3 / 11
本編
3
しおりを挟む
「沙稀くん、こんばんは」
「大江くん…!こんばんはっ」
クリームベージュのスウェットを着た大江くんはいつものようにサラダチキンの入った籠をレジに置いた。
カゴをそのまま受け取ると、大江くんは柔らかい声で話しかけてきた。
「レポートは順調?」
「うん!この前の分はその日のうちに終わらせたから大丈夫だったよ。
あ、そういえばさ、大江くんって情報科だよね?明日の2限って応数とってる?」
「とってるとってる。あれって化学科もだっけ?選択必修?」
「一応そう。でもぼくの周りではとってる子あんまりいないんだよね。…そう!実はお願い事があって…。前回の授業、ノート取り忘れちゃったところがあってさ…」
「オッケー。明日、入り口近くの席にいるから、授業前話しかけて。教えるよ」
「ありがとう~!話がはやい!ほんと助かる!」
僕は商品を袋に入れながら、お箸は要らない?と確認を取るといらないよと大江くんは微笑んで首を振った。そのまま袋を大江くんへ手渡す。あったかい手が僕の手を覆うように触れた。
「それじゃあ、また明日。授業遅れちゃダメだよ?」
「だ、大丈夫!遅れないよ!こちらこそよろしく!」
大江くんは綺麗な白い歯を見せて破顔すると、そのまま手を振って店を出ていった。
その瞬間背中の筋を何か尖ったものがなぞった。
ぞわりと体が震えあがる。
首元に何か生温い空気が当たった。
「…なんで呼び方変わってんすか」
僕と大江さん…いや大江くんとの関係性の変化に真っ先に噛み付いてきたのは、もちろん僕と二人っきりで仕事をしている高嶺岸だった。
振り向くとジトリと僕を黒い前髪の隙間から見ながら、背中に回されていた高嶺岸の手が尻を撫でて離れた。
「な、何してんですか!もうっ!
大学が一緒だったことがわかって、そこで仲良くなったんです!」
「は?」
当たり障りなく事情を話したのに、明らかに不機嫌な声音へ変化した高嶺岸にびくりと僕は震える。何をそんなに怒っているのか。
彼は僕の様子に気づいてるのかどうかはわからないが、眉を顰めるのをやめない。
「なんでそんなことになってんの?店の外で会って仲良くなるってどんな展開?店員と客で仲良しこよしになって何がしたいわけ?商品の値引きとか?でもコンビニチェーンなんでそんなことできませーん。……胡散臭すぎて気持ち悪ぃ」
「はあ」
チッと盛大に舌打ちをし、彼は休憩室へと戻ってしまう。僕はどんな理不尽なことを言われても、どんな誹謗中傷を受けようとも、彼がどんなに間違っていようとも、その場では高嶺岸に歯向かわないことが1番良いと心得ている。
(円滑に仕事を進めるためなんだ…!大江くんごめんね…!)
心の中で土下座をしながら、僕は切り替えてレジ周りの掃除を始めた。
そして、不機嫌モードの高嶺岸はなかなか休憩室から出てこない。それもわかっている。責任感は人並みにある彼はその場で仕事をしてなくても休憩室の奥の---店長が使う部屋その名も店長室---で経理をしているんだろう。一応店長室には防犯用のカメラ映像を流すテレビがあり、そこから店内の様子はある程度確認できる。お客の様子や僕がもし忙しそうにしていたら気づくだろう。彼はきっと責任感が強いから!
しかし、僕の盛りに盛った期待と人望を裏切るように、読みは外れることとなる。
長蛇の列ができようとも僕が必死にクレーム対応していようとも高嶺岸は決して現れることはなかった。
**********
仕事はなんとか終わったが、久々の目まぐるしい忙しさに僕は疲れ切っていた。いつもは二人で回す仕事を一人に押し付けられたのだ。あまりにも無理がある。
僕は「絶対高嶺岸に怒鳴ってやる」と意気込んでいた2時間前のことを思い出しながら、この疲弊にそんな体力を使う気にはなれなかったよ、過去の自分…とため息をついた。
ロッカーを力ない手で閉めて、店を出ようとする。無断で帰ってやろうかとも思ったが、それだと他の人や自分が困るだけなので一応高嶺岸に挨拶する。店長が今日は出勤が遅いから代わりに高嶺岸が店長の入りまでいるからだ。
ことごとくバイト戦士だなぁ、と呟きながら店長室を開けた。
店長室では真っ暗な部屋でパソコンに向かって指をカタカタと高嶺岸は動かしていた。僕がドアを開けても気づいてない様子だ。
「あのー…帰りますー…お疲れ様でーす」
「………」
「えと…高嶺岸さん…」
「………ッス」
「…え?」
小さく口を動かした高嶺岸はもう僕の声は聞こえてないようだ。小さくなんか言ってた気がするから、多分、帰っても、大丈夫…だよね?
