【完結】好きだと言えなかった唯一の男

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好きだと言えなかった唯一の男

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 その日を境に金曜日の夜は家まで送ってくれるのが自然と習慣になっていった。

 食事をすることもあったが特別何かするわけでもなく、相変わらず、冗談ばかり言い合う先輩と後輩、という関係を保っていた。

「今のは誰のモノマネかわかった?」
「統括部長ですよね、わかりますよ」
「じゃあこれは?」
「あ、うちの課長でしょ、ていうか似過ぎですから」
「特徴捉えてるでしょ?」

 私達はいつもそんな調子だった。けたけた笑う私の頭をメニュー表で軽く叩いたりと、まるで兄妹のような。

 しかしそれと同じぐらい真面目な仕事の話もよくした。お互い部署は違うが上司から高く評価されているがゆえの悩みや不満、考え方がよく似ていて共感し合えた。

 時には女性扱いをしてくれるのも、また良かった。
とある日、私がいつものように一人残ってパソコンと対峙していると、彼が鞄を持って「俺もう上がるから」とわざわざ言いにきたことがあった。

 その日は上司に叱られて気落ちしていた手前、何となく彼と話したい気分だったが、彼女でもない私が自ら送ってほしいと言えるわけもない。

「え、もう帰っちゃうんですか?」
「帰るよ、だって俺明日早いもん」
「あはは、冗談ですよ、お疲れ様でした」

 満面の笑みで職場を後にする彼を見送り、溜息を漏らした。
考えてみれば彼が私を送る義理もないか。彼女でもないし。私が彼に何かしてあげてるわけでもないしーー再び目の前のパソコンと向き合って、キーボードを軽やかに叩き始めたが、やがてその手が止まる。

 急に虚しくなった。上司には理不尽に叱られ、勝手に抱いていた期待も裏切られ、ただ一人、誰が褒めてくれるわけでもない部下の尻拭いの仕事を残ってまでやって。何これ。何なの。何なの、泣きたい。

 内から抑えきれない何かが込み上げて今にも溢れ出ようとしたまさにその瞬間、デスクに内線がかかってきた。受付からだ。もう21時を回っている、受付には誰もいないはずだ。
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