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内緒話
しおりを挟む強いられるまま、いや促されるまま店の中へ入った。石造の立派な店は、これまた立派なオークの扉から始まり、中は両国の特徴が上手く融合されていて、目新しいが居心地の良い空間だった。
2階にも部屋があるようで、フィデリオは支配人らしき人に目配せし、支配人は恭しく頭を下げる。
働いてるのは王国の特徴を持った者が多く、窓際の席には紳士達が水タバコを嗜みながらお喋りしたり、新聞を読んでいた。
洒落てるな、流行りそう
なんて思いながら、ザイラは店内を興味深く、だがはしたなく無い様にチラチラと見る。
すると、真横に人の気配がした。
不意に見上げると、あの鷹の目は優しげな笑みを浮かべてザイラを見下ろしている。
ダメだ、目を合わせると調子が狂ってしまう。
すぐにザイラは目を伏せた。
すると男は少しだけ頭を傾かせ、ザイラの耳元に近づいた。
「今日は少年の格好では無いのですね」
ザイラにしか聞こえない声量でそう囁く。
流暢な王国の言葉は、否応無くあの日を思い起こさせる。
「……」
言葉に詰まるが、
そういうあなたも驚く程の変身ぶりだったではありませんか
一体全体どれが本当のあなたなのですか
となぜ言えないのだろう。
耳がジンジンと痛む程熱い。
「……あなたも…それは…」
なんとか上手く切り返したいが、頭が働かない。
またこれだ。熱に魘され始める。
病はもう全快したのだ、これ以上は勘弁してほしい。
「あぁ、やはりあの少年はレディだったのですね。」
コソコソとした声はパッと明るくなった。
思わずザイラは鷹の目の男を見上げる。
嵌めたな!というような目でザイラが軽く睨むと、その男はなんとも嬉しそうに堪えられないといった顔で笑い声を必死に抑えている様だ。
「お怪我は大丈夫でしたか?心配していました」
周りに聞こえないようにコソコソとする姿は、まるで子供が大人にバレないようにする内緒話だ。
「お待たせして申し訳ございません。準備が整いました」
支配人の声で、異国風の絨毯が敷かれた階段に促される。
どうやら2階へ行くようだ。
皆が一斉にザイラを見た。
レディファーストなら最初に階段を登るのはザイラとなる。
恐れ多くもフィデリオに促され、ザイラは階段を上がった。
2階は1階の比では無く豪華な作りだった。恐らくは接待や富裕層向けなのだろう、個室が設けてある。
奥にある1番広い部屋に案内されると、そこは正しくエルメレの調度品に溢れながらも王国の物と色調を繊細に合わせた
優美な空間だった。
フィデリオはザイラをソファへエスコートし、自身も向かいに側へ座る。勿論そのやや後ろには鷹の目の男が控える訳で。
席を交換致しましょう?なぞとは言えないが、せめて視界には入らないで欲しい。
何が飲みたいかを聞かれたがおすすめのものをお願いした。フィデリオが適当に何点か頼むと支配人が下がる。
…先ほどもここで飲んだり食べたりしたのでは…
なぞと不粋な事は言ってはならない。
タイミングを計ったように鷹の目の男は付いてきた護衛らしき数人に目配せし、人払いをした。
『ここはコーヒーが美味しいのです。気に入ってくれると良いのですが』
『このような素敵な場所へお招き頂き恐縮です』
確かに店に入ってからコーヒーの香ばしい香りが鼻をくすぐった。
その香りのお陰か、ザイラは思いの外緊張はしていない。むしろ新しい何かに出逢えるようなわくわくとした興奮を覚えていた。
この美しいエルメレ人達の腹の中が、ご自慢のコーヒー同様に真っ黒い事など、この時は全く知らなかった。
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