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真珠
しおりを挟む『フェルゲイン夫人は本当にエルメレのお言葉がお上手だ。
まるで国に帰って来たようです。こんな素敵なご婦人と母国語でお話しできる機会は滅多にありません。むさくるしい男どもと話しても華がありませんから』
フィデリオは眉を上げてうんざりとした目で自らの側近を見た。
『お褒めに預かり光栄です。まだ発音に心配が残るのでもし殿下がお聞き取りづらかったら申し訳ございません』
『ご謙遜を。…つかぬ事をお伺いしますが、夫人はどうやってそこまで習得されたのですか?血縁者にエルメレの者が?』
何気なくその話題を振った。ただのちょっとした話題の種、そんな程度だ。
『叔父も、困らない程度には話せますが、ローリー領で教師をされてる方に堪能な方がおりまして。こんな見た目ですので、勘違いされる方も多いのですが、詳しくは分からないのです。
伯爵家にはその血筋の方は居ないと聞いておりますが、母方の親族とは…母が亡くなって以来交流が無いので…』
『…話しづらい事を聞いてしまった。すまない』
確か母方は傾きかけた新興貴族だった…フィデリオはいかにも深刻そうな表情で、頭の中の記憶をめくる。
『いえ、私も母の記憶は殆ど無いので』
ザイラは胸元にいつもしてあるネックレスを外すと、ハンカチの上に載せ、ロケットを開く。
そしてフィデリオにそれをそっと差し出した。
『この通り、母は私とは余り似てません。似てるとしたら目の色くらいでしょうか』
フィデリオは一瞬眉を引き攣らせ目を見開くと、ザイラに分からない様にレオに目配せした。
『…素敵なお母様だ。確かにお姉様は面識が無いが、お兄様に似てるでしょうか。レオ、お前もそう思うだろう?』
いつに間にかフィデリオの後ろに移動したレオは、そのロケットを確認する。
この時2人は肖像画なぞ見ていない。
肖像画の周りを囲む小さく繊細な金細工を注意深く見ていた。
エルメレのものだ。間違いない。
そしてこれは…
『…余り似ていないとレディは仰いますが、やはり面影を感じさせますね。お母様も、レディもとてもお美しいです』
側近が唐突に足並みをずらしてきたのでフィデリオは思わず面食らった。
いやそうではなくて、と言葉にできるはずもない。
真顔で人妻を口説き始めてる無駄に美しいこの男は普段こんな事はしない。
その使いどきはわかってるはずだ。
確実に今では無い。
『…お褒めに預かり…光栄です』
かの人妻もまるで年頃の乙女の様な反応をするので、フィデリオは次の一手に進めない。
『…美しいといえば、こちらの肖像画の縁もエルメレ風ですね。見事な細工だ。
ご遺品ですか?姉君も同じものを?』
フィデリオはなんとか話題を戻したい。
これは確固たる証拠になりうる。
それが分かっていながら、なぜこの側近はただでさえ厄介な立場の人妻を口説き始めるんだ。
そんなやり方は聞いてない。
『母が姉と私に残してくれたそうです。娘なのでロケットペンダントのネックレスを、と。姉と私とでは中の装飾は違うのですが、エルメレにこのような模様があるのですか?』
かの人妻は、エルメレについての興味が強い。
ここでやるべきか、やらざるべきか…束の間の熟考の末、フィデリオは賭けてみることにした。
そもそもまどろっこしい事は苦手だ。 この側近じゃあるまいし。
レオに鏡を、と言うとレオは今ここで、大丈夫なのかと瞳が揺らぐ。
フィデリオはなんとかするつもりでコクっと頷いた。
護衛に手鏡を用意させる。
夫人もなにやら興味津々だ。
このペンダントが、そうだとしたら…
鏡の縁を鏡に映す。
『…マルガリテス』
ライラ・マルガリテス…
やはり、そうだ…
言い表せない達成感と興奮がフィデリオを包む。
それは側に控えるこの側近も同じだろう。
何がなんだかさっぱり分からないという顔のこの婦人にどこから説明するべきか。
何を説明して何を言わざるべきか。
フィデリオにミスは許されない。
ただ、この女性の数奇な運命に、フィデリオはただただ圧倒された。
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