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「あ、おかえり」
家の合鍵はもらっていたからそれで開けて、中に入れば幸がリビングにいた。
さっきまで料理をしていたのか、シチューの匂いが漂ってくる。
「?どうした?体調悪い?」
反応のない俺に幸が不思議そうに近づいてくる。
幸の女みたいな瞳にビリビリッと先程の怒りが湧いてくる。
「ねえ、どうして俺のこと助けてくれなかったの」
「え?なんの話…」
「どうして俺が襲われてたのに助けてくれなかったの…!」
声を大きく張り上げる。幸は驚いた顔をしてこちらを見ていたが、そのあと眉が寄って困惑した顔をする。
「お前、もしかして…」
何か思い当たる節があるような反応に目の前がバチバチと弾けた。
「どうしてそのこと知って…」
「うるさい!そんなことどうだっていいじゃん!あんなに優しそうなフリして俺のこと騙してたの!?」
持っていたバッグを勢いよく地面に叩きつける。裏切られたことが何よりも憎くて憎くて。今手にカッター持っていたら迷わず手首を切っていたと思う。
「なに!?復讐のつもり!?そうだよね、俺のこと嫌いだったもんね、お前の首だって締めたことあるし、お前に散々酷いことも言ったもんね!そんな俺がヒコたんに振られて面白かった?俺が馬鹿みたいに懐いていったのは面白かった?俺が…俺が…っ、まんまと死のうとして面白かったかよッ!」
「ッ!そんなことあるわけないだろっ!」
幸がこちらに駆け寄り、俺の腕を掴んでくる。華奢な身体なのに力強く握られる。
「なんだよ!離せよ!」
「お前またそうやって暴れるだろ!」
「うるせえよ!嘘ついたくせに!俺のこと騙したくせに!裏切ったくせに!」
「…ッ、それは訳あって…」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
掴まれた方の腕を振り回して、幸の手を振り払う。そのまま俺は耳を塞いで蹲る。
やっぱり本当だったんだ。俺のこと騙してたんだ。嘘ついてたんだ。否定すらしない。やっぱりやっぱりやっぱり!
「裕里…」
「聞きたくない!」
塞いでいた手に幸の手が触れそうになり、思わず手を弾く。
パシン!と思ったより大きい音が響いて自分でも少しビビってしまう。
ハッと見上げれば、苦しそうな幸の顔が見えた。なんだよ、その顔。被害者ぶったみたいな顔して。俺は、お前のこと、信じてたのにっ…!
そう思って憎しみに似た感情が湧き上がる。しかし、それと同時に幸の顔を見るだけで心が苦しくて辛くて、幸のこと殴ってやりたいのに、それはできなかった。
「…確かにあの時お前のこと救えなかった…ごめん…」
弾いた幸の手の甲が次第に赤くなっていく。
赤みの増し方から、幸の手は後から腫れ上がるかもしれない。それほど痛いはずだ。それでも、幸は俺に怒るどころか、後悔に満ちた表情をして、ひたすら謝罪をした。
「俺は……あのとき、2人の間に割り行って入ることができなかった…。お前は俺のこと嫌ってただろうし、俺はお前らと何の関係もなくて部外者だった。だから俺はそれを止める理由も言い訳も、…そして自信もなかった」
カタカタと幸の肩が震えていた。涙が出るのを堪えるように、幸は奥歯を噛み締めて、また言葉を紡ぎ出す。
「雅彦だったら助けに行ったと思う…あいつはそう言うやつだ。何も考えず飛び出していけた。でも、俺は…俺は迷った…俺は止めることできるのか、って一瞬気後れした…….。俺のこんな体で抵抗できるのか、俺が助けに入ったところでなにができるんだろうかって…、迷って…結局、雅彦が……」
耐えられなくなったのか幸は顔を一旦伏せてしまう。
幸のそんな様子に俺の頭は冷え切っていて、胸が苦しくなると共に、彼の言葉に耳を傾けられるほど怒りは収まっていた。偽ることだってできたのに、幸が嘘をつかなかったからだ。彼に裏切られた気持ちが強くあったが、今はそれよりも真実が知りたいという気持ちの方が勝っていた。
