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○○○○○○
あれから俺はヒコたんと生活するようになった。
ヒコたんはすごく優しくなったし、恋人になってからはというもの俺を特別扱いしてくれるようにもなった。まるで今までが嘘みたいだ。
「裕里、おはよう」
「あ、ヒコたんおはよう…」
「久々の登校になるが、大丈夫そうか?」
「う、うん。大丈夫だと思う…」
「辛かったら言うんだぞ?今日はずっとそばにいるから」
「本当にありがとう、ヒコたん」
「ああ、愛しているぞ、裕里」
「…う、うん…俺も………」
これだ。ヒコたんが明らかに変わった点は。
ヒコたんは毎日俺に愛を囁くようになった。昔の俺ならそれに馬鹿喜びしていたんだろうが、今の俺には逆にそれが不信感ばかりを与えた。
ヒコたんに好きだと言われ、告白もされたものの、ヒコたんが本当に俺のことを好きでいてくれてるのか正直わからない。今までだって俺のことを特別視してくれてたことはなかったんだ。だから、好きだと言う言葉を素直に受け入れることなんてそう簡単にできない。それに、ヒコたんは博愛主義だ。みんなが平等ではないと気が済まなかったはずだ。そのヒコたんが俺一人だけを見て、俺だけに愛を囁いてくれるはずがない。
(どうせ学校に行っちゃえば、前と何も変わらないんだ)
ヒコたんには何も期待しない。
付き合うことにはなったが、俺はヒコたんを恋人として受け止めてはいない。それはこれまでの恐怖からによるものだった。
そんなことを考えている間に学校へ着いてしまった。
ヒコたんに肩を抱かれながら教室の前までいく。
「何かあったら言うんだぞ」
そう言って、ヒコたんは教室のドアを開いた。
「ゆりくん、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
不自然に挨拶をして笑いかけてくる同級生たち。
俺は目の前の光景に声も上げることができず、呆然と見つめることしかできなかった。
「ゆりくん体調悪かったんだって?雅彦から聞いたよ」
「うんうん。無理しないでね、何かあったら手伝うから、私たち」
「ゆりちゃん休んでたからノート取っておいたよ、はい」
突然押し付けられたノートを振り払うこともできない。
今まで俺のことを無視したり、鬱陶しそうに嫌悪な視線を向けてきたりした同級生たちが笑顔で俺におはようと挨拶をし、俺の体調を気にかけ、まるで友達だったかのように親切にしてくる。
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ…ッ!)
同級生たちの突然の変わり身に激しく動揺してしまう。中には俺の体に触れて来ようとするやつもいて思わず振り払ってしまった。気持ち悪い、気持ち悪い…ッ。何なんだよ、この状況は…!何が起きてるんだ。
そのまま蹲るようにしゃがりこむと取り囲んだ同級生たちガザワザワとする。
「ゆりくん体調悪いの?」
「大丈夫?」
「保健室行く?」
頭の上からは同級生たちが心配したように声をかけてくる。それが俺を嘲笑っているようにも聞こえてくる。
どこか上辺だけの言葉。「作られた」ような状況に思えた。
「裕里、大丈夫か」
そっとヒコたんが抱きしめてきた。毎日嗅いでいた優しい匂いに、ふっと力が抜ける。
「ヒコたん…」
一瞬の安堵感から抱きしめていたヒコたんの方へ顔を上げたが、俺の体はピシリと固まった。
まるで幽霊を怖がる子供に諭すように後頭部を撫でながら、しかし色情を伴った甘くてじめっとした雰囲気。唇が触れる寸前までに顔が寄り、俺の瞳を覗き込んでくる。
「俺がお前を守ってやるからな」
その瞳はまるで王子様のようだった。しかし、一方で笑顔は高揚として酔いしれているようなものだった。
俺はいつまで経ってもこの状況から抜け出すことはできなかった。
ヒコたんはずっとそばにいるし、ヒコたんがいなくなったと思ってどこかへいこうとしても同級生たちがつきまとってくる。
まるで監視されているのだ。
しかも、なによりヒコたんの周りに群れるクラスメイトたちに微笑まれるのが虫唾が走ってたまらない。今までのことがなかったように親切に優しくまるで友人かのように振る舞ってくるのだ。
そんな同級生たちが気持ち悪くて俺はその場から駆け出した。走って走って周りから離れようとするが、慌てたように同級生たちは必死に俺を追いかけてくる。まるで捕獲される脱獄囚人のようだ。なぜか俺を捕まえようと必死に追いかけてくる。
