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伝言
しおりを挟む『内臓に損傷が無かったのは何より幸運でした』
ラティマはザイラの傷に軟骨を塗り、ガーゼを貼り直しながらそう言った。
確かにあれだけの事をされて死ななかったのは何よりの幸運と言って良いだろう。死を覚悟したのは2回目だ。
転生する時と今回…今回死んでいたら一体どうなっていたんだろうと不意に考える。
『…ちょっと聞いてもよろしいですか?』
ラティマは少し気まずそうな顔でザイラに問うた。
『はい、なんでしょう』
『フェルゲイン夫人の背中の傷は、いつ頃のものですか?』
ああ、その事かとザイラは思った。
肋骨と胸骨を骨折しているためザイラにはまるでコルセットの様なもので圧迫固定されている。勿論処置をすれば背中は見えるだろう。
『かなり前です。クレイグ…、お…義兄様から軟膏をいただいて塗ってました。もうケロイドになってるのでそこまで気にもしてないのですが…』
ザイラ自身は傷が薄くなる事もそこまで期待はしていない。
『一度…しっかり診せていただいても?』
そういえば…クレイグがエルメレで新しい治療法があるとか言ってたなぁ…とザイラは思い出す。関係から見てその相手はこのラティマ医師だったのだろう。
『勿論構いません』
ザイラはクレイグの事もあるが、こういった場面での羞恥心などは持ち合わせていない。ザイラは着ていたゆったりとしたワンピースのボタンを外し、胸から臍上まであるコルセットをラティマが後ろから外す。
『姿勢はキツく無いですか?すぐ終わりますから』
ラティマは手際良くコルセットをはずし、枕の位置をずらす。
ザイラは一応布団で胸元だけ隠しラティマが診やすい様に座ったままベットから両足を下ろした。
『…ここまでの傷だと…薄くできるかまだ分かりませんね。ただ試してみる価値はあるかと。器具を取り寄せればそれも可能なんですが…』
ラティマはそう言ってザイラの傷痕を確かめる。
『私からは見えないので特段気にもしておりません。確かに着られるドレスは限られますが』
ラティマが貴族の女性として生きる事を気にしてくれているのがザイラにも分かる。
だが、見られる心配も無いのでむしろ今の怪我を治す事の方がザイラには優先だ。
その時扉をコンコンとノックする音がした。
『はい、どうぞ』
テレサかな、とザイラはすぐに返事をする。
なのになぜかラティマは勢い良く姿勢を直し慌て始めた。
『ちょっ待ってっ、待って下さい』
ザイラの裸体を嫌と言う程見たであろラティマがなぜ慌てるのかザイラにはさっぱり分からないが、すぐに扉は開いた。
『失礼し…』
「『あ…』」
扉を開けた主とザイラの声が重なる。
ザイラはあの美しい瞳と目が合った。
黒髪で褐色の肌のレオだ。
どうやらレオの公式の姿はこの格好らしい。
王国のスーツも大変似合ってるいたが、エルメレのゆったりとしたリラックススタイルのシャツと、少しかっちりとしたパンツもよく似合っている。
その鷹の目は大きく見開いて、すぐに目を伏せ、ザイラから顔を背けた。
『夫人!今の格好ではっ、面会に適しません!』
ラティマがそう言ってコルセットを付けようとすったもんだでしているが、もう体が裸だろうと何だろうと怪我や病気やらでこういう状況ではあまりそういったことに敏感にもなれない。
だが相手が相手だったので、ザイラも段々と首や耳が熱くなってきた。
『…失礼致しました』
不本意ながらとりあえずザイラは謝罪する。
レオがまさか来るとは思わなかった。
意識がハッキリしてからは一度も来ていなかったのであのテレサと呼ばれる有能な看病人かと思ったのだ。
レオは未だに扉の所で大きな背をこちらに向けている。
「何?何?傷跡を見てるの?背中?」
レオの向こうからクレイグの頭だけがぴょこぴょこと見え隠れしている。
『ラティマ、彼女の背中診た?器具を持ってきたか聞こうと思ってたんだ。君の見解を是非聞きたい』
クレイグの声色はどこか興奮して嬉しそうだ。
ザイラという被検体を余す事なく利用しようと考えているのだろう。
アレシアからの手紙には悪阻も落ち着いてきたと書いてあったので、アレシアが元気になった分クレイグも余力が残っている。
やっぱりアレシアに言いつけて出禁にすれば良かった。
『お加減はいかがですか?』
レオは軽く挨拶をして、ザイラの怪我の箇所を目で一つ一つ確認している。
『お陰様で…来週から少しづつ散歩でも始めようと思ってます』
クレイグはラティマに連れられ…いや引きづられて出て行った。
どこか気まずい沈黙を破るため、ザイラはベットサイドのブーケを指差す。
『失くしてしまったかと思っていました。ありがとうございます』
『…御礼を言われる資格はありません…』
レオの面持ちは途端に曇り始めた。
『…そんな顔をされないでください。 私を救ってくださったのもレオ様でしょう?私は生きて今ここに居ます。ありがとうございました』
ザイラがそう言ってもレオの顔はあまり晴れなかった。
他にも何か憂いがあるのだろうか…とザイラが考え始めた時、レオが口を開く。
『フェルゲイン卿が…レディと面会したいそうです。勿論断れます。どうしますか?』
ザイラはピクッと体を反応させ、一瞬呼吸が止まった。
ザイラは妻だ
断る理由は無い
すぐにでも会うべきだ
『無理はしなくて良いのです』
レオが優しくザイラに声を掛ける。
そう言われると甘えたくなる…
だがこの屋敷に来て散々甘えさせて貰った。
自らの場所に帰る準備は必要だろう。
いつまでも現実から目を背ける事は出来ない
期待せず預けずにしてきたのだ
だったら会っても大丈夫なはずだ
『分かりました。では、お通しして下さい』
意を決してそう言ったザイラの体にジン、とした痛みが走る。
力を入れたせいでどこか骨が痛んだのだろうか。それとも、もっと胸の奥が痛んだのか、今はそれも分からない。
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