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顔も見えない好きな人(片想い/ハピエン)

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「ねぇ、もしもさ 僕が今天国に行っちゃったら気付いてくれる?」

 静かな部屋にはカタカタとキーボードを叩く音だけが響く

『何言ってんの(੭ ᐕ))?』
『ただの風邪だろw』
『天国じゃなくて地獄ではww?』

 会った事は無い いつものチャットメンバー。
 軽い風邪が拗れて長々と続いているが故に 何となく心細くて、もしも風邪じゃなくて悪い病気だったら……アイツらにはお別れすら言えず この世に居ない事すら気付かれず  ひとり寂しく消えて行くんだな。なんて感傷的になって 魔が差した。

「ちゃんとボインで可愛子ちゃんの天使来るっつーの!」

 文面だけでも明るくしなきゃと即座にふざけた文も打ち込む。別に女には興味無いけど。

『いや来ねぇよww』
『ちっぱい天使でも良いだろ!』
『論点そこじゃねぇw』

 かれこれ3年ほどの付き合いになる彼らだが、顔も声も 私生活すら本当の事は何も知らない。まったくの赤の他人で友達と呼ぶのも違う気すらしてしまう間柄だからこそ 今まで楽しく会話して来れたのだろう。会ってみたい なんて言ったら奴等やつらはどんな反応をするだろう?いや、明確には会いたいと思っている相手は1人だけなのだが。

『で どしたん?風邪で弱気?』

 グループから抜けて個人的に連絡をくれるコイツ。もちろん、本名も本当の性別も声も、身長や体重 住所だって分からない。だけど、いつも俺を気にかけてくれて、親身に話を聞いてくれるコイツをいつの間にか好きになっていたんだ。

 好きだと自覚したら 会いたくなったし、声を聞いてみたくもなった。本当のコイツを知りたくなったし、俺の事も知って欲しくなった。風邪で弱った今はこの何気ない優しさがスイッチだ。

「会った事ないし、俺がもし野垂れ死んでもお前らには伝わんないなって思って。なぁ、今度会わない?」

 Enterキーを押して少しだけ後悔した。でも もう、送信した後なのだ 腹を括るしかない。

『なんそれwだいぶ弱ってんなww良いよいつ会う?』

 帰ってきた返事の映る画面を見詰めて、思わずガッツポーズをした。純粋に嬉しい。だって、会ってくれるって事はそれだけ信用してくれてると言う事だろう?

 急いで本当に良いのか確認を取ると、笑いながらもちろんだと返事が帰って来る。詳しく話すと住んでるエリアは俺と同じ関東で、東京駅まで1時間ほどと案外近いのが分かった。念の為 2人きりでいいのかと問えば 今回は2人で との返答に頬が緩むのを感じた。


 そして、待ち合わせ当日。約束の時間より1時間も早く待ち合わせ場所に到着した。駅のトイレで髪型を直し、服装をチェックして、目印の赤いキャップをバッグから取り出して持ち手に着けた。

「よしっ行こ」

 空には雲一つない晴天で、夏の日差しは痛いほどだが目印の"トートバッグに赤いキャップを着ける"事だけは守りたくて ベンチに腰掛けたまま50分程待つ。

ハズだった。

 だけど彼は 待ち合わせの時間より随分と早く俺の前に現れて、俺のハンドルネームを口にした。肯定しながら顔を上げると、そこにはイケメンが立っていた。

想像でも顔の整ったモテそうな奴だったけど、まさか本当にモテそうなイケメンだなんて……これは 彼女とか居そうだな。

「待たせてごめんな?暑かったろ?どっかカフェとか行こうぜ!」

「ぁっ、全然……待ってないです」

「敬語とか無しで!いつもの感じで話そうよ」

 根暗な俺とは別のようで、初めて会ったとは思えないほど気さくにいつも通り話してくれる彼にときめきながら、いつものノリで頑張って話しをしたが 彼にはすぐに無理してる事がバレてしまった。

「なんかごめん。無理しなくて良いよ?俺べつにリアルとネットで違くても気にしないし、話しやすい感じで話してよ」

 申し訳無さそうに眉間に皺を寄せて謝る彼に 慌てて謝ると、謝らなくて良いと頭を撫でられた。

 その手の優しい動きも、暖かな温もりも 嬉しくて泣きそうなくらい切なくなった。

 俺とは住む世界が違うタイプの人だったんだ。俺なんかが好きになったらダメだったんだ。近ず離れずの距離がちょうど良かった。

「俺さ、実は受け君のこと良いなって思ってたから今日来たんだよね」

 何気なく放たれたその言葉が 俺の中に吸収されて 分解されて 友愛と恋愛のふたつの意味を見出して友愛だろうと解釈した。

「あ、うん嬉しい。俺も攻めくんなら2人でも良いなって思って、リアルでも友達になりたいなって」

 少し照れ臭く思いながら、返事をすると 彼の手が俺の手に重なって

「友達?……俺はもっと仲良くなりたいんだけど」

 真剣な眼差しに 蓋をしたばかりの恋心が顔を出して 頬に熱が集まった

「それって……どう言う意味?」

 目の前のコーヒーに視線を固定したまま何度も瞬きを繰り返しながらおずおずと尋ねる

「受けくんが 好き って意味」

 重なった彼の手にきゅっと力が入って、僅かな緊張が伝わってくると 俺の心臓は壊れそうな程早鐘を打ち鳴らした

「そ、そそ、それって、そのすすす、すきって言うのは、れ、れん、れれれ恋愛として?」

 慌てすぎて何度も噛みながら言い切った後にチラッと彼の顔を見上げると まるで可愛い小動物でも見るかのように微笑んでいた。

「そっ。恋愛として。ってか 受けくん噛みすぎじゃね?まじかわいーんだけど」

「なっ!だっ!えっ?!」

 まさかそんな事あるはずないと思って自分の頬をツネってみると、ジンジンとした痛みがしっかりとあって これは事実なのだと俺に訴えて来た。

夢ではなく事実なのだとすれば それ即ち両思いな訳で……?

「えっ?まじ?ドッキリとかじゃなく?」

「ふはは!マジだよマジマジ!大マジ!何んでドッキリすんの」

 とうとう声を出して楽しそうに笑い出した彼を 夢見心地で眺めていると、重なった手が恋人繋ぎに組み合わさって、真面目な顔で

「受けくんが好きです。俺と真剣に付き合って貰えませんか?」

 とお願いされる。

 そんな事は願っても無い事で逡巡しゅんじゅんする間もなく自然と頷いて返事をしていた。

「俺、男だけどそれでも良ければ……俺もずっと好きだった」

 知り合って3年、出会って3時間の俺たちは恋人になった。

 その後ゆっくり時間をかけてお互いの事を知り尽くす程に知り尽くし、付き合って3ヶ月で同棲をして その生涯を終えるまで2人で幸せに過ごしました。
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