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強烈な一撃

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 マタイ総合病院には暖かな灯りが付き、ザイラ達の到着を待ってくれていたようだ。
 
 ベロニカの弟だという少年はまだ幼く、身長の割に痩せ細り、熱のせいで体は燃えるように熱いが、顔色は真っ白だった。時折咳き込むと中々止まらず、苦しそうに唸る。
 
 ベベンの娘、クラリスと同じだ…とザイラは思った。
 
 病院の扉を叩くと、出て来たのはレイモンドだった。
 
「レイモンド!こちらです!」
 ザイラがそれだけ言うと、コクっと頷いてレイモンドは馬車からジャスパーを抱き上げて病室へ運ぶ。
 
 ザイラにアンナ、それにベロニカもレイモンドへ続いた。
 
 病室には既に医師が待機していたが、クレイグでは無くフォーサイス子爵その人が口に白い布宛てをして白衣を纏い診察台の前で待機している。
 
 フォーサイス子爵は黒髪にしっかりとした体躯で遠目から見るとレイモンドそっくりだ。ただ瞳の色は明るい茶色で、猫背にメガネを掛けて神経質そうな顔立ちは少しクレイグを彷彿とさせる。
 すぐにジャスパーの診察を始めると、ザイラ、アンナ、ベロニカは外で待つようにレイモンドに促された。
 
 ベロニカは祈るように手を組み、またしくしくと泣き始める。
 アンナはベロニカの背を優しく撫で続けていた。
 
 肺病は、完治までが長い。
 あそこまでの症状なら、他の病や肺炎になっているかもしれない。

 
 1時間程経った頃、レイモンドとフォーサイス医師が診察室から出て来た。
 病状の説明があるようで、3人も子爵の側へ駆け寄る。
 
 
 
「…ぃ…ぇ………ぃ…ぅ…」
 フォーサイス子爵は確かに説明を始めた。
 始めてる様に見えている。
 フォーサイス医師の口は確かに動いてるのだが、全くその声は聞こえない。
 ザイラは自分の耳がおかしいのかと思ったがどうやらアンナやベロニカも同じように酷く困惑していた。
 夫人はあれだけお喋りなのに…あの魔女は夫の声まで奪ってしまったのだろうか。
 
「申し訳ありません、フォーサイス子爵、もう一度よろしいですか?」
 ザイラがそう言うと、もう一度子爵が話す。
 
 やはり声を奪われている様だ。
 口は確かに動いているが、余りにも声が小さくて空気を吐くような音と微かな母音しか口から漏れてこない。
「え?何?何て?」
 
 見かねたレイモンドが子爵の言っていることを代わって説明する。
 
「今、薬で寝かせています。強い薬を何種類か投与しました。とりあえず今は安定しました。点滴もしていますが、熱が下がってからでないとなんともいえません。暫く入院してください」
 
 そう言ってたんだ…とザイラ、アンナ、ベロニカはまず愕然としたが、とりあえず熱が下がるまでは油断が出来ない。
 
「…ありがとうございます、フォーサイス子爵」
 そうザイラが言うと、子爵はまた声無き声で口を動かし、片手を上げて挨拶すると奥へ戻って行った。
 やはりあれはクレイグの父だ。間違いないだろう。
 
 
 
 とりあえずの山は超えた。
 
「入院がどれだけ長引くかは分からないので、また追ってご連絡します」
 レイモンドはそう言うとぺこっと頭を下げて、フォーサイス子爵同様奥へ戻って行った。
 
 
 
「…安定して良かったわ。油断は出来ないけど、ベロニカは暫くはお休みして、弟さんに…」
 とザイラが言いかけた所で、ベロニカは滝のような涙を流したままザイラに深く深く頭を下げた。
 
「っ奥様…本当にっありがとうございました」
 声にならない声でベロニカはザイラに感謝を述べる。
「…早く、熱が下がると良いわね」
 今までいろいろされてたが、こう言われると何とも感慨深い。
 

