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本編
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「沙稀くん、こんばんは」
「大江くん…!こんばんはっ」
クリームベージュのスウェットを着た大江くんはいつものようにサラダチキンの入った籠をレジに置いた。
カゴをそのまま受け取ると、大江くんは柔らかい声で話しかけてきた。
「レポートは順調?」
「うん!この前の分はその日のうちに終わらせたから大丈夫だったよ。
あ、そういえばさ、大江くんって情報科だよね?明日の2限って応数とってる?」
「とってるとってる。あれって化学科もだっけ?選択必修?」
「一応そう。でもぼくの周りではとってる子あんまりいないんだよね。…そう!実はお願い事があって…。前回の授業、ノート取り忘れちゃったところがあってさ…」
「オッケー。明日、入り口近くの席にいるから、授業前話しかけて。教えるよ」
「ありがとう~!話がはやい!ほんと助かる!」
僕は商品を袋に入れながら、お箸は要らない?と確認を取るといらないよと大江くんは微笑んで首を振った。そのまま袋を大江くんへ手渡す。あったかい手が僕の手を覆うように触れた。
「それじゃあ、また明日。授業遅れちゃダメだよ?」
「だ、大丈夫!遅れないよ!こちらこそよろしく!」
大江くんは綺麗な白い歯を見せて破顔すると、そのまま手を振って店を出ていった。
その瞬間背中の筋を何か尖ったものがなぞった。
ぞわりと体が震えあがる。
首元に何か生温い空気が当たった。
「…なんで呼び方変わってんすか」
僕と大江さん…いや大江くんとの関係性の変化に真っ先に噛み付いてきたのは、もちろん僕と二人っきりで仕事をしている高嶺岸だった。
振り向くとジトリと僕を黒い前髪の隙間から見ながら、背中に回されていた高嶺岸の手が尻を撫でて離れた。
「な、何してんですか!もうっ!
大学が一緒だったことがわかって、そこで仲良くなったんです!」
「は?」
当たり障りなく事情を話したのに、明らかに不機嫌な声音へ変化した高嶺岸にびくりと僕は震える。何をそんなに怒っているのか。
彼は僕の様子に気づいてるのかどうかはわからないが、眉を顰めるのをやめない。
「なんでそんなことになってんの?店の外で会って仲良くなるってどんな展開?店員と客で仲良しこよしになって何がしたいわけ?商品の値引きとか?でもコンビニチェーンなんでそんなことできませーん。……胡散臭すぎて気持ち悪ぃ」
「はあ」
チッと盛大に舌打ちをし、彼は休憩室へと戻ってしまう。僕はどんな理不尽なことを言われても、どんな誹謗中傷を受けようとも、彼がどんなに間違っていようとも、その場では高嶺岸に歯向かわないことが1番良いと心得ている。
(円滑に仕事を進めるためなんだ…!大江くんごめんね…!)
心の中で土下座をしながら、僕は切り替えてレジ周りの掃除を始めた。
そして、不機嫌モードの高嶺岸はなかなか休憩室から出てこない。それもわかっている。責任感は人並みにある彼はその場で仕事をしてなくても休憩室の奥の---店長が使う部屋その名も店長室---で経理をしているんだろう。一応店長室には防犯用のカメラ映像を流すテレビがあり、そこから店内の様子はある程度確認できる。お客の様子や僕がもし忙しそうにしていたら気づくだろう。彼はきっと責任感が強いから!
しかし、僕の盛りに盛った期待と人望を裏切るように、読みは外れることとなる。
長蛇の列ができようとも僕が必死にクレーム対応していようとも高嶺岸は決して現れることはなかった。
**********
仕事はなんとか終わったが、久々の目まぐるしい忙しさに僕は疲れ切っていた。いつもは二人で回す仕事を一人に押し付けられたのだ。あまりにも無理がある。
僕は「絶対高嶺岸に怒鳴ってやる」と意気込んでいた2時間前のことを思い出しながら、この疲弊にそんな体力を使う気にはなれなかったよ、過去の自分…とため息をついた。
ロッカーを力ない手で閉めて、店を出ようとする。無断で帰ってやろうかとも思ったが、それだと他の人や自分が困るだけなので一応高嶺岸に挨拶する。店長が今日は出勤が遅いから代わりに高嶺岸が店長の入りまでいるからだ。
ことごとくバイト戦士だなぁ、と呟きながら店長室を開けた。
店長室では真っ暗な部屋でパソコンに向かって指をカタカタと高嶺岸は動かしていた。僕がドアを開けても気づいてない様子だ。
「あのー…帰りますー…お疲れ様でーす」
「………」
「えと…高嶺岸さん…」
「………ッス」
「…え?」
小さく口を動かした高嶺岸はもう僕の声は聞こえてないようだ。小さくなんか言ってた気がするから、多分、帰っても、大丈夫…だよね?
僕はそぉーっとドアを閉めると、一応メモ書きを残して、店を出た。
「ちゃんと…接客……してくれるよね?」
今日の一連を思い返してみると、僕の頭からは大量の汗が吹き出た。
(店を出たが不安すぎる!)
