好きな人に触ると、その人私の事忘れちゃうんですけど!

七瀬 巳雨

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 エヴァリー・ベイルは恋愛小説が大好きだ。
 
 片思いも失恋も、手痛い失敗話までエヴァリーは全て聞きたい。
 
 勿論実体験も大歓迎だ。
 
 
 だけど、一つだけ聞きたく無い話があった。それは、恋が実った後の話…
 お互いの想いが通じ合った、両思いの話だ。
 
 なぜなら、エヴァリーにはこの先ずっとその瞬間は訪れない。
 
 
 嫉ましい、悲しい、悔しい…そんな気持ちが湧いて来て、自分の心の中は真っ黒になる。だから、エヴァリーは実った恋に興味は無い、とずっと自分に言い聞かせている。
 
 
 
 
 始まりはそう…
 6歳の頃、エヴァリーが好きになったのは近所に住む同じ歳のアダム。
 
 仲が良かったアダム、一緒に遊びたくて毎日毎日名前を呼んだアダム…
 
 アダムが、好きっ!
 その感情がエヴァリーの中で芽生えた時、エヴァリーが触れたアダムの左手…
 
 
 
 アダムも、握り返してくれると思った––––
 だが、アダムの反応はエヴァリーには予想外のものだった。
 
 
「……––君は誰?」
 アダムは驚いた顔をしてエヴァリーを見た。
 エヴァリーも、きっと同じ顔をしていた。ただただ驚いて、何度もエヴァリーだよ、とアダムに言った。
 次第にアダムは気味悪がって、その手を振り解きエヴァリーから去っていった。
 
 
 その次も、またその次も…エヴァリーが思いを寄せた相手は、エヴァリーが指一本でも触れれば、綺麗さっぱりエヴァリーの事を忘れてしまう。
 
 
 エヴァリーが誰かに恋焦がれる。
 そしてエヴァリーがその相手に触れる。
 
 その条件が揃えば、相手はすっぽりとエヴァリーだけを忘れる。
 
 
 
 
 
「…一体どんな才能よ。そんなおかしな事ってある?」
 
「魔法?いや、呪いだろ…」…
 
 親友のリリアンとオースティンは、エヴァリーが意を決して告げた謎の現象に眉を顰める。
 
 エヴァリーは2人と首都の郊外にあるパーベル・アビーという寄宿学校に入ってから仲良くなった。
 
 
 リリアンは綺麗な明るいベージュ色の髪に緑色の瞳を持った、一際綺麗な女の子で、入学式では新入生も上級生も殆どリリアンを見ていた。勿論、エヴァリーもその一人……
 
 エヴァリーは初めてリリアンを見た時、衝撃を受けた。
 なんて可愛い人なんだろう…––
 肌は卵の様に艶やかで、手足もすらっとしていて真っ白だった。
 そして、リリアンが笑みを浮かべると、その破壊力は凄まじい。
 
 
 ––これはもしかして、恋…?そんな馬鹿な……––
 
 
 と思いつつ幸運にも同じ部屋になったエヴァリーは、リリアンに自然な動作で指一本触れてみた。
 
 幸いな事に、まるっと綺麗にエヴァリーの存在はリリアンの記憶に残っていて、その不審な行動に気味悪がられた。
 
 
 
「なんでそんなにしつこくベタベタ触るの…?」
 一緒に過ごす時間が増え、仲が深まってくると、いい加減触られ疲れたリリアンはある日エヴァリーを呆れた様な目で睨みつけた。
 
 ……いや、やっぱりそうは言っても記憶消えるのかなって思って…––とは口が裂けても言えない。
 
 それ以降のリリアンとのスキンシップは、時と場合と頻度をエヴァリーは考慮した。
 
 それが功を奏したのかエヴァリーには分からないが、エヴァリーはリリアンとはなんだかんだ親友になれた。
 
 リリアンは外見よりも逞しくて男勝りで、スポーツ万能…そして成績優秀な女の子だ。
 
 エヴァリーはリリアンに本気で惚れてると言っていい。だけど、どうやらこれは敬愛であって、友情である様だった。
 
 
 そして、オースティン。
 黒っぽい焦茶の髪に、明るい茶色の目を持つ中性的な顔立ちのオースティンは、背もスラリと高く、リリアンと連れ立って歩くととても目立った。
 
 オースティンはリリアンと同郷でリリアンと一緒に幼い頃からフェンシングをしていた。
 だがオースティンは肘を痛めてフェンシングを断念し、腐りそうになっていた所をリリアンに誘われてこのパーベル・アビーに来たそうだ。
 エヴァリーは、リリアンを通じ自然とオースティンとも仲良くなった。
 
 死ぬほど勉強してパーベル・アビーに入学したエヴァリーとは逆に、リリアンは特待生枠で、オースティンは入学試験ギリギリでこの全寮制の寄宿学校に決めたらしい。
 
 神は確かに二物も三物も与えるらしい––––
 まぁ、エヴァリーにも確かに与えた……
 
 この謎の能力を––––
 
 
 
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