「私っ…私、奥様に…謝らなければっいけない事が…あります」
 涙でぐずぐずの声でベロニカは言う。
 
 そこそこいっぱいあるでしょうね
 
 と思いながらも口は挟まない。
 
「私はっ…私はっ…奥様に…ミアの事があって…」
 まさかここでミア嬢の名前が出てくるとは、ザイラもアンナも予想外だった。
 
「…ミアはっ…私の、幼馴染で…それで…あの…」
 もうベロニカの顔は涙に濡れ言葉も詰まって耳を澄まさないとよく聞き取れなかった。
「奥様にっ…辛くあたったり…手紙をわざと…遅らせたり…しました」
 そんな事までしてたのか、と呆れ果てて苦笑いしか出ない。
 
 
「…ミアに…アイヴァン様とのご予定をっ…教えてしまったり…ミアのために…」
 
 …思いの外、ベロニカは浅はかだったらしい。
 と思った時、激しく頬を打つ打撃音が病院の廊下に響いた。
 ベロニカは軽くよろけ、ザイラは口をあんぐりと開く。
 
 アンナは、ベロニカに容赦しなかった。
 
 
 ベロニカの頬を打った後、アンナはザイラの足元に跪く。
「私のミスです。私はこの者をお屋敷に連れてきました。どうか奥様のご判断で私達2人に厳しい罰をお与え下さい」
 
 優しさの権化であるアンナがまさかそんな事をするなんて…誰が想像しただろうか。
 
 
 アンナは決して悪くない。ベロニカにもっと待遇の良い職を、と侍女見習いとしてベロニカを受け入れた。
 それを良い事に、ベロニカはミア嬢に屋敷の情報を筒抜けにしてたわけだが…
 
 もしかしてフェルゲイン侯爵家に使用人で入れたのも、ミア、もといアイヴァンの口利きなのだろうか。
 ミア嬢もやはり強かなだな、とザイラは思った。
 
 ベロニカがここで罪、または悪行を正直に告白したのは、ザイラの善意が罪悪感を刺激したからで…それを考えると根っからの悪とも言えないが、タチが悪いのは確かだ。
 
「アンナ、顔を上げなさい。あなたが居ないと私は凄く困るの。」
 
 優秀かつ信頼出来る侍女をそう易々と手放せない。
 
 問題は…
 
 
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
 ベロニカは床に手を付いて謝罪を続ける。だがここは病院だ。騒ぐのは相応しく無いし、もしジャスパーに聞こえでもしたらいたたまれない。
 
「とりあえず落ち着きなさい。
 ジャスパーが起きらたどうするの。…ベロニカの処分は追って考えるわ。とりあえず出勤は停止でその間は弟さんの看病に専念しなさい…」
 
 ザイラにはそれしか言えない。
 とりあえずはジャスパーだ。
 あの痩せこけて苦しむ少年に姉のこんな姿は決して見せてはいけない。

「申し訳ありません!申し訳ありません!」
 一種の興奮状態なのだろう、ベロニカは中々落ち着かない様だ。
「もう分かったから、やめなさい」
 見かねたザイラも体を起こさせようと手を伸ばす。
 
 
「本当に…まさか、私…でも…ミアがっ…まさかっあんな事を…するなんてっ!」
 
 あんな事、と聞いてザイラの脳裏には舞踏会の事が浮かんだ。
 
 
 
「…ミアがっまさか、…分別も無く…っ妊娠するなんて…!」
 
 
 
 その話は初耳だ。
 
 ベロニカは狙っているのだろうか?
 いつも彼女は分かりやすく細々としたジャブをザイラにかましてきた。
 隠さず、堂々と狙ってきていたが、今回はどうも違うらしい。
 
 狙ってない時の彼女のジャブはかなり強烈だった。
 今までで1番、ザイラの体に食い込んだ。
 
 
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