転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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起源 ※一応のR15です。

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 ただ、見せてみようと思っただけだった。深い意味は無い。
 ちょっとした話の種だ。
 幼い頃に亡くなったという母の記憶も殆ど無い。
 
 それが、皇子と側近の鷹の目の男は鏡に映ったロケットの装飾を見て、その目の色を変えた。
 
 …一体何をするつもりなのか、予想も出来なかった。
 
 マルガリテス、それだけ呟くと、ザイラの方をじっと見つめている。
 
 呪文じゃあるまいし…一言呟いてこちらを見られても、ザイラには返答のしようがない。
 ザイラは皇子と側近を交互に見ながら、一体何をしているのか出来る限り汲み取ろうとしていた。
 
 
『…夫人はエルメレの歴史にもお詳しいですか?』
 
 皇子は感情を落ち着かせ、ザイラに問う。
『恐れながら大体の事しか…』
 
 正直に話せるなら、エルメレの歴史は争いの歴史だといえる。少数民族や小国からなる帝国は、信じる神も違えば言葉もやや異なり、伝統や風習も全く違う。
 
『…我々の偉大な国は、今でこそ平穏を享受していますが、かつて国内では苛烈な争いが長く続きました。争いの、恐ろしさは言わずもがな…争いとは何も男だけの話ではありません』
 
 それだけ皇子が言えば、ザイラもすぐに察しがつく。女子供は奪われ殺され時に売買され…弱い者は否応なしに命を奪われる。命だけでは無い、その尊厳も名誉も全て、だ。
 
『この王国では男子が先祖の名を繋いでいきますが、エルメレは少し事情が異なります。
 長子であれば男女どちらも家名も継ぐことができます。勿論、これも民族や属国によっては異なります。』
 
 皇子は説明を続ける。
 
 このまま順調にいけば、エルメレは第一皇女がその跡を継ぐと聞く。
 躍起になって男児を儲けようと画策する国もあるというのに…
 本当に、海一つ挟んだだけで、向こうは別世界だ。
 
『そのため、エルメレの女達は守られるだけでは無く剣を持ち戦う事も辞さない…そんな勇ましい面があります。
 ですが…』
 フィデリオはもう一度、あのロケットの装飾を見た。
『…それで…敵うものでもありません』
 
 男女の違いをカバー出来るほどの戦闘力を持った女が、そう多くいるとは思えない。
 
『女が…名誉や尊厳を奪われ…』
 皇子はどう言えばいいか苦心しているようだが、ザイラには察しが付いた。
 
 組み敷かれれば、敵うわけがない。
 
 それは、よく知っている。

 皇子の苦心を察してザイラが口を開く。

『…蒔かれてしまった種を、女は否が応でも育てなければなりませんね』
 
 
 皇子は気まずそうに口をキツく結んだ。
 側近の男は何を考えているか分からないが、一点を見つめ黙り込んでいる。
 
 
『ですが…』
 皇子は意を決した様にまた口を開く。
 
『子を孕むのは…見方を変えれば、女の特権…エルメレの女達は、いつかも分からぬ太古からその特権を逆手に取り、子や自らが何者なのか忘れぬよう、女は女だけに…秘密の名前を与えるのです』
 
『秘密の名前?』
 ザイラは思わず聞き返した。
 
『この王国は男系ですが、エルメレの秘密の名前をつけるという風習は、母系の血統を証明するものです。
 自らが母となり、女児が産まれれば受け継いできた秘密の姓も引き継がせ、また新たな名も授けるのです。
 どんな種であれ、産み育てるのは女なので、そうやって血筋を証明し守ってきたのです。自らの起源を…。
 ただ国が安定した今はこの風習も伝統に近いものなので、特に秘密という訳でもありません。
 特に貴族に関しては、調べれば血筋も分かってしまうものなので』
 
 
 女の腹から出れば、種なぞ関係無い。
 エルメレの女達が何世代何十世代に渡り、あらゆる悲惨な歴史を乗り越えて、その秘密を伝統にまで昇華させたのなら、最早天晴れと言わざるを得ない。
 
 本当に勇ましい事だ。
 
 絶対に奪わせない、そんな強い人の意思を感じた。
 
 とすれば先ほどのロケットの装飾は…
 

『夫人の母君は、この王国でもきちんとその伝統を受け継いでおられたのです。
 装飾品に、一見分からぬようにその名を忍ばせるのは何も珍しいことではありません。指輪、ブローチ…このロケットペンダントのように。
今回は鏡文字でしたが、忍ばせ方は多種多様です。私も以前同じように鏡文字を使ったものを見た事があったので、今回は分かりましたが…』
 
 
 という事は、ザイラの母はエルメレの血が入っていた、という事になる。
 
 父は…
 と疑念が生まれなくも無いが、それももうすでに関係は無いのかもしれない。
 ローリー伯爵が、母の家系と絶縁状態になったのは伯爵の浪費癖等々いろいろ聞いてきたが、ザイラの外見が故母の不貞を疑ったから…と考える事も出来る。
 
 だが、エルメレの血が流れている事を、母は打ち明けることが果たして出来ただろうか。
 
 時代という想像も出来ない程大きな荒波の中で、ひっそりとその血を繋ぎながら王国で生き抜いて来たのなら、真実を告げることは困難だ。
 
 だが、その血は確実にザイラに流れている。
 
 
『では私にも…エルメレの血が流れているということですね?』
 
『…このロケットの装飾が示す通りであれば、そういう事になります。
 あなたの母系に残る血筋はマルガリテス。
 そして名は…ライラ。
 あなたの秘密の名前は、ライラ・マルガリテスです』
 
 なんだか壮大過ぎて実感が湧かない。
 だが、外見に見合った血は流れていた。
 そこに安堵している自分がいる、とザイラは思った。
 
 私の起源は、エルメレにもある。
 
 それを知れただけでも、居場所が一つ見つかった様な気がした。

 目に見えなかった繋がりが、確実のものとなった…そこに、1人静かな感動を覚えた。
 
 
 
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