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「……城の一室を提供するとは言われた。が……」

 答えて、ヴィクトールは僅かに間を置いた。彼はいくらか苦笑の響きを声に孕ませて続ける。

「……儂はどうも、ああいった場所で暮らすのが得意ではなくてな。我儘を言って、ここに住むことを許可してもらっている。王の理解があってこそよ」

「……ひょっとして、ひとの多いところや、人間関係を作るのが苦手とか……?」

「……好きそうに見えるか?」
「いえ、まったく」

 乃亜は正直に述べた。

 首をひねったヴィクトールが微妙な顔で乃亜を一瞥して、顔を戻す。

「無駄話はここまでだ。寝るぞ」

「はい」

 返事をして体からチカラを抜くと、急に眠気が襲ってくる。やはり、突如見知らぬ環境に放り込まれて、心身共に疲労していたらしい。

 ぼんやりと、眼前にあるヴィクトールの広い背中を眺める。

 と、なんだか急に甘えたくなってしまって、乃亜は相手の背中に身を寄せた。

「……おい、近いぞ」
「おかまいなく」

「いつもそうなのか? お前は」

「男のひとと一緒に寝るなんて、お父さん以外では初めてです」

 返答すると、ヴィクトールはなにも言わなくなった。ちなみに、嘘はついていない。

 しばし黙っていた彼が、油断をすると聞き逃してしまいそうなほど小さな声で、ぽつりと呟く。

「……儂以外の男にはするなよ」

 それだけ言ったかと思うと、今度こそ本当に静かになった。

 乃亜も瞼を閉じて、夢の世界へ訪問する準備をする。

 密着する背中は温かく、頼もしい。

 なんだか父親がもうひとり増えたようで、乃亜はひそかに笑みを零した。

 今この瞬間が永遠に続けばいいと願ってしまうのは、いけないことだろうか――。





 翌朝、乃亜は仕事に行くヴィクトールを見送ってから、許可をもらって家にある書物に目を通していた。

 この世界を知るには、まずは情報収集が大切だと考えたのである。

 しかし、この思惑はうまく運ばなかった。なにを読んでもピンと来る情報がなく、知識を得ている実感も薄かったからだ。

 国々の名前も、偉人達の名前も、さっぱりわからない。

 途方に暮れそうになりながら、乃亜は異世界に来てしまった事実をしみじみと噛みしめた。

 そうしているうちに時間はあっという間にすぎ、ヴィクトールが帰ってくる時刻となる。

 収穫を報告できない申し訳なさを感じながら寝室で本を読み続けていると、玄関扉のひらく音が耳に届いた。ヴィクトールが帰ってきたのである。

 本を置き、彼を出迎えようと、乃亜は階段をおりていく。

 すると、目に飛び込んできたのは、玄関の前に座り込んでいるヴィクトールの姿だった。

 彼は閉めた扉に背中を預けて腰をおろし、苦しげに呼吸を繰り返している。

 乃亜は思わず駆け寄った。

「ヴィクトールさん!」

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