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赤い実
しおりを挟むキアラ殿下に謁見後、ザイラは馬車に揺られて宮殿に程近い大きな邸宅へ到着した。
門の前に馬車が着くと、使用人が出てくる。
ラティマの家へ…と言われたが、宮殿の近くにこれだけの広い屋敷を持てるのだから、ラティマ医師も貴族かそれに準ずる家格なのだろうな、とザイラは思った。
馬車が門をくぐり、次に停まる時には馬車のドアがガチャっと開かれた。
『ようこそ、お越しくださいました』
ラティマに似た優し気な面持ちで、ラティマよりもふくよかな男性が人懐こい笑みを浮かべ出迎えてくれる。
その男性はライラに頭を下げた。
頭を下げられるような身分では無いため、ライラも慌てて頭を下げる。
『マルコをご存知だそうですね』
マルコ…ラティマ医師の名はマルコというのか。
『お話はフィデリオ殿下から承っております。マルコは暫く王国に滞在しますが、私も医者ですのでご安心下さい。
ウーゴと申します。こちらが妻のデボラ、マルコの妻でカメリアです』
ウーゴと言ったマルコの父の隣にスラッとした女性が2人、優しそうなマルコの母と可愛らしいマルコの妻だという。
『あと…あれ、どこに行ったかな』
ウーゴは辺りをキョロキョロと見渡す。
『あ、父さん!お客様のご到着ですよ!』
ウーゴが大声で呼ぶ先に、小柄で丸いメガネを掛けた年老いた男性が見えた。
エルメレの伝統衣装を身に付けているが、その白い衣装にはなんだか赤いシミ…というには一つ一つが大きいが…点々とシミが付いている。
『お爺様、また大爺様が…』
先にこちらに駆けてきたのは7歳くらいの女の子だ。
髪を結い上げて、鮮やかな伝統衣装を着ている。顔立ちがラティマ…マルコを思わる。利発そうな子供だ。
『父さんっ!まさか、またあれを食べたんですか!?マリカ大丈夫だったか!?』
ウーゴが血相を変えてその年老いた男性に近づいた。
『っまぁ!急いで水を!』
デボラとカメリアが使用人を呼び、あたふたとしている。
だが周りの慌てぶりなぞどこ吹く風で大爺様と呼ばれた男性は3歳程のおとこの子の手を引いていた。
どちらかと言うと男の子に手を引かれていた。
『ニノ!あなたも食べたの!?』
カメリアが叫び声に似た声を上げてニノと呼ばれる男の子に駆け寄り、大爺様と繋がっていた手を引き剥がすとニノの両肩を掴む。
『…食べて無い』
ニノがそう言うと、カメリアはあからさまにホッと胸を撫で下ろす。
ライラはただ突っ立って、呆然と様子を伺うしか無い。
徐に、大爺様がライラの方へやって来た。
『ああ…君がマルコの。話は聞いているよ。マルコの祖父のイルデブランドだ。よろしく』
と片手を差し出された。
『あっ…ライラと申します』
とライラも頭を下げて握手に応えようとすると、ライラの手をガシッと掴む人が居た。
『触ってはダメよ!清めてから!』
先程の優し気な面持ちが消え去ったデボラだ。
大爺様は…そんなに高貴なお方なのか…そうだよな、皇室の侍医の家系の様だし…
とライラは数歩下がり、恭しく頭を下げる。
だが大爺様は耳が遠いのか何も聞こえていない様で数歩進んで握手をしようと再度ライラに近づく。
『お父様!手を清めて下さい!悪魔の実に一体どんな呪いがかかっているか…!』
悪魔の実…?
大爺様は表情を変えない。そのせいか、却って不気味に見えてきた。
『あの…悪魔の実とは?』
ライラが恐る恐るその場に居る大人達に聞く。
『真っ赤な実がなる苗があるのです…見るには綺麗なので、貴族や商家なんかには昔から好まれて植えられるんですが…毒があるので決して食べてはいけないのです』
ウーゴは額に汗を光らせる。
『もう全て抜きましょう!』
デボラがウーゴにそう言う。
『…お母様…大爺様は抜いてもいつの間にか苗を増やしてしまうのです…』
カメリアがニノを抱き上げてそう答えると、デボラはもう耐えられないというように顔を歪めた。
『もう!大爺様の小屋ごと燃やしたいくらいだわ!』
デボラは優し気だと思っていたが、案外過激な人なのかもしれない。
ではあの赤いシミは…ともう一度大爺様を見る。
『大爺様食べちゃうの。悪魔の実』
マリカ、と呼ばれる女の子はウーゴに抱きついてライラにそう言った。
大爺様…は元気そうに見える。
耳が遠い以外に異常があるか…と言われるとちょっと分からないが。
ただ衣服の汚し方を見るに食べ方は少し汚い様だ。
『マルコのお客さんや、貴女も食べてみなされ』
大爺様はそう言った。
あれ程皆が恐れる悪魔の実とやらを、初めて会った、一応の客人に勧めるのだ。やっぱりちょっとおかしいのかもしれないので、ライラは拒否する訳でも批判する訳でも無くそっと微笑んでみる。
『皆これが食べれないだとか呪いだとかうわ言を言うが…』
大爺様はもう片方の手を差し出した。
その中には、確かに真っ赤な実がある。
『これ…』
ライラには見覚えがある。少し小さめだが。
『…塩か砂糖はありますか?』
ザイラが誰に向けるでも無くそう言う。
『ありますが…それをどうするんですか?』
ウーゴが、困惑しながらライラに聞いた。
『いえ…掛けるともっと美味しいですよ。料理にもよく使えます』
ライラは前世好物の1つだったが、確かにこちらにきてから見かけなかったかもしれない。
『ほう…』
大爺様はパッと顔を明るくしたが、それ以外の人物は皆うんざりした顔でライラを見た。
これからお世話になるので、振る舞いには気をつけようとライラは思っていた。
最初が肝心だ。
第一印象こそがその後の全てに影響する。
大爺様だけは、ライラの訪問に大いに喜んでいる。
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