好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

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 ブライトンでダンスパーティーの慰労会をする––––
 そう便りが来て、エヴァリーは行くか迷った。
 
 またバケツから汚水をかけられるのも、ジュースを掛けられるのも嫌なので行けません––––なんて理由も思い付いたが、そんな和気藹々としたムードをぶち壊す程空気が読めない訳ではない。
 
 してもいない怪我のせいにするか、仮病で苦しむフリをするか……
 
 
 
 リリアンはエヴァリーが後悔しない方にすれば良いと言った。
 
 後悔——……
 
 
 オースティンとデクランを訪ねる旅から戻っても、結局はどうする事も出来ないとエヴァリーは知った。なんならお互い離れた方が身のためだとも。
 
 アイゼイアに近付いてはいけない——
 
 アイゼイアと自分の為に……––––
 
 
 
 
「エヴァリーさん!」
 エヴァリーがブライトンの生徒会室に行くと、フランカとティナがエヴァリーに声を掛ける。
 
 既に、生徒会室にはブライトンとパーベル・アビーの生徒達がお茶やお菓子を楽しんでいた。
 
「エヴァリーさん、ダンスパーティのドレス凄く素敵でしたっ!写真をご覧になりましたか?凄く素敵に撮れてて……––––」
 
 ティナが指差した先には幾つかの写真が張り出され、一際大きく飾ってあったのは、アイゼイアとユウリの写真だった。
 すぐ横には王冠のシールが二人に貼られキング、クイーンの文字が書き加えられている。
 そして、ベストカップルの文字も–––
 
 
 二人がポーズを取った写真も、不意に撮られた写真も、全て型にピッタリ嵌めたようにお似合いで、エヴァリーでさえその写真達に見惚れる。
 
「……ダンスパーティーの主役は、やっぱりあのお二人でしたね!会長は志望大学にも合格されたんです––––アイゼイア先輩もお寂しいでしょうね……」
 
 フランカの言葉に、エヴァリーはもう一度まじまじと写真を眺める。
 
 アイゼイアはエヴァリーに言った——
 
 エヴァの方が綺麗だと––––……
 
 先輩は目が悪いのだろうか–——?
 あの言葉の信憑性は酷く薄い……
 
 並べられた写真を眺めながら、エヴァリーはそう思った。
 
 そしてほんの一瞬でも間に受けた自分が恥ずかしかった。
 
 
〝悔しい?——〟
〝許せない?——〟
〝あの女が憎い?——〟
 
 
 エヴァリーの脳内に、歪んでくぐもった声が轟き始める。
 目も見える、耳も聞こえる–——
 なのに、見知らぬ声は遠慮も無しにエヴァリーの身体中にその声はゾワリと響き渡って、エヴァリーを酷く戸惑わせた。
 
 
 目の前では、未だに興奮気味のフランカが写真についてエヴァリーに話しかけている。
 
〝嘘吐き——〟
〝だってそうでしょ?——貴女の方が綺麗だって言ったじゃない〟

 ……––––。
 
〝口の上手い男〟
〝貴女を脅してこき使って——〟
〝結局全部、あの女の為なのよ〟
 
 
 エヴァリーの視界がぐるぐると回り始めて、急に気分が悪くなった。
 
 エヴァリーは適当な理由を付けて、御手洗へ急いだ。
 
 
 
 あの声は……––––
 
 自分の声?それとも……––––
 
 何重にも重なったしゃがれた声だった——
 
 トイレへ駆け込んだエヴァリーは急いで鍵を掛ける。
 エヴァリーは両耳を両手で押さえて、目を閉じる。
 蓋をした便座に腰掛けて、目眩が止まるのを待った。
 
 
 遠くには聞こえ無い、その声の主はエヴァリーの中に居る––––……
 
 
 エヴァリーの体中に鳥肌が立つが、目眩が治れば、その声も全く聞こえない……––––
 
 
 
 
 早く、帰ったほうが良い––––
 これは、良く無い兆候だとエヴァリーは直感した。
 
 冷や汗に濡れた体で、エヴァリーはなんとか立ち上がる。
 
 
 御手洗から出ると、生徒会室とは逆方向に出てしまったのか見覚えの無い教室や景色が広がった。
 
 ただでさえ広いブライトンで、迷子になっては余計に恥をかく––––
 
 エヴァリーはなんとかぐるっと回れないか、もしくは階段を降りて回れないかを考えて階段を目指した。
 
 
 
 
 夕陽に照らされた廊下を進むと、一つの教室から二つ長い影が伸びていた。
 
 
 ––––誰か居る
 その程度の認識しかエヴァリーはしていなかった。
 
 そっと音もなく通り過ぎようとした時、
 エヴァリーの目にはオレンジ色の光を浴びた白金の髪が見える。
 
 
 ——アイゼイア先輩?
 そして、もう一人……
 
 アイゼイアと会長は向き合っているが、会長は背中しか見えない。
 
 アイゼイアは会長の顔に手を添えて、その身を屈めていた––––
 

 嘘だ––––
〝ほらね〟
 いや現実だ–––
〝何を良い子ぶっちゃって––お似合いだなんて思い込みたかったんでしょ〟
 見てはいけなかった––––
〝だから言ったでしょ、全部あの女の為だって〟



〝今貴女どんな顔してるか分かる?——〟
 
〝あの女が憎い?〟
 
〝あの場所に自分が居たらって考えちゃった?——〟


 浅い呼吸をなんとか鎮めながら、エヴァリーは決して音を立てないように、そっとその場を離れた。



 分かってた事だ。
 良かった、叶わぬ恋の相手は自分を忘れてくれるんだから。

 綺麗さっぱり無くなるならいっそ清々しい…––––
 最高の能力––––



 そう自分を励ましているのに、エヴァリーの足は鉛の様に重い。
 
 不意にその足が止まる。
 エヴァリーの足は、暫くそこから動けなかった。
 
 
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