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警告

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「度が過ぎていますよ」

 努めて冷静に言ったつもりだ。

「動きが速いな。さすがコナー将軍の姪だ。田舎でお転婆してたというのは本当みたいだな。」
 
 なんでも知っているというような口ぶりだ。
 
「弾は入ってない。冗談だ」
 そう言って笑みを崩さないまま、銃を脇に差し、降参というように両手を上げた。

「…何のつもりですか?鹿も、見ていないのでしょう?」
 ザイラの首筋に汗が滴る。
 
 こいつ、やっぱり頭おかしいのか?
 ロシーンを構っていたが、あれは本当に何か性格破綻者であんな事を…?
 
 この状況をどう切り抜けるか、ドゥガルは話が分かるのか単にサイコパスかで対応は違ってくる。
 
 
「すまないな。嫁殿と話したかったのだ。誰にも聞かれない場所で。アイヴァンが張り付いてるのでこんな手荒な真似をした。申し訳ない、この通りだ」
 片手を胸に添えて、恭しくドゥガルは腰を深く折った。

「…話?脅しではなく?」
 ザイラもすんなり謝罪を受け取る気にはなれない。

 
「言い得て妙だ。嫁殿がどう思うかは嫁殿が決めれば良い。俺から言えるのは、フェルゲイン侯爵家にはくれぐれも気をつけろ、ということだけだ」
 
 見ているだけで不安を抱くあの赤銅色の眼を持つ男、フェルゲイン侯爵。とはいえ…
 北の氏族の有力者からまさかそんな言葉が出るとは驚きだ。
 それも次男とはいえ息子の嫁に。

 
「なぜそんな事を言うんですか?私が夫に言わないと?義父に言いつけないとなぜ思うのですか?」
 わざと夫や義父という言葉を使った。
 
 
「嫁殿とアイヴァンの結婚がそれほど順調という予想はしてなかった。
 アイヴァンの愛人騒ぎは前から知ってる。嫁殿と結婚する時も揉めたからな。
 1度か2度南方に派遣されただろう?あれは侯爵から息子への最終警告だ。
 さっさと結婚しないと、危ない所へ送るぞ、というな。
 アイヴァンは侯爵に従順な息子だが、結婚だけは頑なに嫌がった。あの看護婦の娘が随分お気に入りだったから。」
 
 何も考えて無いような顔をしてのらりくらりしているような雰囲気なのに、隅々まで知っているとは、恐れ入る。
 信じない訳では無いが嘘には感じなかった。
 
「だから侯爵はまたあの看護婦の娘も一緒に南に派遣させようとしてたんだ。
 しかも前線にな。
 アイヴァンには相当堪えただろう。一度身を持ってその危険を体験してるんだから」
 
 アイヴァンとミア嬢が恋に落ちたという時の事だろう。

 侯爵は、ミア嬢の命を人質に取って、早急にザイラと結婚させたということだ。
 
 今は軍の大臣も務めてると聞くから、難しいことでも無いだろう。
 だが息子までまた危険に晒すとは…
 
 ザイラは顔を下に伏せる。
 
 また胸の奥が苦しく、ジリジリと焼ける感覚が襲ってくる。
 
「嫁殿がアイヴァンをどう思っているかは知らない。ただ、フェルゲイン侯爵は手段を選ばず1番合理的な方法をいつも取る」

 それはそうだろう。あの蛇に例えられる人物なら、息子の命も厭わない父親なら。

 
「侯爵は、侯爵家を繁栄させる事に執心してるんだ。そのためには誰の命も人生も犠牲にしようと厭わない。それは嫁殿も同じだ。」
 
「そのための政略結婚では?」
 言って自分を嘲笑した。

 
「…今、侯爵がしたい事も大体分かってる。
 北の氏族の影響を受けず、より大きな富を得て、今までの北の氏族達とのパワーバランスを変えたいんだ。
 そうすれば侯爵家の歴史に名を残すだろう。そして俺たち氏族は特殊な立場から対等に侯爵と話せた訳だが、これからは侯爵の顔色を伺い、おべっかを使わざる得なくなる」
 
