私は2度世界を渡る

リサ

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過去編 (完結)

9.魔王討伐の旅 前夜(sideクリスティーナ)

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 魔王討伐に出発する前日。
 この日、クリスティーナは珍しくロッテンマイヤ女史によるマナー授業がなかった。クリスティーナは珍しいこともあるものだと思いながらも、久しぶりの休日を好きなことをして思いっきり楽しむつもりでいた。
 なんせここ数日クリスティーナがどんな手を使ってもロッテンマイヤ女史を辞めさせることも授業を中止にすることもできなかった。本当に久々なのだ。


「クリスティーナ様。国王陛下がお呼びです。すぐに執務室にお越しください。」


 クリスティーナがこれから内をしようかと心躍らせていた時、クリスティーナ付きの侍女がその気持ちを粉々に砕いた。


「それは今すぐいかなければならないこと?」


 クリスティーナはにこりと微笑みを貼り付けながら侍女に聞いた。侍女はクリスティーナのまとう雰囲気がガラリと変わったことに気づき、主人の機嫌を損ねたことに顔を青ざめさせた。しかし、彼女も仕事であるし、国のトップに君臨する国王に逆らえるはずもなかった。この後待っている折檻に体を震わせながら肯定の意を示した。


(せっかく侍女たちをいたぶろうと思ってましたのに。いったい何の用だというの!!)

 いかに甘やかされてきたクリスティーナと言えど、無視していいものといけないものの区別はつく。だからこそ余計に苛つくのだ。
 クリスティーナはいら立ちを露わに執務室に向かった。

 執務室につくと、国王は立ち上がりクリスティーナに謁見の間に行くといった。


「明日、魔王討伐のため旅に出てもらうことになった。」
「明日・・・・・・ですか。随分と急ですわね。」


 謁見の間までの道中、国王は申し訳なさそうに顔を陰らせながらクリスティーナに告げた。


「すまぬ。前々から吉日を占わせておったがそれが明日とついさっき決まったのだ。旅支度は心配するな。いつ出発になってもよいように前もって少しずつ準備させていたのだ。明日の体調を整えるくらいで何も心配はいらぬ。」


 そういうことなら仕方ないと、クリスティーナは素直に納得した。
 実際吉日を占わせても信じてなどいない。これは国民や周辺諸国に向けてのパフォーマンスなのだ。この出発日は国内外に広く発表する。もし発表せず旅に出て失敗でもすれば、魔王討伐を甘く見たとして王家に向けられる視線は厳しいものになるだろう。マルティアノ王国で魔王討伐を一手に引き受けることで周辺諸国からは莫大な支援金をもらっている。最悪それをすべて返せと言われるかもしれない。
 逆に発表さえしてしまえば、例え魔王討伐に失敗したとしても占った者たちを国家反逆罪で公開処刑してしまえばいい。軽く王家の支持は落ちるだろうがそれはいつでも挽回できる。全く問題はないのだ。


 謁見の間では明日討伐の旅に出発することと、そのための資金渡しで終わった。資金管理を奏に任せるのはクリスティーナとしては大変不本意だったのでもめたが、結局奏が管理することになった。クリスティーナの奏に対する憎悪が深まった瞬間であった。
 




 その日夜が更けたころ、クリスティーナは国王である父親の部屋を訪ねていた。国王は、大人が3人ほど寝ても余裕がありそうな豪華なベッドに腰かけていた。
 

「どうしたんだ? 明日はいよいよ出立だろ?」
「お父様、夜分遅くに失礼いたします。実は、大事なお話がありますの。お時間いただけますか?」


 クリスティーナは声を潜めていった。そんな様子に困惑しながらもクリスティーナに甘い国王は、ベッドからソファーへ移動し話を聞く体制に入った。


「実は、あの女のことですの。」


 クリスティーナは国王の向かいのソファーに座ると、さっそく本題を切り出した。
 ‟あの女‟とはもちろん奏のことである。


「何!! あの小娘に何かされたのか!」


 国王はクリスティーナの言葉に驚いて尋ねたが、クリスティーナは首を振った。


「いいえ。わたくしはまだ何もされていませんわ。ですがあの女はこの世界の者ですらない異邦人・・・ですわ。今後何をされるかわかりません。被害を受けるのがわたくしのみならよいのですが・・・・。」


