も無く、トロメイの領地を出て行ってくれさえすれば、それで良い…』
 
 抑揚の無い声でギュルはそう言った。


 
『…お祖母様……?当主…?』
 
 自らの声を聞き入れるつもりが無い…
 
 そう分かったミネの消え入りそうな声はもう声にもならず、ただ両手で顔を覆った。
 

 
 祖母は当主だが、ミネが思い込んでいたような思慮深く賢い当主では無かったのだ。

 祖母である事さえも情けなくなる程に、その人の器は酷く脆く、小さいとミネは気付いてしまった。
 
 浅はかにも、ハーレが何かを企んでいる…そう考える事をギュルは放棄している。


 
『…ミネ、お前も時期がくれば分かるだろう。
 目をつむり、耳を塞ぎ、口を閉じるんだ』
 
 ミネは喉の奥が灼けただれたように痛んで声が出せない。
 
『この話は聞かなかった事にする。そなたも忘れなさい。忘れれば、無かった事になる…何も言わない、何も知らない…それで良いんだ』
 


 パタンと扉が閉まる音がした。
 ギュルは出て行ったらしい。
 
 
 
 
 どうしたら良いのか…
 
 証拠が無い、それは確かに説得力に欠ける点だ。
 誰彼構わず下手に話す訳にはいかない。
 相手を、間違えてはいけない。
 
 皇族が関わっている以上、少しでもトロメイに疑惑の目が向けられれば、歴史ある公爵家であっても容赦は無いだろう。
 
 
 ただ泣いてるだけでは何も解決しない、未熟な自分には、どうする事も出来ない…

 
 涙がポツ、ポツと床に小さな円を描く。 



 あらゆる感情が一気に押し寄せて、ミネは一歩も動けなかった。
 
 
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

婚約者の側室に嫌がらせされたので逃げてみました。

アトラス
恋愛
公爵令嬢のリリア・カーテノイドは婚約者である王太子殿下が側室を持ったことを知らされる。側室となったガーネット子爵令嬢は殿下の寵愛を盾にリリアに度重なる嫌がらせをしていた。 いやになったリリアは王城からの逃亡を決意する。 だがその途端に、王太子殿下の態度が豹変して・・・ 「いつわたしが婚約破棄すると言った?」 私に飽きたんじゃなかったんですか!? …………………………… たくさんの方々に読んで頂き、大変嬉しく思っています。お気に入り、しおりありがとうございます。とても励みになっています。今後ともどうぞよろしくお願いします!

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...