僕はそぉーっとドアを閉めると、一応メモ書きを残して、店を出た。
「ちゃんと…接客……してくれるよね?」
今日の一連を思い返してみると、僕の頭からは大量の汗が吹き出た。
(店を出たが不安すぎる!)
引き返そうと思い僕は休憩室へ戻った。
しかし、店へと入っていたお客に気づいたのか、店長室のドアが開いており、店内からレジ打ちをしている音が聞こえてきた。
僕はちゃんと対応してて良かった…安堵し、店を出た。不安が拭えてほっとした気持ちでゆっくり道を歩いていく。しかし、はたと気づいてしまった。
「いや!店内の様子がわかるなら出てこいよ!!」
朝の5時に寒空の下。僕はそう叫んでしまった。吐く息は白く、手が冷え切って、僕はより惨めになった。
「大江くん…!こんばんはっ」
クリームベージュのスウェットを着た大江くんはいつものようにサラダチキンの入った籠をレジに置いた。
カゴをそのまま受け取ると、大江くんは柔らかい声で話しかけてきた。
「レポートは順調?」
「うん!この前の分はその日のうちに終わらせたから大丈夫だったよ。
あ、そういえばさ、大江くんって情報科だよね?明日の2限って応数とってる?」
「とってるとってる。あれって化学科もだっけ?選択必修?」
「一応そう。でもぼくの周りではとってる子あんまりいないんだよね。…そう!実はお願い事があって…。前回の授業、ノート取り忘れちゃったところがあってさ…」
「オッケー。明日、入り口近くの席にいるから、授業前話しかけて。教えるよ」
「ありがとう~!話がはやい!ほんと助かる!」
僕は商品を袋に入れながら、お箸は要らない?と確認を取るといらないよと大江くんは微笑んで首を振った。そのまま袋を大江くんへ手渡す。あったかい手が僕の手を覆うように触れた。
「それじゃあ、また明日。授業遅れちゃダメだよ?」
「だ、大丈夫!遅れないよ!こちらこそよろしく!」
大江くんは綺麗な白い歯を見せて破顔すると、そのまま手を振って店を出ていった。
その瞬間背中の筋を何か尖ったものがなぞった。
ぞわりと体が震えあがる。
首元に何か生温い空気が当たった。
「…なんで呼び方変わってんすか」
僕と大江さん…いや大江くんとの関係性の変化に真っ先に噛み付いてきたのは、もちろん僕と二人っきりで仕事をしている高嶺岸だった。
振り向くとジトリと僕を黒い前髪の隙間から見ながら、背中に回されていた高嶺岸の手が尻を撫でて離れた。
「な、何してんですか!もうっ!
大学が一緒だったことがわかって、そこで仲良くなったんです!」
「は?」
当たり障りなく事情を話したのに、明らかに不機嫌な声音へ変化した高嶺岸にびくりと僕は震える。何をそんなに怒っているのか。
彼は僕の様子に気づいてるのかどうかはわからないが、眉を顰めるのをやめない。
「なんでそんなことになってんの?店の外で会って仲良くなるってどんな展開?店員と客で仲良しこよしになって何がしたいわけ?商品の値引きとか?でもコンビニチェーンなんでそんなことできませーん。……胡散臭すぎて気持ち悪ぃ」
「はあ」
チッと盛大に舌打ちをし、彼は休憩室へと戻ってしまう。僕はどんな理不尽なことを言われても、どんな誹謗中傷を受けようとも、彼がどんなに間違っていようとも、その場では高嶺岸に歯向かわないことが1番良いと心得ている。
(円滑に仕事を進めるためなんだ…!大江くんごめんね…!)
