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夢現つ
しおりを挟むアイヴァンは苛立ちと焦りを必死に抑えているが、いつも指をトントンと規則的に動かし続けて、殺気立っている。
「…フォーサイス卿へこちらに来て貰えないか打診したが、…難しいらしい。子爵も今は自身の領地に居ると…」
届いた紙を開いて、アイヴァンはザイラにそう言った。
難しい、そんな言い方はしないだろうなとザイラは思った。
あの男ならば 無理です としかあの手紙には書いてないであろう。
地元の医者に診て貰ったが、ザイラの症状は芳しく無い。アイヴァンはすぐに王都へ電報を打った。フォーサイス子爵家に向けて。
移動で半日掛かるが、それでも来て貰えるならばと考えたのだろう。
第一希望はクレイグだったに違いない。義兄であるし、一応今では親族に当たるのだから。
いくらあの薄情であっても義理の妹ならば少しは情があるのでは、と希望を持っていただろう。
甘いな。
クレイグは基本的にアレシアを中心として50メートル以内には常に居たい人間だ。いや、5メートルかもしれない。
いつもアレシアを探していつも目で追っている。
まるで親鳥を追う雛のように、刷り込まれているのだ。
夫で無ければ今頃牢屋の中だろう。
「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」
ザイラはとりあえずアイヴァンにそう声を掛けた。
自らの病状についてじゃない、クレイグにバッサリと断られたアイヴァンを励ましている。そして労っている。
だが、ザイラとて寝込んで3日目だ。病状は芳しくは無いが悪化はしていない。
今後、こちらに滞在を続ければ心労が祟って悪化する可能性は残しているが、良くも無ければ悪くも無い状態だった。
「…王都へ、戻りましょう」
ザイラは不意にそう言った。
「その体で何を言う」
アイヴァンは苛立ちながら呆れてザイラの顔を覗き込んだ。
確かにそうだ。だが、ここでこうして居るよりは王都の方が随分マシだ。
最悪の状況を考えて、ここでポックリと亡くなりフェルゲイン侯爵家や北の氏族に葬られるよりずっと良い。
埋めてはくれるだろうが、弔う気があるとは思えない。
帰りの汽車で事切れたとしても本望だ。
「ここにこうしてずっと居ては、侯爵様の面子も潰れてしまいます。
北の方達をもてなすためにこちらへ来られたのに。北の方達も不安になるでしょう。感染するのもそうですが、北の地に持ち込んでしまうかもしれないと」
これは事実だった。
こうした接待にはただでさえミスは許されない。立場が立場なのだから。
「…」
アイヴァンは暫く黙り込んだ。
「その体で耐えれるのか?」
「耐えます」
耐えるしか無い。
帰れる、そう思うだけで胸は軽くなる。
とはいえ馬車は辛かった。
揺れもそうだが、時間も掛かる上に汽車に比べればやはり乗り心地は良いとは言えない。
もういっそのこと、キャビンを置いて
馬に乗って行った方が早い気がした。
アイヴァンは羽毛をぎっしり詰めたクッションでなんとかザイラに楽な体勢を維持させようと苦心していたが、ザイラには既にどの体勢であっても同じだ。
背中を丸め、眠りに落ちるとまた倦怠感で目覚める。それを何回も繰り返し、やっと汽車に乗れた時はある種の達成感さえ感じていた。
特等室とはいえ、汽車だ。ベットなどは無い、夜行列車ならまだしも、座幅もさして奥行きは無い。
相変わらずクッションを使ってなんとか倒れこまないようにアイヴァンはザイラを支える。
だがクッションではどうしてもザイラを支えられないと分かると、ザイラの隣に座りザイラの頭を自らの肩に預けさせた。
高さが丁度良く、呼吸が楽な気がした。
ロシーンからだと聞く毛皮の毛布をずっと体に巻いていたが、アイヴァンが隣に来た事で体温が伝わり暖かさが増す。
体の痛みも少し和らいだ。
体の辛さが和らいでくると、ザイラはうとうとと微睡む。
「眠るといい。もう少しだ。着いたら起こそう」
ザイラは目を閉じているがアイヴァンの声が、すぐ近くに聞こえる。
眠い…返事をしたかさえ、もう分からない。
「元気になったら、乗馬へ行こう。ザザは本が好きだから、エルメレの本を探しに行くのもいい。
エルメレへ旅行へだって今は行ける。ザザが望むなら…私も共に」
夢現つに、そう聞こえた気がしたが、ザイラは既に目を開けることも聞き返す事も出来なかった。
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