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最終話
しおりを挟むヴィクトールが、乃亜を見ないままに呟いた。
「……すまなんだな」
声は小さく、元気がないのは明らかである。
「え……?」
「魔術によるものとはいえ、儂はお前を……」
そこで躊躇するように間を挟み、彼は続けた。
「自分のおこないを帳消しに出来るとは無論思わんが、それでも――お前が儂とのことを忘れたいと願うのであれば、それを叶えることは可能だ。……簡単な記憶忘却の術は、心得ている」
乃亜を抱いたことに対して、ヴィクトールが罪悪感を覚えているのがわかった。
悩ましげな彼の横顔を視認して、乃亜は反射的に反論する。
「忘れたいなんて、思いません」
戸惑うふうに何度か瞬いたヴィクトールが、乃亜に視線を移した。
相手を真っ直ぐに見据えて、乃亜は継ぐ。
「そもそも、私が言い出したことだし……ヴィクトールさんは、ちゃんと私に注意してくれたし……。それに……」
乃亜はシーツを握る。
次いで、素直な気持ちを告白した。
「……嫌なんかじゃ、ありませんでした……」
嘘偽りのない、真実である。
初めての快感や行為に翻弄されたことは事実だが、それでも、それを忘れたいなどとは微塵も思わない。
乃亜に触れる彼の手は、どこまでも優しかった。
魔術に苦しめられていたはずなのに、己を抑え込んで、乃亜に痛みや恐怖、不快感を与えることはしなかったのである。
そんなひとを嫌悪することが、どうして出来るだろう。少なくとも、乃亜には出来そうもない。
黙って乃亜を見つめていたヴィクトールが、ふっと微笑した。
彼は立ち上がり、乃亜の頭を大きな手で撫でる。
見上げると、ヴィクトールはひどく――優しい表情をしていた。
「……厄介なジジイに捕まったものよな、お前も」
「え?」
「なんでもない」
彼は運んできたグラスに水差しの水を注ぎ、それを乃亜に渡した。
喉が渇いていた乃亜は、遠慮なく水を飲み干す。
そこで、あることに気が付いた。
「……あれ。そういえばヴィクトールさん、仕事は?」
「……そんな状態のお前を置いて仕事に行けるほど、儂は冷酷ではないぞ」
「休んでくれたってこと……ですか?」
相手を見つめて訊けば、ヴィクトールは無言で何度か瞬きを繰り返したあと、なにも言わずに顔をそむける。
どうやら、乃亜のために仕事を休んでくれたらしかった。
その心遣いに、乃亜の唇は自然と微笑を描く。
「ありがとうございます」
「……わかったら、さっさと体を休めろ」
「はい」
からになったグラスを手渡し、乃亜はベッドに横たわった。
それをきちんと確認した彼が、乃亜に問う。
「なにか欲しいものはあるか?」
「いえ、とくに――」
乃亜はそこで、ひとつ欲しいものに感付いた。
「あ、ひとつだけあります」
「なんだ」
いささか躊躇して、乃亜は返答する。
「もう少しだけ……傍にいてほしい、です」
こんなことを頼まれるとは予想していなかったのか、ヴィクトールが目を丸くした。
次いで、瞳をわずかに細めて、柔和に微笑する。
彼は乃亜の近くに座り直すと、優しく乃亜の頭を撫でた。
大きくて、温かい手。
この手を愛しいと、この腕に抱きしめられたいと感じてしまうのは、おかしなことだろうか。
乃亜は瞼を落とす。すると、睡魔が穏やかに乃亜を誘ってきた。抗うことなく、乃亜は眠気に身をゆだねる。
意識が途切れる直前、唇に触れる柔らかいものを乃亜は感じた気がした。
それを確かめることは、残念ながら出来なかったけれど――。
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