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しおりを挟む……せっかく帰ってきたんだし買おうかな––––
これだけ堂々とされると、以前よりずっと買いやすい––––
とエヴァリーはニヤつくのを我慢して、書店の入り口へ手をかける。
そこにパッと先に扉が開かれた。
購入したての真っ赤な本を持った人がそそくさと入り口から出て来る。
えらく堂々とした……––––
やっぱり時代は変わったんだ——
なんて思いながらエヴァリーが顔を上げると、そこには白金の髪を無造作に整え、青のグラデーションが美しい瞳を持った男性が居た。
その瞳に吸い込まれる様に、エヴァリーは息をするのも忘れて、じっとその人を見つめる。
その青い瞳も、エヴァリーをジッと捉えていた。
「アッ……––––」
その名前を言いそうになり、エヴァリーは急いで口を手で覆う。
相変わらず……––––
ぐっと大人っぽくなったアイゼイアの姿に、エヴァリーの頬は条件反射で染まっていってしまう。
帰らなきゃ……––––
軽く頭を下げるとエヴァリーは急いで身を翻し、足早にバス停へ急いだ。
心臓がバクバクと鳴り響いて止まらない。
体は緊張して、微かに震えていた。
それでも一歩一歩、エヴァリーは帰路を急ぐ。
「待って––––」
その声は、エヴァリーの耳に残る声だった。
だが、振り返る訳にはいかない––––……
なんとか聞こえない振りで押し通さなければ……——
エヴァリーが足を更に速めた時、肩から雷に打たれたような衝撃と激痛が身体中に走った。
余りの痛みと痺れに、思わずエヴァリーはしゃがみ込む。
「––––っ!」
しっかりと呼吸を意識して、アイゼイアを見る。
アイゼイアは、手をエヴァリーに伸ばしたまま、驚きに固まっていた。
一度触れた相手……やっぱり触っちゃダメだったんだ––––っ!
エヴァリーは肩を摩りながら、顔に冷や汗を浮かべる。
「……だっ大丈夫ですか?」
肩を摩りつつ、未だ立ち上がる事が出来ないエヴァリーがアイゼイアにそう尋ねた。
だが、ちっとも返答は無い。
アイゼイアは、ただエヴァリーだけを凝視していた。
これ以上無いくらい目を見開いて、口は微かに開いている。
怪我をしたのだろうか?——
何か声も発せない程の——
エヴァリーがもう一度大丈夫か尋ねようと口を開いた時だった——……
「……エヴァリー」
微かに動いたアイゼイアの口が、確かにそう漏らす。
「え?」
エヴァリーは確かに聞こえた自分の名前に、未だに冷や汗の止まぬ体で、なんとかその体を起こそうとした。
〝本当に、バカばっかりね〟
エヴァリーのすぐそばに数年ぶりの懐かしい声がする。
「嘘っ……なんで?」
エヴァリーが震える声でそう漏らす。
「––––っそうか、やっぱり君だった…」
アイゼイアはそう言うと、胸元のポケットから古びた写真を幾つか取り出した。
「この写真に映る人間は全員知ってるはずなのに、君の事だけ知らない」
そう言って、エヴァリーの部分だけ掠れたダンスパーティーの時に撮られた写真を、アイゼイアはエヴァリーに見せる。
「おかしいなって違和感を感じてた。
確かに最初はなんとも思わなかったのに、––––…忘れるはずが無いんだ。絶対覚えてるはずなんだ」
アイゼイアはそう言って、酷く切なそうな顔でエヴァリーを見下ろす。
「写真を出してパーベルの子に聞いたら、君だって言うじゃ無いか。
仲が良かったのに忘れちゃったんですかって言われた事もあった––––
でもいざとなると、君の事を上手く認識出来ない。思い出そうとすると頭が真っ白になった。だけど写真を見る度に、何回も同じ体験をするんだ……」
エヴァリーの部分を何度も指で触れたのだろう、掠れたその写真は、エヴァリーがユウリに連れられドレスを着た写真だ。
「忘れても、何度も写真を見て、君は誰なのかを知ろうとした……」
アイゼイアの目に、微かに光るものが見える。
「––––っ……」
エヴァリーは、目玉が飛び出そうな程アイゼイアを見遣る。
これが果たして現実なのかまるで実感が無く、目の前の出来事に痛みも忘れて圧倒された。
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