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血の縁

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 誰が見ても分かる高級な厚紙の封筒…    

 赤いフォーサイスの封蝋印…

 開けたら魔法にでも掛かりそうな程に格式高い手紙を開いた。
 
 相変わらずお手本のように優雅な字だ。  
 
 差し出し人は、ハリエット・フォーサイス。
 クレイグの母だ。
 
 フォーサイス夫人は元々大変裕福な商家の出身で、繊維産業の他に病院の経営などをしている。
 クレイグの居る病院は夫人の一族の生業な訳だが、夫人の経営手腕の才覚は確かな物で、この王国でも珍しい女性経営者だ。
 
 ふくよかで派手な顔立ちの女性だが、話し方は物腰柔らかで、その巧みな話術を聞いていると気付いたら勧められるまま商品を買ってたりするらしい。
 
 恐ろしい。まるで魔女だ。
 
 
 この手紙にも、そこかしこに夫人の魔力のような人心掌握術が込められているだろう。

 フォーサイス夫人は、ザイラがエルメレの言語に明るいと知った時からエルメレの本を翻訳して欲しいと頼んでくるようになった。
 
 息子に頼めば良かろう、と思ったが、あの息子がそんな頼みを聞く事は確かに無いだろう。
 
 最初は小説一冊、それが段々と冊数も増えて、ザイラでさえ辞書を引かざる得ない専門書まで寄越す様になってきた。
 小遣い稼ぎに始めたが、冊数に応じて確かに報酬は弾んでくれた。
 
 だが、いかんせん難しい。
 エルメレの法律関係や市場調査の本など、ただでさえ高価な輸入本を一体どこから仕入れてくるのか。
 
 手紙は最初から最後まで美しい文体と言い回しで綴られている。
 
 自分の息子がアレシアと結婚して子供を持てるなんて考えもしなかった、あの息子がまさか結婚出来るなんて期待もしてなかったのに、こんな幸せを運んでくれるなんてアレシアには感謝しか無い、この幸せを伝えたい、あなたとも素晴らしい関係が築けて私がどんなに幸せか分かるか、うんぬんかんぬん
 等々畏まった文体を噛み砕くとこんな風に書いてある。
 
 大体こういう時は…。ザイラの顔はサッと血の気が引いた。
 
 置かれた本をすぐに確認する。
 本の数は7冊、それぞれ結構な厚みがあり、税金関係や政治の本。
 
 やっぱり、いつもより多い。そして厚い。
 
 手間も時間も掛かる難しい本だ。
 
 報酬は弾んでくれるだろうが、溜め息が出る。
 
 あの欲深…いや、貪欲…いや、向上心の強い剛腕女性経営者は、この王国だけにその手腕を収めておく気は無いらしい。
 
 その向上心は、医学の道へ突き進むクレイグによく似ている。

 やはり親子である。
 血は争えないものだ。
 
 
 
 
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