そうしてるうちに俺は体力なんてものはないし、体もボロボロだったことで、走っている途中に躓いてしまう。
追いついた生徒たちは一斉に駆け寄ってきて、「大丈夫なのか」「怪我したところはないか」「ヒコたんを呼べ」と騒ぎ立てている。
そしてなぜかあっという間にヒコたんがやってきて、俺の手を取り、俺を抱きしめるのだ。
「俺がお前を守ってやる」と。
わからなかった。
ヒコたんは俺にどうして欲しいのか、どうしたいのか、さっぱりわからなかった。
ただ、俺はまた、1人になったと思った。
ヒコたんは俺を通して、俺を優しくする世界を作り、その素晴らしさに感嘆を吐いているのだ。
ヒコたんは俺を見てない。『俺が愛される平和な優しい世界』しか見てないんだ。
「ヒコたんは俺なんか愛しちゃいないんだ…」
クラスメイトたちに囲まれて移動教室に向かう途中、ぽつりと思わず呟いた。その呟いた言葉が地獄耳のヒコたんに聞こえたのか、ヒコたんは立ち止まって、俺の体をギュッと強く抱き締める。俺は咄嗟にまずいと思った。
「裕里、俺はお前を愛している。お前を傷付ける奴らがいたら俺はどんな方法を使ってでも、お前から守ってやる。裕里、お前だけを愛している、お前が不安になれば俺は何度だってお前にそう言ってやる。お前を愛して幸せにしてやれるのは、俺だけだ」
骨を砕くほどの強い力で抱くせいで、背中に指が食い込んで痛い。これは安心させるために言っているわけではない。怒っているんだ。
ヒコたんは俺が幸せじゃない、愛されていないと思うのが何よりも許せないんだ。
そして、周りからの奇妙な視線。
まるで俺に幸せだろと訴えかけるような視線。俺とヒコたんの様子を見ているようでヒコたんの顔色を伺っているような視線。俺に死んだ目で笑いかけている視線。
何もかも恐ろしかった。この歪な、狂った空間に、震えるしかなかった。
俺は、ヒコたんに嵌められたんだと自覚した。
「お前を幸せにしてやるからな、裕里」
ねえヒコたん、俺は、いま幸せなんですか。
あれから俺はヒコたんと生活するようになった。
ヒコたんはすごく優しくなったし、恋人になってからはというもの俺を特別扱いしてくれるようにもなった。まるで今までが嘘みたいだ。
「裕里、おはよう」
「あ、ヒコたんおはよう…」
「久々の登校になるが、大丈夫そうか?」
「う、うん。大丈夫だと思う…」
「辛かったら言うんだぞ?今日はずっとそばにいるから」
「本当にありがとう、ヒコたん」
「ああ、愛しているぞ、裕里」
「…う、うん…俺も………」
これだ。ヒコたんが明らかに変わった点は。
ヒコたんは毎日俺に愛を囁くようになった。昔の俺ならそれに馬鹿喜びしていたんだろうが、今の俺には逆にそれが不信感ばかりを与えた。
ヒコたんに好きだと言われ、告白もされたものの、ヒコたんが本当に俺のことを好きでいてくれてるのか正直わからない。今までだって俺のことを特別視してくれてたことはなかったんだ。だから、好きだと言う言葉を素直に受け入れることなんてそう簡単にできない。それに、ヒコたんは博愛主義だ。みんなが平等ではないと気が済まなかったはずだ。そのヒコたんが俺一人だけを見て、俺だけに愛を囁いてくれるはずがない。
(どうせ学校に行っちゃえば、前と何も変わらないんだ)
ヒコたんには何も期待しない。
付き合うことにはなったが、俺はヒコたんを恋人として受け止めてはいない。それはこれまでの恐怖からによるものだった。
そんなことを考えている間に学校へ着いてしまった。
ヒコたんに肩を抱かれながら教室の前までいく。
「何かあったら言うんだぞ」
そう言って、ヒコたんは教室のドアを開いた。
「ゆりくん、おはよう」
「おはよう」
「おはよう」
不自然に挨拶をして笑いかけてくる同級生たち。
俺は目の前の光景に声も上げることができず、呆然と見つめることしかできなかった。
「ゆりくん体調悪かったんだって?雅彦から聞いたよ」
「うんうん。無理しないでね、何かあったら手伝うから、私たち」
「ゆりちゃん休んでたからノート取っておいたよ、はい」
突然押し付けられたノートを振り払うこともできない。
今まで俺のことを無視したり、鬱陶しそうに嫌悪な視線を向けてきたりした同級生たちが笑顔で俺におはようと挨拶をし、俺の体調を気にかけ、まるで友達だったかのように親切にしてくる。
(なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ…ッ!)
