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待ち人来たれり

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 室内に戻り、ライラは適当な場所に座って大爺様から貰ったお守りを眺めていた。

 その様子に隣に居たテレサがライラに声を掛ける。
『…ライラ様、それは…』

 
『トロメイの物だそうなんですが、ご存知ですか?』
 テレサは興味深そうにお守りを見る。

『…神を表すものですよね?私の産まれた地ではまた少し違う形ですが。アクイラ様の方がお詳しいかもしれません』
 
 少し離れた場所で、1人黙々と読み物をしているアクイラに話しかけて良いものか…

 だが、もしかしたら打ち解けるきっかけになるかもしれないし、情報は1つでも欲しい。
 

『アクイラ様、少し宜しいですか?』

 ライラの問いかけに怠そうな目つきでアクイラは顔を上げる。 
『これが何の神か、ご存知ですか?』
 
 お守りを差し出すと、アクイラはピクッと眉を動かし、それを受け取った。
 
『…これはトロメイが特に信仰する女神を表します。
 3つ伸びた線は天上、地上、地下、または月の上弦下弦、過去現在未来…あらゆる3面を表します。
 トロメイの女神は生死にまつわる事、出産や収穫、戦闘…果ては冥界までを統べる神、またはソーテールです』
 
 思いの外穏やかな口調でアクイラはライラの疑問に応えてくれた。身構えたが、拍子抜けだ。
 
『ソーテール…?』
 
『救世主です。神であり救世主。神託を授けて下さるから救世主なのです。
 それと同時に、神殿は歴史や習慣を後世に伝える場。
 お教え頂くのです、我々の行いは正しかったのか、または正しいのか、と』
 
 祈り…というよりも歴史に則り経験則を生かす、そんな感じなのだろうか。
 
『お教えいただく、といってもそこで祈りを捧げる訳ではありません。
 祭壇も神殿の外にあります。供儀や祭儀などの行いに重きを置いているので、王国の神とはまた違うかもしれません。
 良き行いは幸運を呼び、悪しき行いは不運を呼び込むと信じて…今までの信心はどうであったか、神々にお尋ねするのです』
 
 私はこの十字です、とアクイラは首から下げた十時の金で出来た彫りの美しいペンダントを服の下から取り出す。
 
『古来より神々は十字路や三叉路に現れるのと言われています。ですが、同時に神々にも多くの面がある事を表しているのでしょう』
 
 神々にも、多くの面…まるで人のように不完全な印象を受けるが、親しみも湧きやすいとライラは思った。
 
『それと…そのお品物はかなり限られた方しか持てません。その石は高貴な身のみ許される貴重な物、おいそれと見せびらかしてはなりませんよ』
 
 アクイラはそれだけ言うと、お守りをライラに返し、また読み物に目を戻した。
 
『ありがとうございます』

 ライラはそのお守りを腰に吊るした小さな袋にしっかり仕舞う。
 お守りの効果なのか、アクイラは先程よりも棘が幾分柔らかくなったような気がした。

 さすが大爺様、確かに使えるお守りだ。


 
『…私の口からお伝えしていいのか分かりませんが』
 視線を読み物へ戻した筈のアクイラが、もう一度ライラを見る。

『トロメイに着いたらあまり現在の当主、ギュル様へは近づかない方が良いでしょう。穏便に済ませたいのなら』
 
 歓迎されぬ事もある、その筆頭は現在の当主なのだろう。
 
『ヤースミン様の熱望が叶い、一族も浮き足だってます。ソーテール、神がライラ様の体を使い、ここまで連れて来てくれたと思う者も居るでしょう。
 海の向こうに消えた真珠は、と歌にもなる位に長い間の嘆きや悲しみが報われたのですから。
 ですが、ギュル様やその周りは違います』
 じっとその青い空のような瞳で、アクイラはライラを見る。

 まだ何か…他にも言いたそうにライラには思えた。
 
『…肝に銘じます。その上でしっかりお役目を果たし、キアラ皇女殿下のご期待に添えるように尽力致します』
 ライラは目を伏せ、そう言った。
 
 自らの力で立つための、最初の一歩と言えるだろう。
 
『私も良き行いを重ねて、早くこちらへ戻り、私の女神様にお伺いを立てましょう』
 
 私の女神様…ライラがアクイラを見ると、ハッとした顔で目を見開き、アクイラはすぐ様読み物へ目を戻す。
 
 だが、その耳は俄かに赤みを帯びているように見えた。

 
 なるほど、不機嫌の理由はそれか…
 
 アクイラ卿は熱烈に信仰してらっしゃる様だ、あの女神様を。
 
 
 
 
 船は程なく港に到着した。
 大きな港なので、そこは大変混雑している。
 逸れないよう、テレサは注意を払うが、1番守られるべきアクイラは先頭を歩いた。
 
 それでは困る…とライラもなんとかアクイラを越したいが、人の波には中々逆らえるものでも無い。
 
 大きな笑い声から喧嘩する声まで、ガヤガヤと騒がしかった。
 
 
 
 何やらあそこも揉めている…
 
 ライラ達が少し人の波を抜けた時、一際大きな声を出すガタイの良い初老の男性が目に入った。
 
『だからよぉレエ、もう迎えもこねぇって。腹括るしかねぇんだ。
 お前はうちの娘と結婚して、俺の跡継げばいいんだよ』
 
 相手の男性をバシバシと叩きながら初老の男性はそう言うが、それなりの強さで叩かれている男性はビクともしていない。
 
『いえ、そう言う訳には…』
 ガタイの良い初老の男性の前にはのっそりとした壁のような男が、頭をペコペコ軽く下げてモゴモゴと何か話している。

『旅券も関係ねぇし、身分も俺が保証して作ったらいいんだよ!なぁーにも落ち込むことはねぇ!』
 
『いや、それは確認に時間が掛かっているだけですから…』

『いくら問い合わせてもおめぇ聞き入れてもらえねぇじゃねぇか』

 気圧されて何を言っても壁は吸収するのみだ。跳ね返せば良いものを…
 
 いや待て…
 あの壁…どこかで見覚えがある…
 髪は伸び、髭も生えて、こんがりと肌も焼けているが…
 
『なんだおめぇ、もしかしてうちの娘が気に入らねぇのか!?可愛いうちの娘が!?』
 
『いえ、そのお話では無くて…』
 
 
 ライラはアクイラとテレサから離れ、初老の男性の後ろに回り込む。
 
『ライラ様?』
 すぐにテレサがライラに声を掛けるが、振り返る余裕は無い。

 
 まさか…そんな事が本当に…



 
「「あ…」」


 
 壁のような男とライラの目がバッチリと合い、声が重なった。


 
 やはり、そうだ。


 
「レイモンド、様…」
 ライラがそう呟くと、テレサは目を見開いて、男性同士の間に割って入った。


 
『…知ってる方ですか?』
 アクイラはライラの隣に来てそう聞く。
 

 はい、とても…
 凄く、知っています。なんなら癖の強い両親も、捻じ曲がった兄も…書類上は親類に当たりますから…


『ああ、フィデリオ殿下が仰っていた王国からの同行者でしょうか?…連絡も無く消息不明だと聞いておりましたが』
 
 フィデリオが待ち侘びた、よくご存知の方とはレイモンド・フォーサイスだったらしい。
 
『ソーテール、でしょうか?』
 アクイラが口元を緩めて笑みを浮かべる。
 
 
 余りにも驚いて、最早幻の様にさえ見える。

 古の神の出現とは、確かにこんな感じかもしれないとライラは思った。
 
 レイモンドがこの異国の地で、神の如き働きをしてくれるのか…大いに期待している。
 


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