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小さくて広い世界

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「先ほどから何を仰ているのか…分からないのだが…夫人はまだ傷も癒えていない。とりあえず今はゆっくり体を休める事でしょう」
 心身のバランスを崩している、とユージーンには捉えられているだろう。
 だが、自身のエルメレでの立ち位置を馬鹿正直に告げて良いものか、ザイラは迷った。
 
「私であれば…王国とエルメレにとってより良い選択肢を作れます…」
 ただ言えるのは、それだけだ。
 そうしたい、と思っている。
 
 ユージーンは困惑した顔を浮かべて首を傾げている。
 
 その時、扉の向こうが俄か騒がしくなった。
 控えに扉がノックされる。
 
 ユージーンが返事をすると、王国側の護衛がユージーンの元へ駆け寄り何かを耳打ちした。
 ユージーンの眉がピクっと動く。
 
「エルメレ帝国の…フィデリオ皇子殿下が同席の許可を求めているそうです…」
 ユージーンは怪訝そうな目つきでザイラを見遣った。
 
「私は構いません」
 ザイラはすぐにそう答える。
 最早自分では上手い事伝えられない。
 いくらなんでも身分差がありすぎる。
 
 ユージーンはそれを聞くと、どこか腑に落ちない様子だがそれを許可し護衛に伝えた。
 
「ご機嫌いかがですか」
 
 ニッコリと笑みを浮かべたフィデリオと警戒した面持ちのレオがすぐに部屋に入ってきた。
 ユージーンはすぐに席を立ち、頭を下げる。フィデリオも同じように挨拶を返した。
 
「夫人、首尾良く進んでおられますか?」
 そうフィデリオはザイラに問う。
 首尾良く…つまりは、ザイラが死なないための最善策を自ら提示し王国側にスムーズにそれを後押しして貰いたい…と上手い事伝えられているか…
 
 そんな簡単にいくはずも無いと分かっていて、部屋に来た癖に
 
 恩を売るつもりか…とザイラはむっすりした顔でフィデリオを軽く睨む。
 
「おや、そんなお顔をされて…」
 ザイラの様子を揶揄うように言って、フィデリオはうーん…と声を漏らす。
 
『この王国の男共はどうも察しが悪い』
 笑みを浮かべながらユージーンに分からぬようフィデリオはそうザイラに言った。
 
「ユージーン王子、少し場所を移しませんか?夫人もお疲れの様子だ。私からも少しお話しがある。お茶でも飲みながら、話しましょう。是非、2人きりで」
 フィデリオがそう言うと、ユージーンは顔を強張らせ額に汗が浮かんでいた。
 
 それとは反対に、フィデリオは随分顔色が良い。まるでクレイグのようだ。
 
 
 それにしても、フィデリオは王国の言葉を驚く程流暢に話す。
 舞踏会では言葉が分からないと言っていたが、最初からしっかりと理解していた訳だ。
 フィデリオも、やはり帝国の皇族らしい皇族だ。
 
 大きな庇護の下にいた方が今は良い、と考えてはいたが期待したよりも大きくなってしまった…
 
「では夫人、お約束の所申し訳ないがユージーン王子を少々お借りします。夫人はゆっくりお休み下さい」
 そう言ってフィデリオはザイラに挨拶し、手を差し出すとザイラもそこに重ねる。手の甲に口付けすると悪戯っぽい笑みをザイラに向けてユージーンと共に扉へ向かった。
 
 レオもザイラに軽く頭を下げる。
 と同時に素早く、ゆったりとしたエルメレの服から小さな本を取り出した。
 それをサッとザイラの手元に置く。
 
 レオは一瞬だけ微笑みをザイラに向け、すぐに2人に続いた。
 

 扉が閉まる音がして、ザイラは手元に置かれたその本を見た。
 
 エルメレの詩集だ。
 
 あの大きな体で、この小さな詩集を捲っているレオを想像するとフッと笑みが溢れてしまう。

 詩は好きだ、深く広い世界に行ける気がする。
 
 ザイラを、その小さな詩集が示しているように広い世界に連れて行ってくれるのだろう。連れて行く、そう言われてる気がした。
 
 
 
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