同級生たちの突然の変わり身に激しく動揺してしまう。中には俺の体に触れて来ようとするやつもいて思わず振り払ってしまった。気持ち悪い、気持ち悪い…ッ。何なんだよ、この状況は…!何が起きてるんだ。
そのまま蹲るようにしゃがりこむと取り囲んだ同級生たちガザワザワとする。
「ゆりくん体調悪いの?」
「大丈夫?」
「保健室行く?」
頭の上からは同級生たちが心配したように声をかけてくる。それが俺を嘲笑っているようにも聞こえてくる。
どこか上辺だけの言葉。「作られた」ような状況に思えた。
「裕里、大丈夫か」
そっとヒコたんが抱きしめてきた。毎日嗅いでいた優しい匂いに、ふっと力が抜ける。
「ヒコたん…」
一瞬の安堵感から抱きしめていたヒコたんの方へ顔を上げたが、俺の体はピシリと固まった。
まるで幽霊を怖がる子供に諭すように後頭部を撫でながら、しかし色情を伴った甘くてじめっとした雰囲気。唇が触れる寸前までに顔が寄り、俺の瞳を覗き込んでくる。
「俺がお前を守ってやるからな」
その瞳はまるで王子様のようだった。しかし、一方で笑顔は高揚として酔いしれているようなものだった。
俺はいつまで経ってもこの状況から抜け出すことはできなかった。
ヒコたんはずっとそばにいるし、ヒコたんがいなくなったと思ってどこかへいこうとしても同級生たちがつきまとってくる。
まるで監視されているのだ。
しかも、なによりヒコたんの周りに群れるクラスメイトたちに微笑まれるのが虫唾が走ってたまらない。今までのことがなかったように親切に優しくまるで友人かのように振る舞ってくるのだ。
そんな同級生たちが気持ち悪くて俺はその場から駆け出した。走って走って周りから離れようとするが、慌てたように同級生たちは必死に俺を追いかけてくる。まるで捕獲される脱獄囚人のようだ。なぜか俺を捕まえようと必死に追いかけてくる。
そうしてるうちに俺は体力なんてものはないし、体もボロボロだったことで、走っている途中に躓いてしまう。
追いついた生徒たちは一斉に駆け寄ってきて、「大丈夫なのか」「怪我したところはないか」「ヒコたんを呼べ」と騒ぎ立てている。
そしてなぜかあっという間にヒコたんがやってきて、俺の手を取り、俺を抱きしめるのだ。
「俺がお前を守ってやる」と。
わからなかった。
ヒコたんは俺にどうして欲しいのか、どうしたいのか、さっぱりわからなかった。
ただ、俺はまた、1人になったと思った。
ヒコたんは俺を通して、俺を優しくする世界を作り、その素晴らしさに感嘆を吐いているのだ。
ヒコたんは俺を見てない。『俺が愛される平和な優しい世界』しか見てないんだ。
「ヒコたんは俺なんか愛しちゃいないんだ…」
クラスメイトたちに囲まれて移動教室に向かう途中、ぽつりと思わず呟いた。その呟いた言葉が地獄耳のヒコたんに聞こえたのか、ヒコたんは立ち止まって、俺の体をギュッと強く抱き締める。俺は咄嗟にまずいと思った。
「裕里、俺はお前を愛している。お前を傷付ける奴らがいたら俺はどんな方法を使ってでも、お前から守ってやる。裕里、お前だけを愛している、お前が不安になれば俺は何度だってお前にそう言ってやる。お前を愛して幸せにしてやれるのは、俺だけだ」
骨を砕くほどの強い力で抱くせいで、背中に指が食い込んで痛い。これは安心させるために言っているわけではない。怒っているんだ。
ヒコたんは俺が幸せじゃない、愛されていないと思うのが何よりも許せないんだ。
そして、周りからの奇妙な視線。
まるで俺に幸せだろと訴えかけるような視線。俺とヒコたんの様子を見ているようでヒコたんの顔色を伺っているような視線。俺に死んだ目で笑いかけている視線。
何もかも恐ろしかった。この歪な、狂った空間に、震えるしかなかった。
俺は、ヒコたんに嵌められたんだと自覚した。
「お前を幸せにしてやるからな、裕里」
ねえヒコたん、俺は、いま幸せなんですか。
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とても面白かったです!受けがメンヘラなのとても好きです
今後どうなっていくのか気になります!
すごい好きです。
何度も見返すほどこの作品が好きでいつの間に、投稿されててすごく嬉しいです!