好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

文字の大きさ
上 下
12 / 36

12

しおりを挟む

 
 
「ダンスパーティーの手伝いぃぃ?」
 練習から帰ってきたリリアンが眉間に深い皺を寄せてそう叫ぶ。
 
「なんでそうなっちゃってんのよ!ブライトンでエヴァに何かあったみたいだから休ませてやろうってオーも言ってたのにっ!」
 そう言いながら、リリアンの目はエヴァリーの机に置いてあるラナンキュラスの花で可愛らしい装飾を施されて例の本を捉えた。
 
 
 
「……何があったのか、白状なさい」
 
 リリアンはキッとエヴァリーを睨みつける。
 
 エヴァリーの背筋にゾクリとしたものが走って、そんなリリアンにもエヴァリーは雰囲気も読まずにときめいた。
 
 
 
「……じゃあ本の内容バラさない代わりに手伝うって訳?そもそもなんでそんな下品な本持ち込んだのよ」
 リリアンはベットに寝転び、両肘を付けて顔を支え、エヴァリーに何があったかを聞きながらそう言った
 
 
「学校長が代わって、急に親睦を深めようって雰囲気になったみたい。暇そうなら、誰でもよかったんじゃないかな……。 言う事を良く聞くパーベル・アビーの生徒欲しいだろうし…」
 エヴァリーは半ば諦め気味に、机に放り出された小さなメモを見る。
 そこにはアイゼイアのブライトンの部屋番号と手紙の送り先、そして電話の内線番号が記してあった。
 
 
「その本は部屋に置いとくべきだったわね。身から出た錆だわ」
 リリアンは呆れたような笑みを浮かべてエヴァリーを見る。
 
 

 自由気ままな放課後生活と暫しお別れになる、とエヴァリーは深いため息を吐いた。
 
 ダンスパーティーの準備の話は既にパーベル・アビーの生徒会にも伝わっていて、アイゼイアの話を出すと女子生徒はキャッキャと色めく。
 
 世にも美しい悪魔に誑かされている人間の姿がそこにあった。
 
 
 
 エヴァリーが居なくとも話はそこそこ進んでいて、エヴァリーはもっぱら雑用とアイゼイアへの伝達係だ。
 会いたく無いので手紙を書くが、手紙じゃ時間が掛かるとわざわざ電話する事もあった。
 
 一度交換手を挟むとはいえ、エヴァリーは受話器を持つと緊張で震える。
 家族にも、電話なんてした事無いのに…––と待つ時間が長く感じた。
 
 
「エヴァリー?待たせてごめんね」
 電話越しのアイゼイアの声は、なんだか少しくぐもって聞こえて大人っぽく聞こえる。その声を聞くとエヴァリーはなんだか落ち着かない。エヴァリーは受話器を持つ手にグッと力を込める。
 
 淡々とメモした内容をアイゼイアに伝えて、エヴァリーはさっさと電話を切ろうと思っていた。
 
「––以上です。また何か急ぎの要件があったらご連絡します。それでは、失礼します」
 
「待って」
 
 アイゼイアの言葉に、受話器から離した耳をもう一度エヴァリーは付ける。
 
 
 
「もう例の本は読み終えた?」
 
 今…その話…–––
 エヴァリーの頬は瞬時に熱くなった。
 内容を知っているだけに、アイゼイアの大人っぽい声と相なって、なんだか本当に居心地の悪さをエヴァリーは感じる。
 
「……はい」
 心拍が上がりすぎて締まりそうな喉をなんとか開け広げてエヴァリーは声を絞り出す。
 
「そうか、読んだんだ。過激な割に、表現力が素晴らしいよね。そこは純粋に素晴らしいと思うよ」
 
 この悪魔は電話越しに揶揄っている…–––
 エヴァリーにはそれが分かる。
 アイゼイアの声色は、さっきより高くて、どこか笑いを堪えているように聞こえるからだ。
 
「女性の心情は奥深くて理解が届かない面もあったけど、男の僕でも面白かったよ、それは本当」
 
「……もう良いですか?」
 エヴァリーは1秒でも早く電話を切りたい。出なければ鼻と耳から煙が出てくる。
 
「エヴァリー、一度生徒会に顔を出さない?会長にも話してあるんだ」
 
「っ本の事を––!?」
 エヴァリーが突然大きな声を上げたので、電話室の他の生徒が驚いている。
 
「…っふ、言ってないよ、それは」
 アイゼイアは堪えきれない笑みを漏らし、そう言うと、言い終えてまた声を出して笑った。

 
「エヴァ––…の事を。エヴァの事を話したんだ。よく手伝ってくれてるって、生徒会の会長も一度会いたいってさ––」
 
 
 
 ああ…––とエヴァリーが胸を撫で下ろす。
 ……今、エヴァって言った?
 言ったよね?
 言いました?って、確かめるべき?––
 
 いや、それは今のエヴァリーには出来そうもない。自分の胸の鼓動が痛いほど大きく、そして速く聞こえた。
 
 
 
 悪魔の囁きだ…––
 人間を誑かそうとしている…
 
 エヴァリーはそう思いながら、もう一度受話器にしっかりと耳を付けた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

処理中です...