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好きだと言えなかった唯一の男
③
しおりを挟む「経理課です」
「あー俺だけど」
声で彼だとすぐにわかった。心底驚いた。
「もう帰ったんじゃなかったんですか!?」
「仕事あとどれぐらいで終わるの」
「そうですね…あと…10分ぐらいですかね」
「10分ね、待っててやるから必ず十分で終わらせろよ」
彼はそう言って内線を切った。急に視界が開けた気がした。こんな最低な一日でも、一つぐらい良いことはあるらしい。たったそれだけで嫌なこと全て吹き飛ぶから全く自分は容易いものだと自嘲した。
私は手際良く仕事を終わらせ、ヴィトンのバッグにスマホと手帳を押し込み、手鏡を見ながら髪とアイメイクを直してる途中でふと、何故彼は送ると言ってくれたのだろうと思った。
今日は週中の水曜日、お互い翌日仕事だ。もしかしたら自分は変な顔をしていたのかもしれない、と思いながら彼の待つ車に小走りで向かった。
「なんかすいません、明日も仕事なのに」
車に乗り込むなり言うと、彼は笑った。
「別にいいよ、俺も愚痴りたいことあったし。ていうか、顔に書いてあるんだもん、送ってほしいって」
「え、顔に出てました!?」
「出てたよ、思いっきり。そういう顔されると、送ってあげたいって思うよね」
不覚にもときめいてしまった。いつもは冗談ばかり言って女扱いしないくせに、時々そうやって女として可愛がってくれるから困る。私はそんな彼の一面に、知らず知らず惹かれていったのだった。
かつて付き合っていた男は皆いい男であったが、私を女としてしか見ていなかったし、私も相手を男としてしか見ていなかった。
彼は違った。彼だけは、男である前に一人の人間として見ることが出来たし、彼も私をそう見てくれていた。時折異性として見ることもあった。それが新鮮で嬉しかった。だからこのままの関係でいいと思えた。
しかし彼は私といる時、彼女の話をよくしてきた。彼女がいることを理解していても、私にとってその話題はやはり面白くないものだった。
「まぁいずれは彼女と結婚することになるだろうからさ」
ハンドルを片手で切りながら鈴木がそう言った。こういった類の話をされる時、私はいつも彼の目を見ることが出来ない。だから助手席にはいつも救われる。
「本当に彼女さんのこと大事に想われてるんですね。あー、私も結婚相手見つけなきゃ」
そう言ってあはは、と笑ったが、ふと、サイドミラーに映った不自然な作り笑いをする自分と目が合って、慌てて逸らした。鏡越しにいたのは可哀相な自分。一番見たくない自分。目を伏せてきた数々の何かに気付いてしまいそうになる。
時折こういったぎこちない自分に虚しくなることもあったが、これでいい、男女の友情も素晴らしいじゃないか、こんな素敵な人と友達のようになれたんだと、無理に思い直しては自分のプライドを常に守った。
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