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 ヴィクトールは重ねる。

「そういった連中ばかりではない。この辺りにはなにかと面倒な者達もうろついている。五体満足でいたければ、ひとりでこの家からは出ないことだ」

 乃亜は、背筋がじわじわと冷えていく心地を覚える。

 そして、そこまでの話を聞き、ふと感付いたことがあった。

 乃亜はヴィクトールに問う。

「じゃあ……ヴィクトールさんは、私を助けてくれたんですか……?」

 見知らぬ小娘を、あのまま放置するという選択肢もあったはずだ。なのに、彼はそれをしなかった。

 わけのわからない言葉を繰り返す妙な女を、わざわざ自宅に招いたのである。

 訊かれたヴィクトールは無言で淹れたばかりの茶にくちを付け、そうしてもうひとつの茶が入ったカップを乃亜に突き出した。

 乃亜がカップを受け取ると、彼は背中を向ける。

「……たまたま見掛けたから、拾っただけだ」

 言葉は素っ気なかったが、声には素直でない響きがあった。台詞ほど語調が冷たくはない事実に、果たして彼は気が付いているだろうか。

 乃亜は声に出さずに笑って、カップにくちを付けた。

 どうやら、彼は悪いひとではないらしい。





「すまんが、ベッドはひとつしかない。贅沢を言われても対応は出来んぞ」

 二階にあるヴィクトールの寝室に通され、乃亜はそう言われた。

 部屋には、照明を置いたサイドテーブルにベッド、そして本棚しかない。必要なもののみを置いた、という印象である。

 夕食を終え、風呂まで借りた乃亜は、さらに彼のシャツまで借りて、それをパジャマにしていた。ヴィクトールが高身長なおかげで、彼の服はワンピースのようになっている。

「じゃあな」

 言って、部屋を出ていこうとするヴィクトールへ、乃亜はあわてて声をかけた。

「じゃあなって……えっ、どこに行くんですか」

「儂は一階のソファーで寝る。なにか問題があれば起こせ」

「ま、待ってください待ってください」

 乃亜は彼の腕にしがみついて、相手を引き止める。

 ヴィクトールが僅かに眉根を寄せた。

「……なんだ」

「ここ、ヴィクトールさんのおうちじゃないですか。私がソファーで寝ます」

 彼の眉間のしわが、明らかに深くなる。

 ヴィクトールは不機嫌そうな声を出した。

「……女をソファーで寝かせ、自分はベッドで眠れと?」

「駄目なんですか……?」

「……気が進まん」

 ぷい、と彼はそっぽを向く。その仕草は少しばかり子供じみて、可愛らしく見えた。

 解決策を求めて思考を巡らせた乃亜は、人差し指を立てて提案する。

「あ、じゃあ一緒にベッドで寝ましょう」

 次の瞬間、ヴィクトールの鋭利な視線が乃亜を容赦なく貫いた。

 まさかそこまでの反応をされるとは思わず、乃亜は声量を落とす。

「……駄目、ですか……?」

 呆れたふうに深いため息を吐いた彼が、片手で自身の目許を覆った。

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