 クリスティーナはまさに周りが心配だというように、頬に手を当て切なげに息を吐いた。


「確かにお前の言うと通りだが・・・・・・・。あの小娘は魔王を打ち取らせるために、わざわざ異世界から召喚したのだ。平民どもにも姿は見せてないが、存在を発表してしまったしどうしたものか・・・・・・。」
「そうなのです。今あの女を始末したところで平民奴隷達の反感を買い、王家の印象が悪くなってしまいますわ。そこでわたくしは思いついたのです! あの女が魔王を討伐した後すぐに殺すのですわ! それでしたら魔王と相打ちになったと発表すればよいし、馬鹿な平民奴隷達は英雄の美談として信じ疑いもしませんわ!」

(我ながら名案だと思いますわ! 薄汚い奴隷平民どものご機嫌取りをするのは癪ですが、あの女に魔王を倒させたいのは事実ですもの。わたくし、痛い思いをしたくありませんし? 仕方ありませんわ。)

 国王は一瞬悩んだ後、不意に立ち上がりクローゼットを開いた。
 何かを探している様子に、少し気になったのではしたないとは思いつつもクリスティーナは国王の横から覗いてみた。しばらくすると探し物が見つかったのか、国王はクリスティーナに向き直った。手には無色透明の液体が入った小瓶が握られていた。
 クリスティーナはその小瓶が気になり、国王の手元をまじまじと見ていた。するとクリスティーナの視線に気づいたのか、国王が小瓶について説明を始めた。


「これは代々王家に伝わる強力な神経毒だ。元々は人の域を超え、王家にあだ仇なす化け物を駆除するために作られた物だ。あの小娘を殺るには丁度いいだろう。ただし、この薬は王家の直系にしか伝えられていない。この薬を使うときは、お前自身が小娘を殺さねばならん。」

(なんですって! このわたくし自らあの女を殺せですって!)

 クリスティーナは危うく叫びかけたが、すんでのところで言葉を飲み込みんだ。しかし頭の中はいまだ混乱している。


(はっ! でもこれはチャンスなのでは? キース様達もあの女を疎んでいましたわ! わたくしがあの女を殺せば、もっとわたくしに心酔するはず! やるしかありませんわ!)

 クリスティーナはそう決意した。そして国王の言葉に真剣な表情でうなずき、毒の入った小瓶を受け取った。

 その夜クリスティーナは奏の死に顔を想像しながら眠り、次の日の魔王討伐の旅に出た。


 

自分の行動が、おのれの破滅を招くとも知らずに‥‥。




--------------------------------------------------------
 
「あぁ、やっと見つけた。じゃがせっかく妾が異世界から呼んだというのに、ここマルティアノ王国の召喚魔法に引っ張られてしまうとは、腕が落ちたのかのう。」

 あたりには何もない白い空間で、1人の美しい女性が水晶を除きながら呟いた。
水晶には、部屋で眠っている奏や、先ほどの王と王女の映像が映し出されていた。勿論音もきちんと聞こえる。


(まったく、この国の連中はクズしかおらぬではないか! じゃが、魔法や戦い方を身につけられたのはうれしい誤算じゃな。早う奏を妾の世界に呼ぶ準備をせねば。)
  
 そこまで考えてふと、先ほどの王と王女の会話を思い出した。そして女性は、口元に不敵な笑みを浮かべた。


(もしも奏に何かあれば、その時あ奴らをどうしてくれよう。)

そう考えながら女性は立ち上がり、どこかへ行ってしまった。


 水晶はいつの間にか消えており、あとに残された白い空間だけが不気味な静けさを保ったまま存在するのみだった。






――――――――――――――――――――

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