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真心
しおりを挟むとんでもない話を聞いてしまった、とザイラは酷く動揺した。
暫く動けないほどに。
ただドゥガルは話す前も話してる最中も話した後も、全く変わった様子は無い。 あっけらかんとして、ほんのお喋り、その程度の空気感のままだ。
「早く戻ろう。アイヴァンが迎えに来ると厄介だ」
そう言った癖に
馬に乗った後もこの木はどうのとかこの辺りの植物は食べれるからとか寄り道ばかりして、馬の話になるとお互い速さや技術を競おうと遠回りに遠回りを重ねた挙句、屋敷に戻った時は2人とも草だの枝だのを引っ付け泥だらけだった。
不覚だ。だが久しぶりの解放感についつい調子に乗ってしまった。
とはいえ良い歳の男女がまるで子供の様な汚し具合で現れたので、屋敷は騒然とした。
「嫁殿が好き勝手にウロチョロするので危うく遭難しかけた。もう嫁殿を誘うのはやめておこう」
ドゥガルは参ったという風に笑いながら大声でそう言う。
氏族達からドっと笑いが起こる。
否定しようと思ったが、ザイラ自身楽しんでしまったので何も言わない。
肝の座った男だな
ザイラは遠目でドゥガルを見る。
ヘラヘラと笑いのらりくらりとする男だが、その体格に見合った度胸、思慮深さを持ち頭の回転も速い。
フェルゲイン侯爵と渡り合うに、十分な資質を持ち合わせているように思えた。
「お姉様!」
ロシーンがドレスの裾を踏みそうになりながら、ザイラの元へ駆け寄る。
後ろにも数人、若い婦人を引き連れて。
「遅いので心配いたしました!
大丈夫でしたか!?お怪我は!?なぜこんなに…ボロボロなのです?」
ロシーンは甲斐甲斐しくザイラに付いた葉っぱやら枝やらを手で取り除く。
「大丈夫です。馬に乗るのは久しぶりだったのでつい調子にのってしまいました。」
木々の間を走ったりすれば大体こんな風になる。
そして、なぜ…若いご婦人達はこちらを見ている…?
ザイラの目線に気付いたロシーンがニッコリと笑った。
「皆お姉様の乗馬姿を見て素敵だと話してたんです。」
北の氏族達は女性でも夫の留守を守るため剣を持つこともあると言う。
淑やかに座って待つよりも、氏族の娘達は勇ましい方が好きなのかもしれない。
「ロシーンよ、嫁殿が悪いんだ。物珍しさにあちらこちらに行くから」
後ろからまだ枝やら葉やらを付けたドゥガルが現れた。
途端にロシーンは目を吊り上げる。
「ドゥガル!あなた後でお兄様に叱られると良いわ!お兄様はお姉様を心配して探しに行かれたのよ!」
「アイヴァン様が…?」
ザイラがポツリとそう呟く。
「そう怒るな、ロシーン。ほら、土産もある」
ドゥガルはそう言ってジャケットの内側から小さな花で作った花束を取り出した。案外色や花のセンスが良くて驚く。
時折馬から降りて、大きな体でウロチョロしてたのはこのせいか。本当に抜け目が無い。
ザイラはふっと顔に笑みが溢れた。
その風体で、なんてロマンチックな男だろう。
「…!」
ロシーンはドゥガルを相変わらず睨み付けてるが、顔を真っ赤にした。
いくら日頃牙を剥き出しにしていても、許嫁の可愛らしいサプライズを無下にも出来ないだろう。
それに、花束を貰って喜ばない婦人は居ない。
豪華絢爛な花束も心奪われるが、名もない素朴で可憐な花束はとても美しかった。
こうした真心の籠ったものが、何にも変え難い最上級の贈り物だろう。
「気に入らないか?」
ドゥガルが屈強な体を曲げて、ロシーンの顔を覗き込む。
「……ぃぇ…」
ロシーンはさっきの威勢はどこにいったのか、真っ赤な顔でその花束を受け取った。
ロシーンが受け取ったので、ドゥガルも満面の笑みを浮かべて嬉しそうに微笑む。
とても愛らしいカップルだ。上手くいくと良い。
フェルゲイン侯爵の思惑に囚われず、どうかそのままの2人でいて欲しい。
この先は前途多難であるかもしれないが、きっと乗り越えていける、根拠は無いがそう思えた。
「ーザザッ!」
ザイラを呼ぶ大きな声が聞こえた。
振り返ると、ザイラを探しに行ったと聞いたアイヴァンが額に汗を光らせて馬を降り、こちらに駆けてきた。
「大丈夫か?何もないか?」
アイヴァンは血相を変えてザザの様子を上から下までよく確認する。
葉や枝をそこかしこに引っ付けて、泥だらけなこと以外には特に何も無い。
「何もございません」
ザイラが応えると、アイヴァンはザイラの髪に付いた小枝をそっと指で払った。
そして向きを変えるとドゥガルを睨む。
「ドゥガル。勝手なことをするな。」
「いやだから、嫁殿が…」
ドゥガルはそこまで言って、暫し考え込むとイタズラぽい目つきでニヤリと笑みを浮かべる。
「馬の扱いも上手くなんとも勇ましい嫁だ。良い嫁を貰ったな、アイヴァン。
もし飽きたら俺にくれ。妻にはしてやれないが、すぐに第2夫人にしてやろう」
そうドゥガルが言うと、アイヴァンは眉間にシワを深く寄せた。
顔の血管が浮き出る。
「ドゥガル、お前…っ」
更にアイヴァンは歯をギリギリと鳴らし、ドゥガルに詰め寄ろうとする。
非常に繊細な問題にズカズカと入ってくるドゥガルにアイヴァンは怒りを隠せないのだろう。
本当に肝が座った男だ…
ザイラは呆れを通り越して苦笑いする他無い。
「良いかも…お姉様と一緒なら……嫁いでもいいかもしれないわ…」
か細い小鳥のような声の主に、皆一斉に注目する。
ロシーンは相変わらず頬を染めて花束を見つめていた。
うっとりと花束を見つめながら、えげつない事をいともさらりと言うものだ。
フェルゲイン侯爵の実の娘じゃ無いらしいが、彼女はフェルゲイン侯爵似で恐いもの知らずだ。
もしそうであるなら、やはりロシーンの手綱を握れるのはドゥガル以外居ないのかもしれない。
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