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舞踏会

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 招待状はすぐに届いた。
 
 黒地に金で綴られた招待状は、開くと紙が立体になり紙吹雪まで出る。
 
 招待状でこの気合いの入れようだ。
 これを1枚1枚送るなんて、手伝ったであろう使用人達はさぞ骨が折れただろう。
 
 
 当日はアンナに支度をお願いした。
 ただでさえ緊張しているのに今ベロニカに髪を引っ張られたら、日頃の恨みが噴き出して、ベロニカの顔を両手で挟んで好きなだけ頬を打ってしまうかもしれない。
 
 
 アンナは美しく髪を編み込んで低い位置で纏めると、ダイヤとサファイヤの髪飾りを付けてくれた。
 ザイラの目の色とあって、とても似合っている。
 
 肘上まである手袋を付け、落とさない事だけを祈る婚約指輪を付けると、長いドレスに躓かないようゆっくりと階段を降りる。
 
 階下には舞踏会様の燕尾服を着たアイヴァンが待っていた。いつもはきっちりとした髪も、今日は優雅に後ろに撫で上げている。
 
 ザイラに気付いたアイヴァンは顔を上げ、2人の目が合う。
 
 アイヴァンは自然な動作でそっと手を差し伸べた。
 ザイラも貴婦人らしくその手の上に自らの手を乗せて、残り数段の階段を降りた。

 階段を降りたは良いが、お互い目を見開いたまま見合って向き合い、暫く黙り込んでしまった。
 
 この沈黙は何!
 何か言って!
 
 ザイラの耳や首が熱を帯び始め、思わずそう叫びたくなる。逃げ出したいが、手は重ねたままだ。
 
「…よく似合っている。」
 
「…アイヴァン様も……」
 
 アンナが横でふふッと笑みを溢した。
 
 
 
 会場の高級ホテルは既に混雑していた。
 入り口をくぐると、まさにそこは別世界だ。
 見た事もないような大きなシャンデアがいくつもぶら下がり、壁や天井一面には緻密に描かれた天界の絵が続いていて荘厳さをより際立たせている。
 
 会場が広いので、オーケストラも必然的にかなり規模の大きい楽団が舞踏会の始まりを待っていた。
 
「緊張しなくていい。挨拶だけ済ませて途中で抜けても大丈夫だ。」
 
 ガヤガヤと響く喧騒の中でアイヴァンがザイラの耳元で呟く。
 
「この会場を見て緊張しない人間がいますか?」
 思わず心の声がそのまま出てしまった。
 
 
 ザイラはデビュタントを経験していない。表向きは病気療養中としていたが一体何人がそれを信じただろう。
 
 令嬢達が初々しい社交界デビューを飾っている間、ザイラは少年の格好で野や山を走り回っていた。
 ローリー領の領民が、ふざけてザイラを坊ちゃん、とかローリー伯爵家の次男坊、とか言い始めたせいで、未だに次男が居ると信じている者も居るだろう。
 
 
 伸び伸び好き勝手に過ごしてきたツケが今になって回ってきた。
 ザイラは伯爵令嬢の身分なんてすっかり忘れて、正真正銘の田舎者のように口をポカンと開け、上から下から忙しなく首を回して会場を見渡している。
 
 その間にもアイヴァンは2階の休憩室や隣にある軽食や飲み物をつまむホールを案内してくれた。
 
 全く持って落ち着かない。
 
 震えそうな体に力を込めてなんとか抑える。
 
 すると人々が一斉に入り口へ注目し、ホールの空気が一気に変わった。
 
 ザイラも釣られてそちらを伺う。
 
 
 エルメレ人だ。7~8人程だろうか。
 
 皆体つきがしっかりしていて大柄な男性が多かった。髪の毛はダークブラウンや黒色。顔のパーツがはっきりしていて肌も小麦色だ。
 
 後ろに控えているのは護衛だろう、王国と同じような軍服だが、ジャケットや被りものも装飾が違って異国風だ。
 
 真ん中の2人は体を覆うようにゆったりとしたエルメレらしい衣装を身に纏っていたが、動きやすいようにしているのか下はパンツスタイルであるようだった。
 
 羽織っている織物の美しさといったら…
 なんと艶やかだろう。
 物珍しさに興奮して、遠慮もせずじっくり眺めてしまった。
 
 真ん中の少し小柄の男性が噂の第二皇子だろう。

 なんとも華やかで貴賓がある。

 温和そうな雰囲気だが精悍で整った顔立ちで、貴族達がこぞって皇子に取り入りたいのはその肩書きだけに惹かれてる訳でも無さそうだ。
 
 そして皇子と同じ伝統衣装を着た一際背の高い男性は、鋭い目で辺りを警戒している様だった。

 側近なのだろうか。
 ニコリともしないが、人種を超えた神秘的な美しさになぜか目が離せなかった
 
 
 と不意にその側近と目が合う。

 鷲のように鋭いが、その瞳は灰色と金色が混じり、えも言われぬ光彩を放っていていた。
 
 
 皆の注目を一身に集めた皇子にスチュアート侯爵と夫人は満足そうな笑みを浮かべて恭しく挨拶している。
 
 音楽が始まった。
 
 遂に舞踏会の始まりだ。
 
 
 
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