転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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亡霊

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 港の少し外れ、街の入り口あたりに立派なラクダが数頭とラクダに繋がれた荷車、そしてアクイラの一族らしい数名がライラ達を待っていた。
 
 アクイラが2人の男と挨拶を交わし、従者達とも何やらにこやかに挨拶を交わす。
 
『私の従兄弟と叔父です』
 紹介されたが、男性2人は、少し暗い金髪に青い目をした手足の長い長身で、アクイラと同じ様な身体的特徴を持っている。

 従者達も皆同じような髪と目を持ち、手足が長くスラリとしていた。
 
 アクイラの一族には、こういった特徴の人が多い民族なのだな、とライラは横目で観察する。
 
 王国の人種よりもより髪は明るく、目も明るい。色素の薄さを見るに、日照時間の少ない土地なら、肌も白くなるのだろう。
 



「ザイラ様、いえ今はライラ様でしたでしょうか…まさかと思いましたが、港でお会い出来るとは」
 
 アクイラ卿は気を利かせて、ライラとレイモンドをラクダの引く荷車へ一緒に乗せてくれた。
 屋根もあるので日除になり、幾分涼しい。

  
「レイモンド様もご無事で何よりでした。お互いすっかりエルメレに染まっておりますね。よくお似合いです」
 
 レイモンドはすっかり別人だが、長髪も髭もとても似合っている。恵まれた体躯と相成り、より男らしい雰囲気だ。

 
「どうぞ以前同様、レイモンドとお呼びください。やはり、お声を聞くとご本人ですね。耳の形もザイラ様そのもの」
 
「…」
 レイモンドの言葉は、ライラの体にゾワリとしたものを走らせたが、フォーサイス家らしい。

 そんな所を見てたのか…

 いや、もしかしたらクレイグもアレシア以外はそうやって見分けているのかもしれない…
 
 独特だが的確な見分け方では確かにある。


「レイモンド…殿はなぜ帝都の方では無く、こちらに?」
 
 ライラにそう聞かれると、レイモンドは頭を掻きながら事のあらましを話す。
 
 船が嵐に飲まれて難破し、救助ボートへ乗客を乗せる手伝いをしていたら、己の持ち物はどこかへ消えてしまった。

 救助された小島で、おいそれと皇室の名を出す事はいかがなものかと思い、トロメイの領地へ用があると言ったら、よく救助を手伝ってくれたからと船員が船で送ってくれた。

 だが送られた先は帝都の方ではなく、トロメイの方で、身元を明かすものも無く、困っていた所を先程の男性に体格の良さを見込まれて港で積荷の荷下ろしの仕事を紹介されて生きながらえた、と…


「危うく結婚する所でした…」
 ふふっと笑みを溢し、頬をほんのり染めてまんざらでも無さそうだが、果たして危ういべきはそこだったのだろうか…
 
 幾度も死線を越えたであろう体験だが、この体躯に見合った精神力をしっかり持っている。それ故に、なんとも惜しい体質をお持ちでもあるわけだが…


「そもそもなぜエルメレへ?私の付き添いだけが目的では無いですよね?」
 いくらライラと馴染み深いとはいえ、
 それだけの理由で遠路はるばる海を越える事は無い。

「トロメイの領地は、良質な乳香の名産地なのです」
 乳香…の言葉にライラは首を傾げる。
 
「樹脂の事です。樹の皮に傷を付けると乳白色の樹脂が出てきて固まります。
 王国でも香ですとか…精油は香水にも使われていますね。かなりの高級品です。
 そして薬にも利用されます。
 強い殺菌作用があるので、止血や鎮痛に使われますし…正しく、身も心も癒す代物です」

 香料の生産が盛んと本では読んだが、それが乳香を指すのだろう。


「フォーサイス夫人が、お好きそうですね…」
 フォーサイス夫人が好き、というのは魅力的な品物と、それがもたらしてくれる富…というより商売自体が楽しいのだろうから、その楽しみの方が勝るだろうか。

