好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

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 時計台の鐘の音が、街に響く。もう直ぐ門限が近い…エヴァリーは時間を確認すると、アイゼイアを見る。
 
 だがアイゼイアが居たはずの場所に、彼は居ない。
 
 辺りを見渡すと、アイゼイアは小さな店の小窓から、持ち帰り用のドリンクカップを二つ持ってエヴァリーの元へ戻ってくる。
 
「風が冷たくなってきた。これ飲んで帰ろう」
 アイゼイアが渡したのは、ホットチョコレートだ。確かに春めいてきたとはいえ、日が沈むと風は冷たい。
 
 エヴァリーが一口飲むと、途端に口内にチョコレートの香りと、どこかスパイシーな香辛料の風味を感じる。甘いだけでは無く、口当たりがさっぱりして飲み易い……エヴァリーは続けて二口三口と飲み込んだ。
 
「口に合った?あそこのお店のホットチョコレートは特製のスパイスが入ってるんだ。体が温まるんだよ」
 
 確かに、エヴァリーの体は火照って、なんだか構えていた体も和らいでくる。
 
 まるで魔女が作った飲み物のようだ……––––



 ホットチョコレートを飲み終えると、エヴァリーとアイゼイアはバスに乗った。
 
「そう言えば、名前…教えてくれないの?」
 アイゼイアが、エヴァリーの方を向いてそう尋ねる。
 教えない……訳にはいかないような気がして、エヴァリーは暫く沈黙した。
 
 だが、自分は今男子生徒の格好のままだ。名前を告げたら、また何か憎まれ口を叩かれるのだろうか––
 
「エヴァリーです」
 エヴァリーは小さく、絞り出すようにしてその名を告げる。
 
「エヴァリー…。僕はアイゼイア・デ・ロー。以前も言ったけど、ブライトンの5年、よろしくね」
 
 エヴァリーの予想通りの反応をしないアイゼイアに、逆にエヴァリーが驚いた。
「…っ驚かないんですか?こんな格好なのにっ––」
 
 エヴァリーの驚く顔を見て、アイゼイアが一瞬フッと笑みを溢す。
 
 
 
「最初から、男だなんて思ってないよ」
 そう言って青い瞳はエヴァリーを見る。
 エヴァリーは目を見開いて、固まってしまった。
 
「パーベル・アビーのエヴァリー…聞こうと思ってたんだけど、君達の学校の雨漏りは思いの外酷くて、あと3ヶ月は施設を使えないって話はもう聞いた?」
 
 施設…ああ、雨漏りの––…
 なんで今その話?とエヴァリーは首を傾げる。
 
「ブライトン生として、こうやってパーベル・アビーの生徒と交流を持てるのは嬉しい事だよ。
 今回の雨漏りの件も、ブライトンとパーベル・アビーが何か良い方向に向かう機会だと思うんだ。学園長も変わったし、仲を深めて行くのは有意義な事だ。
 ブライトンの学園長と、パーベル・アビーの学校長はなんでも幼馴染同士らしいんだよ。だから、これからは交流をより活発化しようって風向きが変わったらしいんだ。
 その手始めに、今年の夏のダンスパーティーは、ブライトンとパーベル・アビーの合同開催になる予定なんだよ。パーベル・アビーの雨漏りの事があったからこれを機会にって––」
 
 何の話をしているのか…––エヴァリーには全く見えてこない。
 
「ブライトンの生徒会としても、僕個人としてもこの催しは絶対成功させたい。そこで…パーベル・アビーにも協力してくれる生徒が必要なんだ」
 
 エヴァリーはダンスパーティーなぞ出た事は無い。故に、自分には関係無い……はずだ。
 
「––協力、してくれるよね?」
 また天使のような微笑みを浮かべて、アイゼイアはエヴァリーを見る。
 
 
 
 
「……飲み物のお金返します」
 エヴァリーはそう言って財布を出した。
 勿論、そのお話には乗れませんという意思表示だ。
 
「要らない。僕の奢り。あと、あの本のことに関しては、……黙っているかは君の働き次第かな」
 アイゼイアはエヴァリーが出した財布をグッと押し込む。
 
「アイゼイアっ…先輩も読んだじゃないですかっ!同類ですっ––!」
 エヴァリーはそう僅かに抵抗してみせる。
 
「エヴァリーの話しと僕の話し、ブライトンの生徒は一体どっちを信じるかなぁ?」
 えもいわれぬ微笑みを浮かべた悪魔を、エヴァリーは引き攣った顔で見つめる。
 
 まずいことになった。非常に、まずいことになった…エヴァリーは冷や汗が止まらない。今頃になって、またあのスパイスが効いてきた。
 
 
 
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