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 誰かに呼ばれたような気がして、佐緒里は意識を浮上させた。
 ゆっくりと双眸をひらいて、目の前の景色を見る。

 そこには、見慣れた自分の部屋の天井があった。
 ――妙な夢を見た気がする。マフィアのような天使が現れる夢。

 そんな天使など、いるわけがないのに。いや、実際に天使を見たことがないので、そもそも天使自体が本当に存在しているのかどうかもわからないけれど。

 もしかすると、大学生になったのを機に始めたひとり暮らしで、予想以上に疲れがたまっているのかもしれない。だから、そんな変な夢を見たのかも。

 せっかくだから、今日はゆっくり休むことにしようか。

 そんなことを考えながら寝返りを打った瞬間、視界に黒尽くめの影が入り込んできた。

「やっと起きたか」
「うわあああ!」

 反射的に、佐緒里は大声をあげる。驚いた勢いで、ベッドから転がり落ちた。

 床に転がった佐緒里を見て、男――フリューゲルは、眉間にしわを寄せる。

「……なんだ、その悲鳴は。他人の顔を見て発する声ではないぞ」
「なんでいるんですか!」

「何故と言われてもな。契約が成立した旨はきちんと本人に伝えてから退出するべきだろう」

 真面目な調子で、彼は答えた。
 フリューゲルがここにいるということは――記憶にあるあの出来事は、夢ではなかったということになる。

 羞恥心と絶望感と悲しみが、佐緒里の心中で綯い交ぜになった。
 そんな佐緒里を見やって、彼は淡々と告げる。

「いま述べたように、契約は成立した。この鏡を破壊しない限り、お前とその家族は守護されるだろう。もっとも、効果は五十年ほどだが」

「……じ、充分です……」
「そうか」

 一度の契約で五十年も守護してもらえるのであれば、こちらとしては有難い限りだろう。――失ったものは、小さくはないけれども。

 佐緒里は、フリューゲルからコンパクトミラーを受け取った。彼は続ける。

「なにか困ったことがあれば、その鏡に刻まれている文字をくちにすれば、誰かしら天使が現れる」
「……はい?」

「その鏡は、天使と人間が契約を交わした鏡。つまりは、天界と人間界を繋ぐ鏡だ。軽々しく天使を呼ぶことは推奨しないが、それでもお前が天使を呼ぶことは可能になる」

 佐緒里は少し思案した。

「えっと……つまり、この鏡があれば、最初にフリューゲルさんを呼んだのと同じようなことが出来るようになる……ってことですか?」
「そういうことだ」

「……呼べる天使は、決まってないんですか? たとえば……またフリューゲルさんを呼ぶっていうようなことは……?」

「不可能ではない。そのときは、頭に俺の存在を強く意識しながら鏡の文字をくちにすることだ。スケジュールが空いていたら、俺が来てやる」

「天使にスケジュールなんてあるんですか?」

「天使や悪魔は人間が思っている以上に忙しいんだ。無職扱いをするんじゃない」
「いや、そんなつもりじゃないんですけど」

 返して、佐緒里は鏡を眺めた。

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