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⑳事故と決意
しおりを挟む時は過ぎて季節は春になろうかとする三月だ。
一本の不幸な電話から始まる。
職員会議をしている中、電話が鳴って外に出た。電話の所の名前を見ると渡辺から着信があった。
かけ直して、渡辺が出る。
「あわてるなよ」
声が一段と深くなっている。深刻なんだと感じる。
「なにが」
「神部さんが事故を起こした」
一面が真っ白になって倒れそうになる。そこをまた、現実に戻して話を聞く。
「えっ」
「ちょっと待って俺の頭の中が」
「頭の中でぐるぐると猫が動いている」
「何で猫。まあ、それはいいわ」
「ギャグを入れてくるほど余裕があるのか」
嫌、これは天然だな。
「状態は」
「大阪東都病院に運ばれたんだって」
口調から真剣であるということは嫌なほどに感じる。
「来れるか」
「ああ、行く」
職員会議を途中で抜けさせてもらう。
そして、バイクを走らせる。
着くとバイク置き場にバイクを置き。
病院内に入って行く。
ナースステーションで神部優の名前を告げ、病室まで走って行く。
それを看護師に見られ注意されたので早歩きで病室までつく。
名札にはしっかりと神部優の名前がある。
ドアを開ける前に一呼吸する。
今までにないくらいの緊張感が走り、心臓の鼓動が聞こえるんではないくらいの大きさである。
手でドアを開ける。
「よお」
「あーーーー、元気だ」
その様子を見てほっとする。
「死んでなくてよかった」
心からの声が周りに聞こえるくらい自分の中で大きく発せられる。
「足が二本いったけどな」
目線を顔から足に下げて見る。
「なんだ、お前俺が死んだとでも思ったか」
何でこの人は笑顔なんだ。分からない。
「そうだよ」
強めの口調でいい放った。
「それは、ごめんな」
本気で謝る。
それは、別にいいけどと思いつつ、何でこうなったかが知りたくなってくる。
所謂、やじ馬根性だ。
「嫌、いいんだ、元気なら」
「疲れただろ、ここに座り」
時が変わってくれる。
「ありがとう」
「で、何でこんなになったんだよ」
「それはね」
「私から話します」
奥さんが話し出す。
「守がコンビニのスイーツが食べたいって駄々をこねて、旦那が買いに行ったのはいいんですけど、コンビニ帰りに、車とぶつかって」
「向こうの不注意で起きた事故なんです」
その言葉だけでも安心した。向こうからぶつかって来たんならいい。優さんがもし人を轢いてこの状況ならむしろ怒る。優さんが悪くなくてよかった。良かったのか怪我しているのに。
でも、命があっただけでももうけものだ。
「車で買いに行ってくれたら事故が起きてもむち打ちくらいで済んだんですけど」
チクリとここに集まった四人にも飛び火する。
「バイクで、しかも、バイクは廃車になって・・・・」
「そうなんですが」
景は言葉を出す。
「生きているだけでももうけもんだって」
「私はこんな思いするくらいならバイクには乗って欲しくないんですけど」
また、チクリがくる。
「まあ、足二本ですんでよかった」
優さんがフォローに回るなんてめったにない光景だ。
「本当に良かった」
「電話聞いたときは、ほんまにって思いましたよ」
「まあな」
「で、次のバイクは何買うんですか」
北条が話題を変える。
「そうだな」
「うーーーーん」
神部さんは悩んでいるがきっと同じ機種を買うんだろうなと四人は分かっている。
だから、その答え合わせをしようと興味津々に聞いている。
「皆さん少し出て行って貰えますか。主人と二人で話したいんです」
声色が変わった。ここにいた優さん含めて五人は気が付く。
「嫌、俺らは元気な顔を見れたからここで帰ります」
そそくさと出ようとしている四人がいる。
「そうだな」
「じゃ」
四人は挨拶を済ませて出て行く。
「じゃあな」
「で、話って」
優さんもなんだかんだと言わなくても奥さんの言いたいことは分かっていた。だから、今日まで逃げてきた。それを今回は事情が違う。きっと自分が思っている悪いカンというものが当たってしまうんだと心して聞いている。
「もうバイクを乗るのを止めてもらえませんか」
やっぱりそうかそうだよな。でも、今回は運が悪かった。だから、今度は大丈夫だという言い訳が十個は出てくる優は心の中で言葉を発する。
「何だよ。急に他人行儀で」
歩は怒ると冷静にきれる。それに、他人行儀になる。これをすることで自分の言いたいことを感情にかまけて言うのではなく冷静に相手の反論も入れながら話す。一番やっかいなきれかたをする。だから、怖いのだ。と神部優は思う。
「貴方は自分の体を自分のものだと考えていませんか」
「私達の体でもあるんですよ」
「家族のだれが抜けてもダメなんです」
「私は凄く心配したんですよ」
涙が頬をつたった。
「友達の手前気丈にふるまっていましたけど」
「本当に無事でよかった」
涙で崩れ落ちた。
「悪いな」
この足が元気なら手を貸せるけどこの足じゃ何もできない。何でこんな時に限ってけがをするんだ。守るべきものが側にいるのに手を貸すことさへ出来ない。こんなに歯がゆいのは久しぶりだった。と神部優は感じる。
これは、考えないようにしていたが。
歩と付き合っていた時に一度事故にあった。その時も向こうが悪かった。その時も歩はわんわん泣いていた。こんな顔にしたくなかったから。笑顔にするからと言って結婚した。
それなのに、また、事故のせいで泣かしている。どうすればいいんだろう。笑顔にするには、歩には笑顔でいて欲しい。それが願いだ。でも・・・・。優さんは苦しそうだ。
「じゃ、止めて下さい」
「それは、できん。俺の生きがいだからな」
考えずに言葉を吐く癖が俺にはある。
「足が折れているんですよ」
「でも、保険出るし、向こうが悪いから示談金も貰える」
「もし、死んでてたら、死亡保険出るしな」
自分でも何を言い訳にしているかが分からなかった。でも、一つだけ分かっていることがある。それは、歩が泣いているということだけだ。それが、俺には一番こたえる。と神部優は思う。
「家族には心配がないな」
それは、あくまで金の話である。心はそこにはない。だから、歩は言葉を続けて言うのだ。
「でも、そこには貴方はいないじゃない」
「そうだ、俺が其処にはいない」
「死んだら、もう笑った顔が見れない」
天井を見て考えている優に歩は言葉を続けた。
「私達を取るかバイクを取るか考えておいてください」
この言葉を言わせるのはダメな夫だ。
「私は家に帰ります」
沈黙が続いた。
もうこの沈黙が正しいんだ。
俺はどうしたらいい。
どっちかを選べ。
そんな酷なことを神様は試練として俺にさせるんですか。
俺は、
そして、考えるのを止めた。
もう寝よう。
そうだ寝れば明日には足が治っている。そうだ、そうに違いない。
もしかしたら、歩がコロッと態度を変えるかもしれない。
怖い、怖い。
すべてを失うことが怖い。
どっちを取るんだ。
どっちが大事なんだ。
こんな思いをするために、するために、俺は・・・・。と神部優自身にも答えが出ない。
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