好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

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 ブライトンの良心…––確かにあれがパーベル・アビーの物と分かれば…とエヴァリーも焦る。
 
「ちょっと…聞いてくる」
 エヴァリーはスッと立ち上がると、受付まで戻り、落とし物の有無を確認する。
 
 ありませんねぇ、と言うメガネを掛けた初老の女性はまだ届いてないだけかもよ、とエヴァリーを励ました。
 
 
 ブライトンに良心があれば……
 オースティンの言葉がエヴァリーの脳内に響く。
 
 
 来た道を戻ろうと踵を返したエヴァリーの前に、ぬっとスラリとした何かが現れた。
 
「…これ、君の?」
 耳障り良い低い声がエヴァリーの頭の上に降ってくる。
 エヴァリーの目の前には薄い水色の小説が掲げられていた。
 
 ハッとエヴァリーが顔を上げると、そこにはオースティンよりも背が高く、白っぽいブロンドに濃淡のグラデーションが綺麗な青い瞳をした美しい男性が居た。
 男性、といってもブライトンの制服を着ていたので、男子、が近いかもしれない。
 
 
「っどこで、これを……?」
 エヴァリーがそう小さく言って手を伸ばすと、その男子生徒はサッとエヴァリーから本を遠ざける。
 
「やっぱりパーベル・アビーの子の物だったんだね。フェンシング部の練習場に落ちてたんだ。落とし物が来て無いか、持ち主ならここに来るかと思って」
 朗らかな言い方に反して、まるで罠を仕掛けたような物騒な内容だった。
 
 
「僕はアイゼイア。ブライトンの5年。 オースティン?だっけ、彼の兄、エメレンスの友人なんだ」
 
 アイゼイアと名乗った美しい男子生徒がオースティンの名を出すのでエヴァリーはピクッと眉が動く。
 
「…返していただけますか?」
 エヴァリーは警戒した瞳でアイゼイアを見上げる。
 
「拾い主に名前も教えてくれないの?」
 アイゼイアは首を僅かに傾げて微笑む。
 
「…君は見かけによらず大胆な本が好きなんだね。驚いたよ」
 そう言うとアイゼイアは心底驚いた、とわざとらしい顔で本をペラペラと捲った。
 
 エヴァリーの顔はみるみる真っ赤になり、俯く。
 
 あれだけ普段堂々と読んでいたのに、その内容を自分が読んでると見知らぬ人に知られると、エヴァリーは恥ずかしいことこの上無い。
 
 
「あ、…あれは、恋愛小説に於ける、表現の一つなのでっ…男女の仲とは、やはりそういう…睦み合いはどうしても避けてはっ…通れないというか…」
 エヴァリーは俯きながらそう声を絞り出す。
 
「男女の?へー、そういう小説なの、これ?」
 アイゼイアの言葉に、エヴァリーは顔を上げた。
 
 アイゼイアはいらずらっぽい笑みを浮かべて肩を震わせ笑いを堪えている。
 
 嵌められたっ––!とエヴァリーは更に真っ赤になり、ずいっと手を伸ばすが、エヴァリーの手はやはり本に届かない。
 
 
「名前、教えてくれない?」
 アイゼイアはまた首を少し傾げてエヴァリーを見下ろす。
 
「…教えれば返してくれるんですね?」
 エヴァリーがキッと睨みつけても、アイゼイアは全く動揺していない。
 
「んー…それだけじゃちょっと足りないなぁ。これがどんな本なのか、僕は黙ってた方が良いよね?君のために…」
 
 
 
 ブライトンに良心など残っていない。
 自信を持って言える、救い様も無い。
 
 エヴァリーはただ麗しく微笑む美しい人間の皮を被った悪魔を睨み続けた。
 
 
 
 
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