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しおりを挟む今度は眉間を押さえてから、彩香は重ねて問う。
「……えーと……ど、どこから来たの……?」
「妙なこと訊くな。悪魔なんだから、魔界から来たに決まってるだろ」
「マカイ……。あのー……そこ、なに県ですか?」
「ナニケン?」
「どこの都道府県ですか?」
「トドーフケン? って、なんだ」
まるで言葉が噛み合わず、ふたりは無言で視線を交わした。
そこで彩香の様子がおかしいことに感付いたのか、ローランドはおそるおそる尋ねてくる。
「……お嬢さん、悪魔を呼び出す儀式、やったんだよな?」
「悪魔を呼び出す儀式っていうか……」
返答して、彩香は例のおまじないが書かれていた雑誌をひらき、彼に手渡した。
それを受け取ったローランドが、黙って雑誌に目をやる。読み進めていくうちに、男の面差しは苦笑へと変化していった。
「あー……はい、はい。なるほどね……うん」
微妙な笑みを雑誌から彩香に移した彼は、脱力気味に訊いてくる。
「つまり……おじさんが呼び出されたのは――事故?」
こんなにも罪悪感を持って首を縦に振らなければならない場面に遭遇したのは、一体いつぶりだろうか。
そんなことを考えながら、彩香は首を振って答えた。
「……事故です」
「お嬢さんに殺したいやつがいて、そんで俺が呼び出されたってわけじゃ――」
「ないです……」
ふたりは無言で見つめ合う。静寂の中で響く時計の秒針の音が、肌に刺さるようだった。
緩慢な瞬きを何度か繰り返したあと、ローランドが呟く。
「……マジかー」
「……すいません……。まさか、本当に……こんな……」
そう、客観的に見ても、決して彩香は悪くはないはずなのだ。
だって、誰が想像するだろう。雑誌に描かれていた通りの魔法陣を使用済みの書類の裏に描き、さらに雑誌に書かれていた通りの呪文を唱えたら、本当に悪魔が来てしまうなどと。
まともな思考回路と価値観、常識を持っている人間ならば、まず想像はしないのに違いない。
にもかかわらず、彩香の中の罪悪感は何故かそこそこに大きかった。謎である。申し訳なさで、胸がそこそこにいっぱいだった。
彼は彩香が描いた魔法陣を眺めながら、苦笑と困惑が入り混じったふうな表情を作る。
「いやいや……。ってか、むしろ、よくこんなんで本当に悪魔を召喚できたもんだな」
「……と、いいますと?」
んー――と、ローランドはうなり、続けて訊いた。
「お嬢さん、魔術師の家系ってわけじゃないよな? いや、家系でなくても、親戚に魔術師がいるとか……」
「ちょっとなに言われてるか、よくわからないです」
事実である。
これを聞くと、彼はまたも「マジかー」と気の抜けたような声を出した。
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