上 下
27 / 106

夢現つ

しおりを挟む

 

 アイヴァンは苛立ちと焦りを必死に抑えているが、いつも指をトントンと規則的に動かし続けて、殺気立っている。
 
「…フォーサイス卿へこちらに来て貰えないか打診したが、…難しいらしい。子爵も今は自身の領地に居ると…」
 
 届いた紙を開いて、アイヴァンはザイラにそう言った。
 
 難しい、そんな言い方はしないだろうなとザイラは思った。
 
 あの男ならば 無理です としかあの手紙には書いてないであろう。
 
 地元の医者に診て貰ったが、ザイラの症状は芳しく無い。アイヴァンはすぐに王都へ電報を打った。フォーサイス子爵家に向けて。
 
 移動で半日掛かるが、それでも来て貰えるならばと考えたのだろう。
 
 第一希望はクレイグだったに違いない。義兄であるし、一応今では親族に当たるのだから。
 いくらあの薄情であっても義理の妹ならば少しは情があるのでは、と希望を持っていただろう。
 
 甘いな。
 クレイグは基本的にアレシアを中心として50メートル以内には常に居たい人間だ。いや、5メートルかもしれない。
 いつもアレシアを探していつも目で追っている。
 まるで親鳥を追う雛のように、刷り込まれているのだ。
 
 夫で無ければ今頃牢屋の中だろう。
 


「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
 ザイラはとりあえずアイヴァンにそう声を掛けた。
 自らの病状についてじゃない、クレイグにバッサリと断られたアイヴァンを励ましている。そして労っている。
 
 
 だが、ザイラとて寝込んで3日目だ。病状は芳しくは無いが悪化はしていない。
 今後、こちらに滞在を続ければ心労が祟って悪化する可能性は残しているが、良くも無ければ悪くも無い状態だった。
 
 
「…王都へ、戻りましょう」
 ザイラは不意にそう言った。
 
「その体で何を言う」
 アイヴァンは苛立ちながら呆れてザイラの顔を覗き込んだ。
 
 確かにそうだ。だが、ここでこうして居るよりは王都の方が随分マシだ。
 
 最悪の状況を考えて、ここでポックリと亡くなりフェルゲイン侯爵家や北の氏族に葬られるよりずっと良い。
 
 埋めてはくれるだろうが、弔う気があるとは思えない。
 
 帰りの汽車で事切れたとしても本望だ。
 
「ここにこうしてずっと居ては、侯爵様の面子も潰れてしまいます。
 北の方達をもてなすためにこちらへ来られたのに。北の方達も不安になるでしょう。感染するのもそうですが、北の地に持ち込んでしまうかもしれないと」
 
 これは事実だった。
 こうした接待にはただでさえミスは許されない。立場が立場なのだから。
 
「…」
 アイヴァンは暫く黙り込んだ。
 
 
「その体で耐えれるのか?」
 
「耐えます」
 耐えるしか無い。
 帰れる、そう思うだけで胸は軽くなる。
 
 
 
 とはいえ馬車は辛かった。
 揺れもそうだが、時間も掛かる上に汽車に比べればやはり乗り心地は良いとは言えない。
 もういっそのこと、キャビンを置いて
馬に乗って行った方が早い気がした。
 
 アイヴァンは羽毛をぎっしり詰めたクッションでなんとかザイラに楽な体勢を維持させようと苦心していたが、ザイラには既にどの体勢であっても同じだ。
 
 背中を丸め、眠りに落ちるとまた倦怠感で目覚める。それを何回も繰り返し、やっと汽車に乗れた時はある種の達成感さえ感じていた。
 
 特等室とはいえ、汽車だ。ベットなどは無い、夜行列車ならまだしも、座幅もさして奥行きは無い。
 
 相変わらずクッションを使ってなんとか倒れこまないようにアイヴァンはザイラを支える。
 だがクッションではどうしてもザイラを支えられないと分かると、ザイラの隣に座りザイラの頭を自らの肩に預けさせた。
 
 高さが丁度良く、呼吸が楽な気がした。
 
 ロシーンからだと聞く毛皮の毛布をずっと体に巻いていたが、アイヴァンが隣に来た事で体温が伝わり暖かさが増す。
 
 体の痛みも少し和らいだ。
 
 体の辛さが和らいでくると、ザイラはうとうとと微睡む。
 
「眠るといい。もう少しだ。着いたら起こそう」
 
 ザイラは目を閉じているがアイヴァンの声が、すぐ近くに聞こえる。
 
 眠い…返事をしたかさえ、もう分からない。
 
 
 
「元気になったら、乗馬へ行こう。ザザは本が好きだから、エルメレの本を探しに行くのもいい。
 エルメレへ旅行へだって今は行ける。ザザが望むなら…私も共に」
 
 
 
 夢現つに、そう聞こえた気がしたが、ザイラは既に目を開けることも聞き返す事も出来なかった。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから

gacchi
恋愛
愛人が身ごもったからと伯爵家を追い出されたお母様と私マリエル。お母様が幼馴染の辺境伯と再婚することになり、同じ年の弟ギルバードができた。それなりに仲良く暮らしていたけれど、倒れたお母様のために薬草を取りに行き、魔狼に襲われて死んでしまった。目を開けたら、なぜか五歳の侯爵令嬢リディアーヌになっていた。あの時、ギルバードは無事だったのだろうか。心配しながら連絡することもできず、時は流れ十五歳になったリディアーヌは学園に入学することに。そこには変わってしまったギルバードがいた。電子書籍化のため1/21取り下げ予定です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

処理中です...