「俺は結局、外からお前を見つめることしかできなかった。雅彦がいう言葉もわかっていて、お前が傷つくこともわかってたのに…。あんなに馬鹿みたいに嫌ってて、アイツのこと偽善者だ、とか散々言ってたくせに……俺は動けなかった。雅彦にこんなザマをまざまざと見せつけられて、俺は本当にクズだと思う…お前が怒るのは仕方ないと思う…」
幸は顔を伏せていたが、気持ちを断ち切るようにもう一度こちらを見た。
それでも、と幸は言う。
「俺は、お前が俺みたいになってほしくなかった。俺は結局アイツのようにすぐには動けなかったが、お前のこと少しでも助けたかった…救ってやりたかった…そう思ったんだ。だから結局、俺は後からお前を守るやり方しかできなかった…ごめん…ごめん……言い訳でしかないよな…」
幸は鼻を赤くして涙を流さないように堪え、そうしてごめんとまた何度も頭を下げた。深く深く頭を俺に下げた。
俺はこの時、怒りなんかもうなくなっていた。
それは初めての感情だった。幸を痛々しく感じるのと同時に、守ってあげたいと胸の内側から愛おしさを感じる。
幸の腕をとり、そのままそっと全身ごと抱きしめる。
「ゆ、り…」
驚いたような怖がったような幸の声が耳元で響く。それにさらに抱擁を強める。
これほど、「人を許そう」と気持ちを抱いたのは初めてかもしれない。いつも俺の周りは激しく怒鳴って当たり散らし俺を蔑んでくる人間しかいなかった。
しかし、幸は違った。
あいつは素直に打ち明け、ごめんと謝ってくれた。そして自分の弱さを打ち明けてくれた。幸は俺に嘘をつかなかった。
俺は心から信じられる人を待っていたのかもしれない。俺のことを真っ直ぐ見て向き合ってくれるひとを。
「もう謝らなくてもいいよ、俺こそ怒鳴ってごめん…あと、正直に言ってくれて嬉しかった…」
鼻がぐすりと鳴いた。鼻奥がツンとして、幸が鳴らしたのか自分の鼻が鳴ったのかわからない。
それでも、肩に濡れた感触と幸の頭の重みを感じた。
いつも澄ました顔をし、言葉尻を強くしていた幸がこれほど弱々しかったのか、と思う。
「ごめん…本当に…ごめん…」
俺は関係を壊すことしかできなかったけど、今までとは違う。幸のことなら本当に本当に、本当に信じてもいいかもしれない。その日の夜、俺はまた幸を好きになった。
家の合鍵はもらっていたからそれで開けて、中に入れば幸がリビングにいた。
さっきまで料理をしていたのか、シチューの匂いが漂ってくる。
「?どうした?体調悪い?」
反応のない俺に幸が不思議そうに近づいてくる。
幸の女みたいな瞳にビリビリッと先程の怒りが湧いてくる。
「ねえ、どうして俺のこと助けてくれなかったの」
「え?なんの話…」
「どうして俺が襲われてたのに助けてくれなかったの…!」
声を大きく張り上げる。幸は驚いた顔をしてこちらを見ていたが、そのあと眉が寄って困惑した顔をする。
「お前、もしかして…」
何か思い当たる節があるような反応に目の前がバチバチと弾けた。
「どうしてそのこと知って…」
「うるさい!そんなことどうだっていいじゃん!あんなに優しそうなフリして俺のこと騙してたの!?」
持っていたバッグを勢いよく地面に叩きつける。裏切られたことが何よりも憎くて憎くて。今手にカッター持っていたら迷わず手首を切っていたと思う。
「なに!?復讐のつもり!?そうだよね、俺のこと嫌いだったもんね、お前の首だって締めたことあるし、お前に散々酷いことも言ったもんね!そんな俺がヒコたんに振られて面白かった?俺が馬鹿みたいに懐いていったのは面白かった?俺が…俺が…っ、まんまと死のうとして面白かったかよッ!」
「ッ!そんなことあるわけないだろっ!」
幸がこちらに駆け寄り、俺の腕を掴んでくる。華奢な身体なのに力強く握られる。
「なんだよ!離せよ!」
「お前またそうやって暴れるだろ!」
「うるせえよ!嘘ついたくせに!俺のこと騙したくせに!裏切ったくせに!」
「…ッ、それは訳あって…」
「うるさい!うるさい!うるさい!」
掴まれた方の腕を振り回して、幸の手を振り払う。そのまま俺は耳を塞いで蹲る。
やっぱり本当だったんだ。俺のこと騙してたんだ。嘘ついてたんだ。否定すらしない。やっぱりやっぱりやっぱり!