「はい。兄から聞いてましたが、本格的に調べて来いと、母が…」
 
「あの、ま…お母様らしいですね」
 危うく魔女と言いそうになった。
 危ない危ない、旅の疲れで口元が緩んでいる。
 
 本当に夫人は鼻と耳の利く人だ…とライラは苦笑いを浮かべた。
 パズルの様に、嵌め込むのが上手い。先をどこまで読んでいるのか、どこまで知っているのか、計り知れない所がある。

 
「ライラ様、此度の旅でもし出自を問われたら、フォーサイスをお名乗り下さい。フィデリオ殿下もそう仰っておりました。
 聞かれたら困るだろう、と」
 
 確かにその可能性はある。
 うっかりローリーだとかフェルゲインの名でも出したら、大事になってしまうだろう。

 
「嘘をつく時は少しの真実を混ぜろ、です。子爵家の遠縁の令嬢ということで。
 私もフォロー致します」
 
 レイモンドが微笑むと、不思議と緊張も和らいだ。王国の言葉もなんだか懐かしく耳に響く。
 
 
 もう一つの港からもう一度船に乗ると、30分ほどでより立派な港へ着く。
 緑豊かで活気に溢れた場所だ。


『砂漠を突っ切ることが出来れば、もっと早く着くのですが…』
 テレサがそう溢していたが、トロメイ領は海や森、岩山に砂漠とあらゆる土地が混在した地だ。
 
 砂漠を渡るには経験と知識が必要になるし、荷物の多さを考えてもゆっくりでも良いから街中を行く方が良いらしい。
 
 トロメイの屋敷がある中心地があるので、人の多さや街の洗練具合は群を抜いている。
 帝都程に人が居住可能な地が少ないので、余計に人の混雑を感じた。

 
 ラクダの荷車に揺られてすぐ、立派な白亜の門が現れる。

 テレサが守衛らしき人に声を掛けると、程なくして門は開かれた。
 
 自然と背筋が伸びる程に、荘厳で多様な文化を融合させた庭園や森林が続き、まるでオアシスの様だ。

 
 白亜の屋敷の前には、既に10数名ほどの人が並び、こちらの到着をいまや遅しと待っていた。
 
 
 
『ようこそお越しくださいました』
 中年の一際めかし込んだ女性がそう言う。
 何やら落ち着かない様にその目はあちこちに動いている。
 
 これが、恐らくギュル、と呼ばれる現在の当主だろう。

『トロメイ家の当主、ギュルでございます。こちらは娘のハーレ、孫娘のミネです。
 ヤースミンお祖母様は足が弱っておられますので、応接間でお客人方をお待ちしております。
 ご到着されて早々ではございますが、お祖母様は指折り数えてこの日をお待ちしておりました故…一度ご挨拶をとしたいと仰せです…
 ご滞在中は私の兄ジャニス、息子のデュマンとエルデムが皆様をおもてなし致しますので、どうぞお気軽になんでもお申し付け下さい』
 
 ギュルの娘、ハーレはライラなぞちっとも見ていない。アクイラの一族に目を奪われているようだ。特に、側室であられるアクイラ卿を、真っ黒に囲めれた目で射抜くように見つめていた。
 
 
 
 ギュルの言葉に顔を上げたギュルの兄と、息子達はライラと同じく真っ青な目でこちらを見た。
 
 もてなしは男の仕事なんだな、とライラは思った。 
 ギュルもハーレも夫は居ない様だし、この男達の大人しさを見るに、やはりトロメイの女達は随分強いらしい。
 
 では、こちらへ、とギュルに促される。
 一行はそのまま応接間へ向かった。
 
 横に2人の並びで、見事な調度品に囲まれた広い屋敷の中を進む。
 ギュルとハーレはアクイラ卿に何やら話しかけているが、アクイラ卿は面倒そうにそちらに視線をやらない。
 香水がキツすぎるのもあるが、ハーレの目の血走り様がこちらからも見て分かる。