引き返そうと思い僕は休憩室へ戻った。
しかし、店へと入っていたお客に気づいたのか、店長室のドアが開いており、店内からレジ打ちをしている音が聞こえてきた。
僕はちゃんと対応してて良かった…安堵し、店を出た。不安が拭えてほっとした気持ちでゆっくり道を歩いていく。しかし、はたと気づいてしまった。
「いや!店内の様子がわかるなら出てこいよ!!」
朝の5時に寒空の下。僕はそう叫んでしまった。吐く息は白く、手が冷え切って、僕はより惨めになった。
「大江くん…!こんばんはっ」
クリームベージュのスウェットを着た大江くんはいつものようにサラダチキンの入った籠をレジに置いた。
カゴをそのまま受け取ると、大江くんは柔らかい声で話しかけてきた。
「レポートは順調?」
「うん!この前の分はその日のうちに終わらせたから大丈夫だったよ。
あ、そういえばさ、大江くんって情報科だよね?明日の2限って応数とってる?」
「とってるとってる。あれって化学科もだっけ?選択必修?」
「一応そう。でもぼくの周りではとってる子あんまりいないんだよね。…そう!実はお願い事があって…。前回の授業、ノート取り忘れちゃったところがあってさ…」
「オッケー。明日、入り口近くの席にいるから、授業前話しかけて。教えるよ」
「ありがとう~!話がはやい!ほんと助かる!」
僕は商品を袋に入れながら、お箸は要らない?と確認を取るといらないよと大江くんは微笑んで首を振った。そのまま袋を大江くんへ手渡す。あったかい手が僕の手を覆うように触れた。
「それじゃあ、また明日。授業遅れちゃダメだよ?」
「だ、大丈夫!遅れないよ!こちらこそよろしく!」
大江くんは綺麗な白い歯を見せて破顔すると、そのまま手を振って店を出ていった。
その瞬間背中の筋を何か尖ったものがなぞった。
ぞわりと体が震えあがる。
首元に何か生温い空気が当たった。
「…なんで呼び方変わってんすか」
僕と大江さん…いや大江くんとの関係性の変化に真っ先に噛み付いてきたのは、もちろん僕と二人っきりで仕事をしている高嶺岸だった。
振り向くとジトリと僕を黒い前髪の隙間から見ながら、背中に回されていた高嶺岸の手が尻を撫でて離れた。
「な、何してんですか!もうっ!
大学が一緒だったことがわかって、そこで仲良くなったんです!」
「は?」
当たり障りなく事情を話したのに、明らかに不機嫌な声音へ変化した高嶺岸にびくりと僕は震える。何をそんなに怒っているのか。
彼は僕の様子に気づいてるのかどうかはわからないが、眉を顰めるのをやめない。
「なんでそんなことになってんの?店の外で会って仲良くなるってどんな展開?店員と客で仲良しこよしになって何がしたいわけ?商品の値引きとか?でもコンビニチェーンなんでそんなことできませーん。……胡散臭すぎて気持ち悪ぃ」
「はあ」
チッと盛大に舌打ちをし、彼は休憩室へと戻ってしまう。僕はどんな理不尽なことを言われても、どんな誹謗中傷を受けようとも、彼がどんなに間違っていようとも、その場では高嶺岸に歯向かわないことが1番良いと心得ている。
(円滑に仕事を進めるためなんだ…!大江くんごめんね…!)
心の中で土下座をしながら、僕は切り替えてレジ周りの掃除を始めた。
そして、不機嫌モードの高嶺岸はなかなか休憩室から出てこない。それもわかっている。責任感は人並みにある彼はその場で仕事をしてなくても休憩室の奥の---店長が使う部屋その名も店長室---で経理をしているんだろう。一応店長室には防犯用のカメラ映像を流すテレビがあり、そこから店内の様子はある程度確認できる。お客の様子や僕がもし忙しそうにしていたら気づくだろう。彼はきっと責任感が強いから!
しかし、僕の盛りに盛った期待と人望を裏切るように、読みは外れることとなる。
長蛇の列ができようとも僕が必死にクレーム対応していようとも高嶺岸は決して現れることはなかった。
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仕事はなんとか終わったが、久々の目まぐるしい忙しさに僕は疲れ切っていた。いつもは二人で回す仕事を一人に押し付けられたのだ。あまりにも無理がある。
僕は「絶対高嶺岸に怒鳴ってやる」と意気込んでいた2時間前のことを思い出しながら、この疲弊にそんな体力を使う気にはなれなかったよ、過去の自分…とため息をついた。
ロッカーを力ない手で閉めて、店を出ようとする。無断で帰ってやろうかとも思ったが、それだと他の人や自分が困るだけなので一応高嶺岸に挨拶する。店長が今日は出勤が遅いから代わりに高嶺岸が店長の入りまでいるからだ。
ことごとくバイト戦士だなぁ、と呟きながら店長室を開けた。
店長室では真っ暗な部屋でパソコンに向かって指をカタカタと高嶺岸は動かしていた。僕がドアを開けても気づいてない様子だ。
「あのー…帰りますー…お疲れ様でーす」
「………」
「えと…高嶺岸さん…」
「………ッス」
「…え?」
小さく口を動かした高嶺岸はもう僕の声は聞こえてないようだ。小さくなんか言ってた気がするから、多分、帰っても、大丈夫…だよね?
僕はそぉーっとドアを閉めると、一応メモ書きを残して、店を出た。
「ちゃんと…接客……してくれるよね?」
今日の一連を思い返してみると、僕の頭からは大量の汗が吹き出た。
(店を出たが不安すぎる!)
引き返そうと思い僕は休憩室へ戻った。
しかし、店へと入っていたお客に気づいたのか、店長室のドアが開いており、店内からレジ打ちをしている音が聞こえてきた。
僕はちゃんと対応してて良かった…安堵し、店を出た。不安が拭えてほっとした気持ちでゆっくり道を歩いていく。しかし、はたと気づいてしまった。
「いや!店内の様子がわかるなら出てこいよ!!」
朝の5時に寒空の下。僕はそう叫んでしまった。吐く息は白く、手が冷え切って、僕はより惨めになった。
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