「裕里…」
「聞きたくない!」
塞いでいた手に幸の手が触れそうになり、思わず手を弾く。
パシン!と思ったより大きい音が響いて自分でも少しビビってしまう。
ハッと見上げれば、苦しそうな幸の顔が見えた。なんだよ、その顔。被害者ぶったみたいな顔して。俺は、お前のこと、信じてたのにっ…!
そう思って憎しみに似た感情が湧き上がる。しかし、それと同時に幸の顔を見るだけで心が苦しくて辛くて、幸のこと殴ってやりたいのに、それはできなかった。
「…確かにあの時お前のこと救えなかった…ごめん…」
弾いた幸の手の甲が次第に赤くなっていく。
赤みの増し方から、幸の手は後から腫れ上がるかもしれない。それほど痛いはずだ。それでも、幸は俺に怒るどころか、後悔に満ちた表情をして、ひたすら謝罪をした。
「俺は……あのとき、2人の間に割り行って入ることができなかった…。お前は俺のこと嫌ってただろうし、俺はお前らと何の関係もなくて部外者だった。だから俺はそれを止める理由も言い訳も、…そして自信もなかった」
カタカタと幸の肩が震えていた。涙が出るのを堪えるように、幸は奥歯を噛み締めて、また言葉を紡ぎ出す。
「雅彦だったら助けに行ったと思う…あいつはそう言うやつだ。何も考えず飛び出していけた。でも、俺は…俺は迷った…俺は止めることできるのか、って一瞬気後れした…….。俺のこんな体で抵抗できるのか、俺が助けに入ったところでなにができるんだろうかって…、迷って…結局、雅彦が……」
耐えられなくなったのか幸は顔を一旦伏せてしまう。
幸のそんな様子に俺の頭は冷え切っていて、胸が苦しくなると共に、彼の言葉に耳を傾けられるほど怒りは収まっていた。偽ることだってできたのに、幸が嘘をつかなかったからだ。彼に裏切られた気持ちが強くあったが、今はそれよりも真実が知りたいという気持ちの方が勝っていた。
「俺は結局、外からお前を見つめることしかできなかった。雅彦がいう言葉もわかっていて、お前が傷つくこともわかってたのに…。あんなに馬鹿みたいに嫌ってて、アイツのこと偽善者だ、とか散々言ってたくせに……俺は動けなかった。雅彦にこんなザマをまざまざと見せつけられて、俺は本当にクズだと思う…お前が怒るのは仕方ないと思う…」
幸は顔を伏せていたが、気持ちを断ち切るようにもう一度こちらを見た。
それでも、と幸は言う。
「俺は、お前が俺みたいになってほしくなかった。俺は結局アイツのようにすぐには動けなかったが、お前のこと少しでも助けたかった…救ってやりたかった…そう思ったんだ。だから結局、俺は後からお前を守るやり方しかできなかった…ごめん…ごめん……言い訳でしかないよな…」
幸は鼻を赤くして涙を流さないように堪え、そうしてごめんとまた何度も頭を下げた。深く深く頭を俺に下げた。
俺はこの時、怒りなんかもうなくなっていた。
それは初めての感情だった。幸を痛々しく感じるのと同時に、守ってあげたいと胸の内側から愛おしさを感じる。
幸の腕をとり、そのままそっと全身ごと抱きしめる。
「ゆ、り…」
驚いたような怖がったような幸の声が耳元で響く。それにさらに抱擁を強める。
これほど、「人を許そう」と気持ちを抱いたのは初めてかもしれない。いつも俺の周りは激しく怒鳴って当たり散らし俺を蔑んでくる人間しかいなかった。
しかし、幸は違った。
あいつは素直に打ち明け、ごめんと謝ってくれた。そして自分の弱さを打ち明けてくれた。幸は俺に嘘をつかなかった。
俺は心から信じられる人を待っていたのかもしれない。俺のことを真っ直ぐ見て向き合ってくれるひとを。
「もう謝らなくてもいいよ、俺こそ怒鳴ってごめん…あと、正直に言ってくれて嬉しかった…」
鼻がぐすりと鳴いた。鼻奥がツンとして、幸が鳴らしたのか自分の鼻が鳴ったのかわからない。
それでも、肩に濡れた感触と幸の頭の重みを感じた。
いつも澄ました顔をし、言葉尻を強くしていた幸がこれほど弱々しかったのか、と思う。
「ごめん…本当に…ごめん…」
俺は関係を壊すことしかできなかったけど、今までとは違う。幸のことなら本当に本当に、本当に信じてもいいかもしれない。その日の夜、俺はまた幸を好きになった。
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