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浮かされて
しおりを挟む舞踏会で見かけた時、確かにこの男は黒髪に小麦肌でエルメレ人の特徴をしっかり備えていた。
いや勘違いなのだろうか
ただの他人の空似…その可能性もある。
光の角度で、瞳の光彩はキラキラとその色を変える。
相変わらず美しい、とザイラは思った。
「大丈夫ですか?」
今度は王国の言葉でそう聞かれる。
あまりにも凝視してしまった手前、気まずさに言葉が出ない。それに反比例して、首や耳が熱を帯び始める。
…情けない、これでも伯爵家の令嬢だというのに
はしたなくもまじまじと紳士の顔を見つめて、声に詰まるなんて。
頬まで熱くなってきてザイラは顔を伏せた。
「あ…だ、」
大丈夫です、と声を出す前に自分は庶民の青年の格好だという事を思い出した。
顔を伏せれば、ただでさえ膨らみの無い女性らしい体を一応念の為、と更にサラシを巻いた凹凸が一切見えない胸板が見える。
声を誤魔化す事は出来ない。
思い切り頭を上下して頷くと、返答の代わりとした。
「…歩けるか?」
男はそっと体を離す。ザイラは慌てて歩き出そうと足を踏み出したが、焦りで足が縺れ、今度こそ地面へ倒れ込むのを覚悟した。
痛みと衝撃に備え、瞬時に体を強張らせるが、地面への衝撃はいくら経ってもやってこない。
しっかりとした筋肉質な腕が、すぐさままザイラの腹へ回り、片手でも充分にザイラの体を支えていた。
恥ずかしさに体中が熱くなる。
自分は何を焦っているのだろう
すると突然体が宙に浮いた。
鼻腔があの香水の香りで満たされる。
多分、この香りを忘れる事は出来ないだろう、ザイラはそう思った。
これは、世にいうお姫様抱っこというもので…
男は何の躊躇いも無くザイラを抱えて道を急ぐが、ザイラはキャスケット をより目深に被る。
体が熱い
体を密着させてる部位に殊更熱を感じる。自分の熱なのか、はたまた男の熱なのか、心臓の音まで相手に筒抜けにはならないか、それだけが気になって仕方ない。
…だがちょっと待って欲しい。
これはそこそこの青年を屈強な肉体を持つ男性が抱え込んで先を急いでる訳で。
ザイラの中では恥ずかしくて仕方が無いが、周りからすれば病人か怪我人の庶民の青年を医師の元へ運ぶ見目麗しい紳士…
そんな風に考えると徐々に落ち着きを取り戻してきた。
ロマンチックにも胸が高鳴ったなんて事は無かった、と自信を持っては言えない。
男の肩に預けたザイラの頬の熱も、痛いほど大きく聞こえる胸の鼓動も、きっとこの男にはバレていない。
この男は正義感の下、酔漢に絡まれる貧しく哀れな異国の青年を助けただけだ
紳士としての品格を示しただけ
自分に強くそう言い聞かせる。
そうでなければ、なんとも情けないことに…
自分に都合の良い邪で勝手な熱に溺れてしまいそうだった。
帽子のお陰で顔を見せないで済んだが、どこに向かっているかは分からない。
ただどこかの大通りへ出たのは人の喧騒がより大きくなったので察した。
いつに間にか、側に馬車が停まり、扉が開いた音がしたと思ったらキャビンへそっと下ろされる。
促されるまま、ザイラはキャビンのソファへ腰を下ろした。男は扉を開けたまま御者と何か話しているようだ。
促されるまま乗ってしまったが、大丈夫なのだろうか
マタイ総合病院にでも連れて行かれたらどうしよう
開いた扉を見つめていると、男が戻ってくる。乗り込む様子は無い。
男の瞳の光彩がキラリと揺れたと思うと、意味ありげに、悪戯っぽい微笑みを浮かべ男が口を開く。
「お大事に。ご機嫌よう、レディ」
そしてザイラの手を取ると、男は体を少し屈ませる。
柔らかな唇が、手の甲にそっと触れた。
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