好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

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 目的地までは汽車で2時間、そこからバスで1時間程の場所だ。
 
 結構な旅になるが、宿泊は出来ない。
 保護者の許可が必要となるからだ。
 エヴァリーとオースティンには暗黙の了解で、日帰りとなるのは決まっていた。
 
 朝一番の汽車にエヴァリーとオースティンは乗り込み、目的地を目指した。
 
 
 いくつかの街を通り、景色はどんどん緑が多い田園風景が続く。
 
 いつしか小さく見えていた人も見えなくなった。
 
 オースティンは朝が弱いので、ひたすら寝ている。時折エヴァリーの肩を枕にして眠るオースティンに、エヴァリーも釣られるようにしてうつらうつらと微睡んだ。
 
 最寄りの駅に着くと、そこは人1人歩いていない緑溢れる場所で、エヴァリーとオースティンは右往左往しながら目的の住所に少しづつ近づく。
 お陰で、滞在を許される時間はどんどん消費されていった。
 
 人を見つければ、手当たり次第にデクランさんという方をご存知ですか?と聞いて回る。幸運だったのは、皆デクランも存在を知っていたことだった。
 やはりその界隈では有名らしく、あんた達みたいな若い人は初めてだけど、よくデクランさんを尋ねにくるよ、とあるおばあさんは教えてくれた。
 
 入り組んだ複雑な小道を通り、小さな湖を渡った先に、小さくよく手入れの行き届いた屋敷があった。
 
 扉に付いた呼び鈴代わりの鉄の輪っかをコンコンコン、と扉で鳴らすと、直ぐに扉は開く。
 
「……ヴォルラーヘンさんが言ってた子達だね。思いの外早かったな。予想が外れたよ」
 そう言って出迎えてくれたのは小柄で白髪と白髭を蓄え、丸いメガネを掛けたお爺さんだった。
 
「初めまして……」
 エヴァリーが軽く自己紹介をし、オースティンと共に頭を下げると、デクランは疲れたでしょう、と2人を中へ招き入れた。
 
 促されるまま、可愛らしく暖かな色彩で纏められたリビングに通されると、デクランはエヴァリーとオースティンにレモン水を出して、イチゴタルトとブルベリーのマフィンまで振舞ってくれる。
 
 お腹が空いていた2人は、遠慮も無くそれらをぺろりと平らげてしまった
 。
 デクランはその様子を、若いねぇと笑みを浮かべて暖かく見守っていた。
 
 
 
「さて、エヴァリーさん。あなたも随分厄介な物に纏わりつかれている様だね……」
 エヴァリーとオースティンのお腹が落ち着いた頃、デクランは2人に紅茶を出す。
 
 そして自身はゆらゆらと揺れるシングルソファに腰掛けると、さぁて失礼するよ、と言ってデクランはエヴァリーを見る。そしてデクランの瞳孔が細く、長く変わった。
 
 顔つきも、まるで違って見えた。
 先程の好々爺の雰囲気は消え、顔立ちは鋭く、人では無いような雰囲気を纏う。
 
 そしてその細い瞳孔はエヴァリーでは無いエヴァリーを見るような、それと同時に体の細部の奥深いところまで潜り込むような鋭さをエヴァリーは感じた。
 
 
 
 
「……私も、高齢だしもう碌した爺だ。 前よりは見え無いんだよ。
 ……君の前世、いやいくつか前の前世はえらく嫉妬深い魔女だった様だな。随分人に恨まれてる……その因果だな。じゃなきゃ、ここまで魂に干渉出来ない」
 
 
「魔女ですか……?」
 その言葉に、エヴァリーはギョッとした顔で困惑する。
 前時代の産物……––だがこうして今もエヴァリーにしっかりとその痕跡が残っているらしい。
 
 
「魔法……」
 エヴァリーが自分の掌をまじまじと見つめる。何も見えないが、確かにここに何かが息づいているらしい。
 
「いや、呪いだっつーの」
 横にいたオースティンが溜め息混じりに小声でそう言った。
 
「……ここまでの負の感情なら、確かに呪いが正しいかもしれないね」
 デクランはそう言い、片目を手で擦る。


「エヴァリーさん、君は家でも1人だろう?」
 その言葉に、エヴァリーは息を飲んで固まった。
 
 
「愛して欲しい、構って欲しい……そんな幼少時代だったはずだ。
 11人だ。
 11人、その魔女さんは嫉妬で狂って殺したり苦しめてる」
 
 11人……どれだけ嫉妬深かったのか……––––
 とても、人1人の命と人生では贖い切れない……とエヴァリーは膝の上に置いた拳を握りしめた。

 
「君みたいに帰る場所も、あんたを待つ人も居ない様な生い立ちの人は、新しい土地を転々としてった方が幸せかもしれんね。あんたの為に言うならね……––––」
 メガネ越しに、デクランの瞳孔が揺れる。
 
