好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

文字の大きさ
上 下
10 / 36

10

しおりを挟む

 
 
 なんだか自分の中で蠢く暗く鬱々とした気配を感じて、エヴァリーは教科書を放り出し、外に出る。
 
 行き先も決めてないが、パーベルの門を潜った。
 
 
 
 とりあえずバスに乗って、門限に間に合うように帰れば良い…––そう思いながら、エヴァリーは歩を速める。
 
 
 
 
「ねぇ」
 
 エヴァリーが門を潜ってすぐ、誰かの声がした。
 
「…」
 嫌な予感がする––––
 
 エヴァリーは足を止めるが、振り向けない。
 
 まさか…––
 
 エヴァリーの視界に、ふっとその人物は現れる。
 
 
 うげぇっ––とエヴァリーは顔を歪めて顔を見上げた。
 
「…」
 目の前の人物は両眉を上げて目を細める。
 
「…昨日の話の続きなら、お断りです。 もう言いふらしてるんでしょう?パーベル・アビーに変態が居るとか適当な事言って」
 エヴァリーはアイゼイアを睨みつけ、アイゼイアを避けて前に進もうとした。
 
「待って」
 アイゼイアはそれを手で制すると、エヴァリーの前に薄い水色の本と、その本に細く赤い紐で結び付けられた薄い桃色のラナンキュラスの花をパッと出す。
 
 
「昨日はすまなかった。この通りだ」
 アイゼイアの表情は微塵も申し訳無さそうには見えないが、なんとも可愛らしい装飾を施された本に、エヴァリーは計らずしも固まってしまった。
 
「…良い本だった。確かに表現方法は過激な部分もあるが、心情の描写が機知に富んでいて、感情移入し易くて良いと思う」
 
「読んだんですかっ––!?」
 エヴァリーは短い悲鳴を上げてそう叫ぶ。
 
「…借りただけだよ」
 アイゼイアは、本を差し出すと、少しだけ微笑んだ。
 
 エヴァリーは呆気に取られて本を受け取るしかない。
 
「……ちょっと歩かない?」
 アイゼイアが、朗らかにそうエヴァリーを誘う。まるで天使の様に、小首を傾げて––––
 
 
 
 いや、待て待て待て……––––
 アイゼイアの頭の上にあるのは光輪か?ツノは生えていないか?––
 
 こんな花なんて添えて本を返されても、悪魔には変わりない。
 エヴァリーはアイゼイアの風貌に騙されるわけにはいかない。
 
「いえ、結構です」
 一瞬緩んだ表情をもう一度引き締めて、エヴァリーはまた歩き出す。
 
 
 
 バス停に着くと、エヴァリーは街の中心地に行くバスに乗り込んだ。
 そして……––エヴァリーの隣にアイゼイアはあくまでも自然に座る。
 
「……もしかして付いてきてます?」
 エヴァリーの困惑した問いに、アイゼイアは誰もがうっとりするような笑みを浮かべていたが、エヴァリーの体には悪寒が走った。
 
 
 
「エムの……エメレンスの弟とは仲が良いの?」
 バスから降りて歩くエヴァリーの隣には相変わらずアイゼイアが居る。
 
「…パーベル・アビーに入ってからです」
 ぶっきらぼうに答えるエヴァリーを、アイゼイアは横目で見た。
 
「ふうん。エムの弟は線が細いね。話には聞いてたけど…」
 
 エメレンス…オースティンの兄。
 どうやらアイゼイアはエメレンスと仲が良いらしい。
 
「エムは弟が居るって、よく自慢してるよ」
 アイゼイアは、ふっと笑みを漏らしてそう溢す。笑みを浮かべるアイゼイアは何とも優し気で、悪魔の片鱗は見えない。
 
 
 
「そういえば君、古典は読まないの?普通の書店には新しいものが多いけど、あっちの通りの裏に古い本を集めた書店がある。行った事ある?」
 バスから降りると、アイゼイアはそう言って、エヴァリーには馴染みの無い通りを指差す。
 エヴァリーが怪訝な顔で首を振ると、じゃあ行ってみようとアイゼイアはエヴァリーの腕を掴んで歩き出した。
 
 
 アイゼイアは、古典文学に明るいらしく、幅広い知識でエヴァリーに一冊一冊丁寧に説明する。その解説が思いの外面白く、エヴァリーは数冊の本を買い求めてしまった。
 
「なぜ、そんなに詳しいんですか?」
 
「家に図書室があるから。試験にも出たりするでしょ?」
 図書室がある……さらっとブライトンらしい言葉を吐くアイゼイアは当たり前だよね、という様な顔でエヴァリーに言った。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

あなたの側にいられたら、それだけで

椎名さえら
恋愛
目を覚ましたとき、すべての記憶が失われていた。 私の名前は、どうやらアデルと言うらしい。 傍らにいた男性はエリオットと名乗り、甲斐甲斐しく面倒をみてくれる。 彼は一体誰? そして私は……? アデルの記憶が戻るとき、すべての真実がわかる。 _____________________________ 私らしい作品になっているかと思います。 ご都合主義ですが、雰囲気を楽しんでいただければ嬉しいです。 ※私の商業2周年記念にネップリで配布した短編小説になります ※表紙イラストは 由乃嶋 眞亊先生に有償依頼いたしました(投稿の許可を得ています)

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

処理中です...