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「……おいしいです」

 ミサの呟きに、メルウィンが微笑む。

「それはよかった」
「あんたは作ってないだろう」

 ラックの指摘に、メルウィンはひらひらと手を振って返した。

「まぁ、細かいことはいいじゃないか」
「まったく……」

 呆れたふうにため息をつきながら、ラックがぼやく。
 と、メルウィンがミサに向き直った。

「さて、食べながらでいいから聞いてくれるかい? 僕達はこれから、今後の方針を決めなくちゃいけない」
「方針……?」

「まぁ、旅の目的だね。ようは、君がどうしたいか――だ。ここで出会ったのもなにかの縁だし、見捨てていくわけにもいかない。となれば、今後の僕達の行き先を決める前に、まずはミサちゃんの願望を聞いておく必要がある」

 ここで僅かな間を置いて、彼は真剣な眼差しでミサに質問する。

「さぁ、君はどうしたい? この世界で第二の人生を楽しむのか、それとも……もとの世界に帰りたいのか」

 ドキリとミサの胸が高鳴った。
 ミサは緊張と期待に唇を震わせる。

「帰れる……んですか?」

「それはわからない。なにせ、大魔術にしろ自然現象にしろ、君をここに運んだエネルギーはあまりに大きい。とくに後者の場合は、事故に等しいからね。それだけのエネルギーを用いて、さらに高度な魔術でミサちゃんを的確にもとの世界に帰すことは、容易じゃない」

 ここで、ラックが補足をした。

「お前をもといた世界に帰すだけでなく、時代も調節しなくてはならんからな。極端な過去や未来に帰っても、それは帰ったとは言えないだろう」
「それは……」

 たしかに、そうである。
 つまり、ミサをもとの世界に帰すことは、きっとミサが考えている以上に大変なことなのだろう。

 しかし、それでも思い出してしまうのは、もとの世界――自分の世界の光景だった。まだ一晩しか経過してはいないのに、もうこんなにも恋しくてたまらない。

 一緒に買い物へ行くはずだった弟。
 夕飯を作って待ってくれていた母。
 共に食卓を囲む父。

 そして、大事な友人や職場の仲間、慣れ親しんだ街――。
 これらのものと突然のさよならなんて、出来るわけがなかった。

「けど、やっぱり……」

 ミサは、自分の言葉を噛みしめるふうにして声を発する。

「やっぱり……帰りたい、です」

 僅かに目を細めたメルウィンの視線が、ミサを射抜く。

「この時代にとどまるよりも、つらくて大変な日々が待っているかもしれないよ」
「それでも……」

 ミサは真っ直ぐな眼差しをメルウィンに返して継いだ。

「私を育ててくれたあの世界は……まわりのひと達は、私の宝物なんです。どんなに帰るのが大変でも、つらくても……私は、私の世界に帰りたいです」

 直後、沈黙がふたりを包み込んだ。
 メルウィンの表情は変わらない。

 穏やかな風が三人のあいだを駆け抜けて、草木や一同の髪や衣服を撫でていく。


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