「……その因果を断つ方法は無いんですか?」
 オースティンが真剣な面持ちでデクランにそう尋ねた。
 
「…エヴァリーさんが好いた相手に触れると、相手の記憶が消えるから見えないんだ。先のことが全然……。ただ、エヴァリーさんは近く遠い地へ行くよ。
 それは見える。記憶が消えるのは因果、十一人の呪いだが、その呪いに効力があるのは、君の中の魔女が未だに成仏してないらしい……」
 
「成仏?」
 エヴァリーは首を傾げた。

「君の中で、生きてるんだ。魔女さんにあの世に行ってもらいたいが、その術が分からない……。
 一生愛する人とは触れあえないのは、魔女に苦しめられた人達の呪い––––
 魔女さんはとっくに成仏できる年月を現世で過ごしてる筈だよ。君以外にもこの呪いをどうにかしようとした人は居た––––それこそ、魔法がかろうじて生きていた時代の人達は特に––……。
 だが、魔女さんは成仏しない……
 魂があるのに、無いのもは体だ。
 つまり、魔女さんは体が欲しいんだろうね。やり直したいのかは分からないけど……––––」
 
「体って、私の––!?」
 エヴァリーは驚きに声を上げる。
 
「自分の血が流れる人なら、誰でも良いんじゃないかな。
 魔女さんには勝算があるんだろう。
 好きな人と添い遂げられない、思いが通じても手を繋ぐことも出来ないんだ。
 大変な苦痛だ……気が狂うか、死を望む人もいるかもしれない。
 その苦痛を、負の感情を利用すれば、魔女さんだって体を支配出来る。弱っている体の本来の持ち主を押し退けて、ね……––」
 デクランの細い瞳孔がまた大きく揺れる。
 
 
「とんでもねーご先祖様だな……」
 オースティンがこれ以上無いほど顔を引き攣らせてそう言った。
 
 
「だから、好きな相手の近くに居続けるのも良く無い。
 君の心も疲弊する……。もし思いが通じても、お互いにとってよく無いことが起こるだろう。磁石、分かるかね?おんなじ方が無理やり近づこうとしてると反発するだろ?あなたの持ってるもんはこう言う事だ。
 どんなに思っても、思い合ってても触れ無い。身も心もお互いがボロボロになるし、良く無い感情に飲まれてしまう。 何が起こるか、どう作用するかは未知数だ。それこそ機を狙って、君が魔女にその体を乗っ取られてしまうかもしれない」
 デクランは先程よりも人らしい表情に戻って、同情するような視線でエヴァリーを見た。


 好きな人の近くにいることさえ、許されない……
 
 胸に秘めた思いを抱えて側に居れば、魔女に苦痛や苦悩を利用され自分が消えてしまうかもしれない……
 
 ––––家族にさえ、疎まれているのに……エヴァリーは眉をギュッと寄せて顔を伏せる。
 

「だが記憶が消えるなら…思い出す方法もあるはずなんだ。魔女さんを成仏させる……いや、もし、気付けるなら……––––」
 デクランは何も無い空間を更に瞳孔を細めて見つめる。
 
「うーん、見えないなぁ。厄介だな、気の毒だ。
 試されてるのかもしれんね、君が心から好いた相手の幸せを、君は願えるのか……。その幸せを自分の幸せだと思えるのか––––。
 魔女さんは、自分の事だけを考えて嫉妬に狂ったのだから……––」
 デクランはまた目を擦る。
 
 見えないものを、それでも一生懸命にデクランは見ようとしてくれた。
 
 
 エヴァリーは、デクランに何度も何度も感謝の気持ちを伝える。
 
 
 既に芽生えた気持ちに、どう折り合いを付けるのか、考えなければいけない……でなければ、エヴァリーに宿る嫉妬深い魔女に、エヴァリーは支配されてしまう……
 
 エヴァリーは、たった一人を思い浮かべながら考え込むが、考えは堂々巡りで答えは一向に見つけられなかった。
 
 
 
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