転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

文字の大きさ
上 下
37 / 106

強烈な一撃

しおりを挟む

 

  
 マタイ総合病院には暖かな灯りが付き、ザイラ達の到着を待ってくれていたようだ。
 
 ベロニカの弟だという少年はまだ幼く、身長の割に痩せ細り、熱のせいで体は燃えるように熱いが、顔色は真っ白だった。時折咳き込むと中々止まらず、苦しそうに唸る。
 
 ベベンの娘、クラリスと同じだ…とザイラは思った。
 
 病院の扉を叩くと、出て来たのはレイモンドだった。
 
「レイモンド!こちらです!」
 ザイラがそれだけ言うと、コクっと頷いてレイモンドは馬車からジャスパーを抱き上げて病室へ運ぶ。
 
 ザイラにアンナ、それにベロニカもレイモンドへ続いた。
 
 病室には既に医師が待機していたが、クレイグでは無くフォーサイス子爵その人が口に白い布宛てをして白衣を纏い診察台の前で待機している。
 
 フォーサイス子爵は黒髪にしっかりとした体躯で遠目から見るとレイモンドそっくりだ。ただ瞳の色は明るい茶色で、猫背にメガネを掛けて神経質そうな顔立ちは少しクレイグを彷彿とさせる。
 すぐにジャスパーの診察を始めると、ザイラ、アンナ、ベロニカは外で待つようにレイモンドに促された。
 
 ベロニカは祈るように手を組み、またしくしくと泣き始める。
 アンナはベロニカの背を優しく撫で続けていた。
 
 肺病は、完治までが長い。
 あそこまでの症状なら、他の病や肺炎になっているかもしれない。

 
 1時間程経った頃、レイモンドとフォーサイス医師が診察室から出て来た。
 病状の説明があるようで、3人も子爵の側へ駆け寄る。
 
 
 
「…ぃ…ぇ………ぃ…ぅ…」
 フォーサイス子爵は確かに説明を始めた。
 始めてる様に見えている。
 フォーサイス医師の口は確かに動いてるのだが、全くその声は聞こえない。
 ザイラは自分の耳がおかしいのかと思ったがどうやらアンナやベロニカも同じように酷く困惑していた。
 夫人はあれだけお喋りなのに…あの魔女は夫の声まで奪ってしまったのだろうか。
 
「申し訳ありません、フォーサイス子爵、もう一度よろしいですか?」
 ザイラがそう言うと、もう一度子爵が話す。
 
 やはり声を奪われている様だ。
 口は確かに動いているが、余りにも声が小さくて空気を吐くような音と微かな母音しか口から漏れてこない。
「え?何?何て?」
 
 見かねたレイモンドが子爵の言っていることを代わって説明する。
 
「今、薬で寝かせています。強い薬を何種類か投与しました。とりあえず今は安定しました。点滴もしていますが、熱が下がってからでないとなんともいえません。暫く入院してください」
 
 そう言ってたんだ…とザイラ、アンナ、ベロニカはまず愕然としたが、とりあえず熱が下がるまでは油断が出来ない。
 
「…ありがとうございます、フォーサイス子爵」
 そうザイラが言うと、子爵はまた声無き声で口を動かし、片手を上げて挨拶すると奥へ戻って行った。
 やはりあれはクレイグの父だ。間違いないだろう。
 
 
 
 とりあえずの山は超えた。
 
「入院がどれだけ長引くかは分からないので、また追ってご連絡します」
 レイモンドはそう言うとぺこっと頭を下げて、フォーサイス子爵同様奥へ戻って行った。
 
 
 
「…安定して良かったわ。油断は出来ないけど、ベロニカは暫くはお休みして、弟さんに…」
 とザイラが言いかけた所で、ベロニカは滝のような涙を流したままザイラに深く深く頭を下げた。
 
「っ奥様…本当にっありがとうございました」
 声にならない声でベロニカはザイラに感謝を述べる。
「…早く、熱が下がると良いわね」
 今までいろいろされてたが、こう言われると何とも感慨深い。
 

「私っ…私、奥様に…謝らなければっいけない事が…あります」
 涙でぐずぐずの声でベロニカは言う。
 
 そこそこいっぱいあるでしょうね
 
 と思いながらも口は挟まない。
 
「私はっ…私はっ…奥様に…ミアの事があって…」
 まさかここでミア嬢の名前が出てくるとは、ザイラもアンナも予想外だった。
 
「…ミアはっ…私の、幼馴染で…それで…あの…」
 もうベロニカの顔は涙に濡れ言葉も詰まって耳を澄まさないとよく聞き取れなかった。
「奥様にっ…辛くあたったり…手紙をわざと…遅らせたり…しました」
 そんな事までしてたのか、と呆れ果てて苦笑いしか出ない。
 