 
 怖いもの知らずだな…とライラは思った。
 帝国の頂点に立つ女神に侍るこの美しい人物は、眺めることさえ本来なら恐れ多いのに…
 
 トロメイの頂とて、それは天上では無い。
 
 あの勢いだと、そのままアクイラ卿を蛇の様に丸呑みでもしそうだ…とライラはその様子を後ろから眺めていた。
 

 
『旅は如何でしたか?ライラ様の目にエルメレはどうお映りに?』
 隣から声を掛けてきたのは先ほどギュルに紹介された兄の息子、デュマンだ。
 
『素晴らしい所です。見るものが多く、いくら時間があっても足りません』
 
 そうライラが答えたのを火切りに、なんとも話術に富んだ男はエルメレの魅力を話し出した。
 
 その機知に富んだ話術から、優れた商人なのがライラにもすぐに分かる。
 フォーサイス夫人と同じだ。
 気付いたら買わされてる、という術に違いない。
 

『…エルメレの乳香にご興味がおありでしたら、後でいくつかお品物をお届けいたしましょう。
 やはり見て、使ってみないと。
 そして天上からの贈り物である真珠…、もこの地の名産の一つですが、我が一族にとっての真珠は今までお一人だけでした。
 失われたかと思われておりましたが…今一度この地へ舞い降りた。あなたこそ、我等トロメイへ女神が授けて下さった贈り物です…』
 ニッコリと笑みを浮かべる男は、もう立派な男性なのだが、どこか可愛らしい印象を与える。
 
『トロメイに産まれた者達は皆待ち侘びておりました、あなたを』
 
 耳元でそっとそう呟かれ、一瞬ライラはビクッと肩を震わせる。
 
『ライラ様、こちらが応接間のようです』
 一行が止まると、ライラの隣にいつの間にかレイモンドが居る。
 
 ライラを挟み、レイモンドはデュマンをじっと見るが、デュマンは相変わらずの笑みを浮かべていた。
 
『ヤースミンお祖母様、失礼致します』
 
 ギュルの声に、使用人が立派な扉を開ける。
 
 あらゆる贅を尽くされた部屋には、大層立派な椅子に座る高齢の女性が居た。
 
 化粧も濃くなく、着ている服は淡い水色のゆったりとしたエルメレのドレスだ。
 
『ああ…あぁ…!信じられない…!』
 
 ライラを見た途端、ヤースミンは歪めた顔を両手で多い、泣いているような叫び声を上げた。
 
 デュマンがライラの両肩にすっと両手を置く。
 レイモンドがそれを一瞥するが、デュマンはそのままライラの体をそっと押した。


『どうかお近くに。お祖母様は足腰が弱っておりますので』
 そう促され、ライラはデュマンと共にヤースミンの元へ近づく。
 
 
『ソーテール、どれほどこの日を夢見たか!アーダ姉様…!女神よ…!今再びあの日のままの姉様に会えるとは…!』
 ヤースミンはライラの手を取ると勢いを付けて立ち上がり、きつくライラを抱きしめた。
 
 体がふらつきそうになるのをデュマンが支える。
 まるで、こうなると分かっていたかのように。

 
『顔をよく見せて…やっぱり、目の色も同じ。エルメレの真珠…お姉様だ、アーダお姉様…女神がそうさせたのだ、戻って来れるようにっ!』
 
 ヤースミンは両手でライラの顔を挟み、その顔を見ては涙を流す。

この老婆は、こちらが戸惑う程に姉とその思い出に囚われているとライラは感じる。
 老い先短いとはいえ、体面さえ放り出し、その力関係を崩すのも厭わずに皇室に縋った。いくら昔の美しい思い出が忘れられないとはいえ、借りを作ってしまうのに。

 

 亡霊に縋り付いて、その面影を追い求める姿は、歓迎されているのはライラでは無くその亡霊だとしっかりと認識させられた。
 
 その青い海の目には、再び蘇ったというアーダでは無く、ライラはどう映っているのだろう。
 

 そして亡霊を支え、笑みを浮かべたこ
 の男…
 
 優秀な商人なら、何がどうなるか分かってるに違いない。本当に注意すべきは、ギュル達なのか…

 それとも…
 
 顔を少し横に向けて見上げると同じ深い青の瞳がライラを見ている。
 
 その深い海の底が見えない。
 その暗さは、不気味に揺れていた。
 
 
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