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手紙

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 屋敷に戻ってからもアイヴァン達の姿が妙に焼き付いていて離れなかった。
 
 ストーリーが歪んでいる。自分が転生してきてから、唯一それを恐れていた。
 既にザイラが生きている時点で大幅に逸れてしまったのかもしれない。
 先読みした結末も、もう既に当てには出来ないのも分かっていた。
 
 だが今の状況にさして大きな不満も無かった事もまた事実だ。

 特に、アレシアに関しては。
 
 アレシアはザイラがコナー夫妻の家に住まうようになってからも度々顔を見せに来てくれた。
 アレシアがその場に居ると、空気が変わる。そこだけがまるで楽園のように穏やかで、その場に居る人は皆アレシアに魅了されてしまう。

 コナーもナディアも、アレシアが来ると普段よりも随分機嫌が良かった。
 それは勿論、転生したザイラも同じだ。
 
 妹、その点でアレシアのザイラへの愛情は人一倍だったろう。幼い頃の記憶はアレシアと手を繋ぎ、フィニアスと3人で過ごす記憶が多かった。
 
 ヒロインだから。

 その影響かもしれないがアレシアは明るい上に慈悲深く、優しい性格だった。

 そんな姉の妹である事が嬉しくて堪らなかった。
 
 だから、ザイラはアレシアを避けなければいけないと思った。
 
 ザイラが生きてる事で、アレシアの幸せへの道が逸れることを恐れた。
 
 アレシアを傷付けず、適度な距離を置く…

 令嬢らしい生活をやめて、男の子のような格好で泥まみれになっても、アレシアは全く変わらなかった。
 むしろ自分もやってみたい、と泥まみれになった事もある。フィニアスはザイラを見て呆れていたが、最後は双子の姉であるアレシアに腕を掴まれて、同じように泥だらけになって大笑いしていた。
 
 それでも努めて、適度な距離を探り、影響しないようにしてきたつもりだ。

 
 アレシアが幸せなら、それで良い。
 
 
 そんな思いで、アレシアから届いた手紙を読んでいた。

 王都に来てから度々アレシアとは手紙を送り合っている。勿論心配させたくないので、当たり障りの無い話ばかりだ。 
 予想通り、アレシアはザイラの慣れない王都生活を随分心配し、ドレスはここが良い、困ったらこの夫人に、助言もくれるのでこの御方に、と丁寧な字で綴られている。
 この人はやめた方が良い、としない所がまたアレシアらしかった。
 
 だが、ザイラとて準備無く来た訳では無い。
 
 もう1通、手紙を開く。
 
 1枚は簡潔な数行の手紙。

 もう一枚はぎっしりと書き込められた3枚の手紙だ。
 
「うへぁ…」
 
 呪文のように小さい文字がぎっしり書き込められた手紙を見て目眩がした。
 
 有力な貴族程、スパイのように情報を得るため、自分の息がかかった使用人を上手く先方に潜り込ませるという。
 自らの利益に直結するからだ。
 
 この場合…スパイ程の大それたものでは無いが。
 
 
 コナーは人望が厚い人だ。故に人脈もザイラが知らぬほど広い。
 そんなコナーを慕って、ローリー領に引っ越して来た人も少なく無かった。

 その中で、オーウェン夫妻という領内で教師をしている夫婦が居た。2人とも穏やかで、博識で、田舎には勿体無い人達だ。
 
 特に夫のロニーはあらゆる外国語に長けていた。
 ロニーはザイラにエルメレ語を教えてくれた先生でもある。
 最初にどんな事があって、敵国の言葉を教え始めたのかは分からない。記憶に無いほど幼い頃から、ザイラはエルメレの言葉に慣れ親しみ、本人も熱心にそれを楽しんでいた様だ。
 
 自分の外見が他と違う、そこに早くから疎外感を感じていたのかもしれない。
 
 ただでさえ敵国人の様な容貌の娘に敵国の言葉を教える…ローリー伯爵が良く思わない事は明白だが、ローリー伯爵は今でも決してコナーに強く出れなかった。
 コナーが長男だったらどんなに良かったか、そう思ってるのは決してザイラだけでは無いと断言して良い。
 
 オーウェン夫妻には息子と娘が居た。
 
 2人とも幼い頃にローリー領に来たが、一度は王都に出てみたいと強く希望したので、ロニーの頼みもあって、コナーはそれぞれに良いであろう就職先を紹介した。
 息子のテオはパーティ好きで社交界では有名な夫人の居るスチュアート公爵家の侍者、娘のペネロペには老舗の仕立て屋であるエリス オグマンのお針子だ。
 
 就職した先は、今の貴族の関係や状況、そしてこの先の予定を知るにはもってこいの場所である。
 コナーがどこまで考えていたかは分からない。だが今こうしてテオとペネロペは充実した王都生活を送り、ザイラが王都に引っ越して来てからは、特にザイラが聞いてもいない事もこうして手紙で知らせてくれるようになった。
 
 ただ、テオの手紙は簡潔過ぎて、ペネロペは事細かに感情を込めるのであまりにも長かった。
 
 紙1枚に兄妹の性格が実に良く出ている。
 
 2人の手紙を合わせて大体の事を読み取ると、スチュアート夫人は大国エルメレとの繋がりを持とうと躍起になっている。

 それは他の貴族も同じだが、奇しくも今はエルメレの第二皇子が遊学中なので、皆皇子を自分のパーティに招こうとあらゆる趣向を凝らしているらしい。
 
 エルメレは、正妻の他に側室を持つ事が許されているが、娘を側室にでも、と思っているのだろうか…貴族の貪欲さとは、全く底が無い。
 裏ではかつての敵国をどれだけ蔑み、罵っていることか…。
 
〝南の方では国境沿いでの争いが膠着状態だったそうですが、また争いが起きそうで軍は苛立っているそうです〝
 
 昨日見かけたアイヴァンにそんな様子は無かったが…
 
〝最近、私は大変腹が立っております。巷ではいろいろな噂がありますが、ザイラ様が心配される事はありません。
 気にするだけ無駄ですので、無視して下さい。ただ1つ、気を付けていただきたいのです。
 軍で看護師をしているミア・フィッシャーには気をつけて下さい。フィッシャーは南方での争いでアイヴァン様が負傷し感染症を起こした時に懸命に看病されたそうです。皆美談のように話しますが、看護師なので看病するのは当たり前だと思います。
 それに付け込んでアイヴァン様に取り入ったフィッシャーは身の丈に合わないドレスや宝飾品を身につけて、田舎の男爵家の三女には相応しく無いと、本当は皆思っています〝
 
 文章はまだまだ続く。
 小さな文字なのに筆圧が段々と強くなり、本当に呪文のようだ。
 
 ミア・フィッシャー…

 金髪で小柄な女性だった。アレシアの足元にも及ばないとしても…
 アイヴァンはただ一途に相手を思うだろう。

 それが、ヒロインの相手というものだ。

 この世界ではミア嬢にそのひたむきで真摯な愛を注いでいる、それはそれで1つのラブストーリーといえるだろう。
 
 図らずしもザイラが2人を引き裂くきっかけの一つとなるのか…。
 
 ザイラは手紙を枕元に置き、ふーっと息を吐いてベットに大の字になった。
 
「金髪が…好み、とか…?」
 
 自分の髪を指でつまみながら、独り言を呟いた。
 
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