 
「…ミアに…アイヴァン様とのご予定をっ…教えてしまったり…ミアのために…」
 
 …思いの外、ベロニカは浅はかだったらしい。
 と思った時、激しく頬を打つ打撃音が病院の廊下に響いた。
 ベロニカは軽くよろけ、ザイラは口をあんぐりと開く。
 
 アンナは、ベロニカに容赦しなかった。
 
 
 ベロニカの頬を打った後、アンナはザイラの足元に跪く。
「私のミスです。私はこの者をお屋敷に連れてきました。どうか奥様のご判断で私達2人に厳しい罰をお与え下さい」
 
 優しさの権化であるアンナがまさかそんな事をするなんて…誰が想像しただろうか。
 
 
 アンナは決して悪くない。ベロニカにもっと待遇の良い職を、と侍女見習いとしてベロニカを受け入れた。
 それを良い事に、ベロニカはミア嬢に屋敷の情報を筒抜けにしてたわけだが…
 
 もしかしてフェルゲイン侯爵家に使用人で入れたのも、ミア、もといアイヴァンの口利きなのだろうか。
 ミア嬢もやはり強かなだな、とザイラは思った。
 
 ベロニカがここで罪、または悪行を正直に告白したのは、ザイラの善意が罪悪感を刺激したからで…それを考えると根っからの悪とも言えないが、タチが悪いのは確かだ。
 
「アンナ、顔を上げなさい。あなたが居ないと私は凄く困るの。」
 
 優秀かつ信頼出来る侍女をそう易々と手放せない。
 
 問題は…
 
 
「申し訳ありません!申し訳ありません!」
 ベロニカは床に手を付いて謝罪を続ける。だがここは病院だ。騒ぐのは相応しく無いし、もしジャスパーに聞こえでもしたらいたたまれない。
 
「とりあえず落ち着きなさい。
 ジャスパーが起きらたどうするの。…ベロニカの処分は追って考えるわ。とりあえず出勤は停止でその間は弟さんの看病に専念しなさい…」
 
 ザイラにはそれしか言えない。
 とりあえずはジャスパーだ。
 あの痩せこけて苦しむ少年に姉のこんな姿は決して見せてはいけない。

「申し訳ありません!申し訳ありません!」
 一種の興奮状態なのだろう、ベロニカは中々落ち着かない様だ。
「もう分かったから、やめなさい」
 見かねたザイラも体を起こさせようと手を伸ばす。
 
 
「本当に…まさか、私…でも…ミアがっ…まさかっあんな事を…するなんてっ!」
 
 あんな事、と聞いてザイラの脳裏には舞踏会の事が浮かんだ。
 
 
 
「…ミアがっまさか、…分別も無く…っ妊娠するなんて…!」
 
 
 
 その話は初耳だ。
 
 ベロニカは狙っているのだろうか?
 いつも彼女は分かりやすく細々としたジャブをザイラにかましてきた。
 隠さず、堂々と狙ってきていたが、今回はどうも違うらしい。
 
 狙ってない時の彼女のジャブはかなり強烈だった。
 今までで1番、ザイラの体に食い込んだ。
 
 
しおりを挟む
script?guid=on
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

獣人の彼はつがいの彼女を逃がさない

たま
恋愛
気が付いたら異世界、深魔の森でした。 何にも思い出せないパニック中、恐ろしい生き物に襲われていた所を、年齢不詳な美人薬師の師匠に助けられた。そんな優しい師匠の側でのんびりこ生きて、いつか、い つ か、この世界を見て回れたらと思っていたのに。運命のつがいだと言う狼獣人に、強制的に広い世界に連れ出されちゃう話

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【本編完結】番って便利な言葉ね

朝山みどり
恋愛
番だと言われて異世界に召喚されたわたしは、番との永遠の愛に胸躍らせたが、番は迎えに来なかった。 召喚者が持つ能力もなく。番の家も冷たかった。 しかし、能力があることが分かり、わたしは一人で生きて行こうと思った・・・・ 本編完結しましたが、ときおり番外編をあげます。 ぜひ読んで下さい。 「第17回恋愛小説大賞」 で奨励賞をいただきました。 ありがとうございます 短編から長編へ変更しました。 62話で完結しました。

悪妃の愛娘

りーさん
恋愛
 私の名前はリリー。五歳のかわいい盛りの王女である。私は、前世の記憶を持っていて、父子家庭で育ったからか、母親には特別な思いがあった。  その心残りからか、転生を果たした私は、母親の王妃にそれはもう可愛がられている。  そんなある日、そんな母が父である国王に怒鳴られていて、泣いているのを見たときに、私は誓った。私がお母さまを幸せにして見せると!  いろいろ調べてみると、母親が悪妃と呼ばれていたり、腹違いの弟妹がひどい扱いを受けていたりと、お城は問題だらけ!  こうなったら、私が全部解決してみせるといろいろやっていたら、なんでか父親に構われだした。  あんたなんてどうでもいいからほっといてくれ!

こんにちは、女嫌いの旦那様!……あれ?

夕立悠理
恋愛
リミカ・ブラウンは前世の記憶があること以外は、いたって普通の伯爵令嬢だ。そんな彼女はある日、超がつくほど女嫌いで有名なチェスター・ロペス公爵と結婚することになる。  しかし、女嫌いのはずのチェスターはリミカのことを溺愛し──!? ※小説家になろう様にも掲載しています ※主人公が肉食系かも?

処理中です...