 それはそうだ。今や軍のトップであり王国を牛耳っているのだから。これで諸外国へ影響まで与え始めたら、とてもじゃないが北の氏族なぞ吹いて飛ぶ存在になるだろう。
 
「なぜ侯爵は…そこまで…」
 思ったことが不意に言葉に出てしまっていた。

「さぁ?自分で自分を認められないんじゃないか。だから躍起になってるんだろ」

 
「…どういう意味ですか?」


 あれだけの大貴族がなぜ今以上貪欲に執心するのかザイラには分からない。
 
 
「戦時中にもう少し名誉を得られれば…変わってた、かもしれないが。
 いくら戦果を上げても名誉も人望も得れなかった。
 なぜか?コナー・ローリーが居たからさ。」
 
 確かに国の英雄といえばコナーが出てくるだろう。戦果で言えば、ずっと侯爵の方が上げていたのかもしれない。
 だが、犠牲が多過ぎたのかもしれない、とザイラは思う。
 人の命を奪う最短距離を行けた人が侯爵なら、奪う前に苦心し奪わず奪われずの策を捻り出すために、あえて遠回りをするのがコナーだ。
 

「…ではこの政略結婚は……コナー叔父さんへの当てつけもあると?」
 
「そこまでは分からない。むしろ今はローリーの名がつく娘が手に入って満足してるかもしれないし、そうでないかもしれない。」
 
 愚かなローリー伯爵を使ってコナー・ローリーを出し抜いたとでも思うのだろうか…
 
「…そもそも今侯爵家はこれだけ盛えてる訳だが、元々そうだった訳じゃない。今の侯爵夫人は3人目だが、その前の2人の夫人は病死と出産時の事故で亡くなってる。」
 どこかで3人目だとは聞いた気がしたが、あまり興味が無くて聞いていなかった話だ。
 
「前の夫人は2人とも資産家の一人娘だったから、侯爵は莫大な遺産を手にしてそれを元手に豊富な資源をより多く開発する事が出来るようになった」

 
「まさか…殺したとでも言うんですか?」
 ザイラの体中から血の気が一気に引く。
 
「いくらなんでも…出産なんて…自分の子供まで…」

 ガタガタと体が震え出した。


 
「あり得る。理由もある。侯爵は子供を成せない」
 
 頭をガンガンと大きな衝撃が何度も襲う。
 それ以上話さないでほしい。知りたくも無い。知ったらそれこそ、その事実に怯えて息も出来なくなりそうだ。
 
「何を…言って…」
 
 
 ドゥガルはまるで世間話をするようにペラペラと喋り続ける。
「安心していい。血筋でいえば傍系だがフェルゲインの血は流れてる。だがそれを知ってる者は大半もうこの世には居ない。居ても夫人のように石のように口を閉ざして墓場まで持ってくからな」
 
 だから…似ていない?
 夫人は3人子供を産んだ。3人も産んだのだから。それは侯爵も了承済みだったに違いない。

 
 跡取りの居ない侯爵家当主という名をどうしても避けたかったのだろう。
 

 
「子を成せない、侯爵にとってはそれは何より認められない現実なんじゃないか?
 これだけの事を成し遂げる事が出来る人間が、1番大切な務めは果たせない。
 当たり前の事が出来ないんだ。

 そして…この話はもうほんの一握りしか知る者はいない…それはなぜか、分かるな?」
 
 殆どを、侯爵が、
 消してしまったから…


 
「…なぜそんな事、私に……」
 もう何度目かの同じ質問をポツリと繰り返す。

 
「この話を漏らす者は居ない。決してな。もし噂が広がったら、嫁殿しかいないだろう。
これは俺たちだけの秘密、というやつだ。」
 
 
 脅している。
 なんのために?

 
「何をお望みですか?」
 嫌な汗がダラダラと体を伝っていく。
 



「それが、なーにも無い」
ドゥガルはくるりと一周して倒れた木を椅子にして腰掛けた。
 
「は?」
思わずマヌケな声が漏れた。
 
「強いて言うならロシーンが嫁殿をとても気に入っているから。あとは、願掛けみたいなもんだ」
 あっさりとしたドゥガルの態度にザイラは困惑する。


「俺たちだって何も手を打ってない訳では無いんだ。将来のことは分からないが、ロシーンには何の憂いも無く共に生きて行って欲しいと思ってる。
 そうなるように、今嫁殿に言っただけだ。    
 叶えられるように、願掛けだ。」
 
 あとは…
 とドゥガルは続ける。

 

「もし嫁殿が危ないと感じたら、迷わず逃げろ。侯爵は容赦しない。嫁殿は用済みと侯爵が判断すれば…」

 
 その先は言わなくても分かる。

 
 
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