心の中で土下座をしながら、僕は切り替えてレジ周りの掃除を始めた。
そして、不機嫌モードの高嶺岸はなかなか休憩室から出てこない。それもわかっている。責任感は人並みにある彼はその場で仕事をしてなくても休憩室の奥の---店長が使う部屋その名も店長室---で経理をしているんだろう。一応店長室には防犯用のカメラ映像を流すテレビがあり、そこから店内の様子はある程度確認できる。お客の様子や僕がもし忙しそうにしていたら気づくだろう。彼はきっと責任感が強いから!
しかし、僕の盛りに盛った期待と人望を裏切るように、読みは外れることとなる。
長蛇の列ができようとも僕が必死にクレーム対応していようとも高嶺岸は決して現れることはなかった。
**********
仕事はなんとか終わったが、久々の目まぐるしい忙しさに僕は疲れ切っていた。いつもは二人で回す仕事を一人に押し付けられたのだ。あまりにも無理がある。
僕は「絶対高嶺岸に怒鳴ってやる」と意気込んでいた2時間前のことを思い出しながら、この疲弊にそんな体力を使う気にはなれなかったよ、過去の自分…とため息をついた。
ロッカーを力ない手で閉めて、店を出ようとする。無断で帰ってやろうかとも思ったが、それだと他の人や自分が困るだけなので一応高嶺岸に挨拶する。店長が今日は出勤が遅いから代わりに高嶺岸が店長の入りまでいるからだ。
ことごとくバイト戦士だなぁ、と呟きながら店長室を開けた。
店長室では真っ暗な部屋でパソコンに向かって指をカタカタと高嶺岸は動かしていた。僕がドアを開けても気づいてない様子だ。
「あのー…帰りますー…お疲れ様でーす」
「………」
「えと…高嶺岸さん…」
「………ッス」
「…え?」
小さく口を動かした高嶺岸はもう僕の声は聞こえてないようだ。小さくなんか言ってた気がするから、多分、帰っても、大丈夫…だよね?
僕はそぉーっとドアを閉めると、一応メモ書きを残して、店を出た。
「ちゃんと…接客……してくれるよね?」
今日の一連を思い返してみると、僕の頭からは大量の汗が吹き出た。
(店を出たが不安すぎる!)
引き返そうと思い僕は休憩室へ戻った。
しかし、店へと入っていたお客に気づいたのか、店長室のドアが開いており、店内からレジ打ちをしている音が聞こえてきた。
僕はちゃんと対応してて良かった…安堵し、店を出た。不安が拭えてほっとした気持ちでゆっくり道を歩いていく。しかし、はたと気づいてしまった。
「いや!店内の様子がわかるなら出てこいよ!!」
朝の5時に寒空の下。僕はそう叫んでしまった。吐く息は白く、手が冷え切って、僕はより惨めになった。
10
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)



隠れヤンデレは自制しながら、鈍感幼なじみを溺愛する
知世
BL
大輝は悩んでいた。
完璧な幼なじみ―聖にとって、自分の存在は負担なんじゃないか。
自分に優しい…むしろ甘い聖は、俺のせいで、色んなことを我慢しているのでは?
自分は聖の邪魔なのでは?
ネガティブな思考に陥った大輝は、ある日、決断する。
幼なじみ離れをしよう、と。
一方で、聖もまた、悩んでいた。
彼は狂おしいまでの愛情を抑え込み、大輝の隣にいる。
自制しがたい恋情を、暴走してしまいそうな心身を、理性でひたすら耐えていた。
心から愛する人を、大切にしたい、慈しみたい、その一心で。
大輝が望むなら、ずっと親友でいるよ。頼りになって、甘えられる、そんな幼なじみのままでいい。
だから、せめて、隣にいたい。一生。死ぬまで共にいよう、大輝。
それが叶わないなら、俺は…。俺は、大輝の望む、幼なじみで親友の聖、ではいられなくなるかもしれない。
小説未満、小ネタ以上、な短編です(スランプの時、思い付いたので書きました)
受けと攻め、交互に視点が変わります。
受けは現在、攻めは過去から現在の話です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
宜しくお願い致します。

頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?
いぶぷろふぇ
BL
ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。
ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?
頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!?
「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」
美形ヤンデレ攻め×平凡受け
※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです
※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません


弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。
あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。
だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。
よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。
弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。
そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。
どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。
俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。
そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。
◎1話完結型になります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる