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 ただ、ひとつだけ心に引っ掛かることがあった。ローランドのことである。

 これで、彼は彩香から魔力を受け取ることに成功したはずだ。つまり、無事に魔界に帰れるというわけだった。

 であれば、彩香が眠りから覚めたとき、きっとローランドはすでに魔界に帰っていることだろう。

 どうしてか、それが少しばかり――寂しかった。

 せめて別れの挨拶でもしたいところなのだが、すでに彩香の意識は睡魔に捕らわれており、それは難しかった。まぶたも唇も、重くて重くてたまらない。

 起きたとき、彩香はすべてを夢だと思うのだろうか。ローランドなどという男とは出会わなかったと、考えるのだろうか。

 そんなことを思案しながら、暗闇に沈んでいく。

 意識が途切れる寸前、なにか優しい言葉を掛けられた気もしたが、それを聞き取ることは叶わなかった。





「ん……」

 どれだけの時間が流れたのか。
 彩香はベッドの上で薄く目をあけて、ゆるやかに室内を見まわした。

 そこは、見慣れた自分の部屋である。おかしなところなど、なにもない。

 寝起きの頭でしばらくぼんやりとした彩香は、眠りにつく前の出来事を思い出して、勢いよく起き上がった。

 そうして、自身の体を見下ろす。ベッドできちんと布団をかぶって寝ていた彩香は、これまた服もきちんと着ていた。乱れたところは見当たらない。

「……ちゃんと服着てる……ってことは……あれは、夢……?」

 ローランドという悪魔に抱かれたことを思い出してから、彩香は軽く笑った。

「……そ、そうだよねー。呪文を唱えたら悪魔が出てくるとか、そんな漫画みたいなこと、あるわけ……」

 そう呟いてみたものの、彩香の語尾は自然と弱々しくなっていく。
 呪文に悪魔に魔法陣。どれもこれもが子供じみていて、現実離れしている。

 悪魔が本当に現れるなんて、そんなことがあるはずはないと、彩香はわかっているではないか。だって、もう子供ではないのだから。

 それなのに、胸を満たすのは寂しさだった。あれが夢である事実が、どうしてか、無性に寂しくてたまらない。

 だが、そんなことを気にしている場合ではないだろう。寂しくても寂しくなくても、彩香の生活はこれからも続いていく。これまでと、同じふうに。

 考えるべきは現実の出来事で、儚い夢などでは決してない。
 そこまで思案して、彩香は妙な違和感に気が付いた。

 ここは、彩香がひとりで暮らしているマンションの一室である。誰かと同居しているわけでもない。

 にもかかわらず――ひとの気配があった。彩香以外の、誰かの気配が。

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