転生伯爵令嬢は2度死ぬ。(さすがに3度目は勘弁してほしい)

七瀬 巳雨

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あの日

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「ザザッ!ザザッ!しっかりしろ!」
 


 息がっ!苦しいっー!
 
「かはっ…!」
 ザイラの手は息苦しさに強く胸を押さえ、もう片方の手は何かを掴もうとするように天井へ伸ばされていた。
 
 
 目を開けると、アイヴァンはザイラの伸びる手を痛いほど握りしめ、その顔を覗き込んでいる。
 
 途端に先程の夢と重なる。
 
 思わず悲鳴を上げてその手を振り払い、体を起こすとアイヴァンを押しのけた。
 
 夢か?夢だ。大丈夫、分かってる。
 ここはあそこじゃない。
 
 
 ぜぇ…ぜぇ…と大きく肩を上下させ、なんとか息を整えながら、広いベットの端で縮められるだけ体を縮めて、自身をキツく抱きしめた。
 
 

「ザザっ!…ザザ?…大丈夫か?」
 
 アイヴァンが心配そうに声を掛けるが、その声さえ恐ろしさを感じた。
 
 大丈夫、大丈夫、落ち着いて
 


 大丈夫…?本当に?
 
 ザイラは恐る恐る顔を上げて、アイヴァンを見る。
 
 緑色の宝石のような瞳
 美しいその色は、
 月明かりでは何色に見える?
 
 あの晩見た、あの瞳は
 何色だった?
 

 …緑?

 
 
 ザイラの体がガクガクと激しく震え出して悪寒が身体中を駆け巡った。
 
 
 途端に意識は朦朧とし始める。
 
 アイヴァンがすかさず駆け寄り、ザイラの体をしっかりと支えた。
 
 アイヴァンは蒼ざめた顔で焦った様に何かを大声で叫んでいるのは分かったが、何を言ってるかまでは分からない。
 
 
 ザイラは意識を手放した。
 
 
 

「ドゥガル!あなたのせいよ!あなたがお姉様を連れ回したから!」
 
 ザイラは朦朧とした意識の中で、ロシーンの声に目を覚ます。
 
 寒い…
 体中が針で刺される様に痛い
 
 
 ザイラが寝ている部屋の扉は開かれたままで、その入り口辺りから数人の話し声が聞こえた。
 
「皆様お医者様のご到着まで今暫くお待ちを」
 初老の男性の声が聞こえる。恐らく執事か何かだろう。
「念の為、病状が分かるまでは奥様の面会はお控え下さい」
 
 
「何ですって!?看病もするなっていうの!?」
 ロシーンは取り乱した声で執事らしき初老の男性を詰める。
 
「侯爵様のご指示です。感染症であれば、病が蔓延すると」
 
 
 もっともだな…とザイラはぼんやり思った。
 王都からザイラが病を持ってきたとしたら、王都と領地を行き来するフェルゲイン侯爵達ならまだしも、北から来た氏族達に免疫があるかは分からない。
 
 
「嫌よ!お側に居るわ!」
 ロシーンの声が一際大きく聞こえて、初老の男性や他の使用人達がそれをなんとか宥めようとしている。
 
「そこを退きなさい!」
 ロシーンの足音が数歩こちらに向かった音がした、その時…
 
「ロシーン!!!」
 
 屋敷中に響き渡る程のドゥガルの声がロシーンの歩みを止めさせる。
 窓が、ガタガタと小さく揺れた。
 
「こちらへ」
 
 はっきりと、有無を言わさない声でドゥガルが言った。
 ロシーンは迷ったように動かないが、歩む音は遠のいて、どうやら大人しく踵を返した様だ。
 ロシーンにもしも感染させてしまったら、ザイラはそれこそ自分を許せない。

 それ以上にドゥガルが許さないだろう。
 今度こそ弾を込めて頭を打ち抜くかもしれない。

 
「気がついたか?
 騒がしくてすまない」
 
 横に首を向けると、アイヴァンが居た。
 眉間に皺を寄せて心配そうにザイラの顔色を伺っている。
 
「もうすぐ近くの医者が到着する。酷い熱が出たんだ。大丈夫だ、心配は要らない」
 
 大丈夫だ、と言われても屋敷には不穏な空気が漂っているような気がしてならない。
 そして夢に見た光景が、どうしても目に焼きついていて思い出すとまた視界がグルグルと回り出し、吐き気が襲ってくる。
 
 違う
 大丈夫だ
 ここじゃない
 
 そう言い聞かせる…
 それなのに、それが段々と…
 
 大丈夫だ
 彼じゃない
 アイヴァンじゃない
 
 と自分に言い聞かせ始める。
 
 
 あの男の人影と瞳が、いつまでもザイラに圧しかかってきているようで、思い出すと呼吸も苦しくなった。
 
 
 
「アイヴァン様…」
 ザイラはしゃがれた声でアイヴァンを呼んだ。
「なんだ?寒いか?水が欲しいのか?」
 アイヴァンは前のめりになってザイラの様子を注意深く見ている。
 
 
「…あの夜…あの日、ローリー領にフィンとやってきてお泊まりになった時…」
 
 言葉を紡ごうとすると、呼吸と共になぜか涙が溢れてきた。
 
「どなたが…ご一緒でしたか?」
 
 なぜそんな質問を今するのか、アイヴァンは困惑した。
 だが高熱に魘されてる人間なら、意識も曖昧で普段の様には頭が働かないのもアイヴァンは理解している。
 
 
「あの時は、私とエドガー、それにコリン…ディオン公爵家のコリンが居た」
 
 アイヴァンは柔らかな声で優しくザイラに答えると、一瞬、躊躇しながらもザイラの手をそっと握る。

 まるで怖がる子供を慰める様に。
 
 
 
 あなたじゃないよね?
 
 きっとそうよね?
 
 私を優しく、慈しむように見てくれるあなたが、あんなことする訳ない。
 あれは、緑色の宝石のような瞳じゃなかった。
 
 誰か、そうだよと彼じゃ無いよと言って欲しい。
 
 
 
 ザイラの涙はとめどなく溢れた。
 
 アイヴァンはそれをハンカチで、本当にそっと、少しづつ拭う。
 
 
 不意にミア嬢が思い浮かんだ。
 
 熱に魘されてるせいだ。
 だからこんな感傷的になるのだ。
 
 愛してくれたなら、どんな風に愛してくれるのか、考えた事があったけれど…
 
 もし、が存在したなら…きっとこんな風に慈しんでくれるのかもしれない、と都合の良い錯覚を起こしてしまった。
 
 ミア嬢が羨ましい、なんて。
 
 自分が情け無くて、アイヴァンの優しさに全てを預けれないのがもどかしくて、涙はやっぱり止まらないままだった。
 
 全て高熱のせいだ。
 
 
 きっとあなたじゃない、私には分かる。 あなたはこんなにも優しく、涙を拭ってくれる人なのだから。
 
 
 
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