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しおりを挟む「やっぱりね、あいつがやったんだ」
「だよね。昔から陰でずっと悪口言ってたし」
「反省もしないで、自分のことばっかとか本当クソじゃね?」
追い打ちをかけるように、周りのヒソヒソ声にグサリ、グサリと死んだ心を殺してくる。
もし、俺のことを信用している人間が1人でもいれば、その悪口を止めてくれたかもしれないが、俺には誰も味方がいなかった、ずっとずっと周りを妬み、嫌って、1人でいた俺には、ヒコたんすらしかいなくて、でもそのヒコたんでさえ俺を捨てた。
俺は唯一の大事な人さえ居なくなってしまったのだ。
もう、震えなど止まっていた。
先生か何かに声をかけられたはずだが、何も覚えていない。そして、そのままどこかへ連れて行かれ、事情を聞かれたが、俺はもう何もかも自暴自棄で自分が押してやったことだと言った。大人など信じていない。俺があっさり認めてしまったのもあったのか、俺がどうしてそんなことしたのかすら聞かずに、停学処分を言い渡した。
もう何もかも嫌だった。こんなことなら初めから死んでいればよかった。無理矢理にでも駿喜に犯されればよかった。ヒコたんに失望されるぐらいなら、ヒコたんのこと好きにならなきゃよかった。ヒコたんに嫌われた俺に価値はない。生きる意味などない。ヒコたんが唯一の生きる意味だったが、もうそれはない。
全部もう嫌だった。
もう、こんな人生なんて。
「ちょっと、どこ行こうとしてんの!」
腕を勢いよく引っ張られた。痛みに涙が出てくる。
「離せよ、幸」
焦ったような顔をした幸が俺を見つめていた。
「お前、こんなところで何しようとしてんの」
「関係ないだろ」
「もしかしてここから飛び降りようとしてんの。ここ、屋上だよ!?なんでそんな短絡的な考えしかできないわけ!?」
幸の掴む腕が更に強くなる。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい。もう俺なんかほっといてくれよ。どうしてみんな俺に構ってきて突き放すんだ。
そうおもうと、心臓がすごく痛み、むしゃくしゃして、幸の腕を外そうと暴れ回る。
「おいって!落ち着けよ!」
「やだ、離せ!離せ!」
「聞けよ、話ぐらい!俺は前からお前に注意してただろ!!」
『雅彦が人の気持ちに鈍感ってことわかってるでしょ?雅彦はアンタを最後見放す。泣いても怒っても、アンタの気持ちをこれっぽっちもわかろうともしないね。それとも、わかっててアイツに依存してるの?それならいつか後悔するよ』
幸の言葉が脳裏によぎる。
それが本当に真実になりそうと思うと、不安で、動きが止まる。
幸は俺の腕を掴み直し、諭し始める。
「お前もわかってだろ?雅彦はああいう時、優先度で判断するんだよ。大怪我をしていたアイツと座り込んでいたお前。どちらを優先すべきかすぐわかるだろ?そういう平等で残酷なやつなんだよ、雅彦は」
そうだ、ヒコたんは正しい。実に倫理的で正しい正義感を持っている。ヒコたんの判断基準は何ひとつ間違っていない。素晴らしく真っ直ぐで、平等だ。
「あいつは誰か1人を愛することも愛さないこともできない。雅彦は誰かを特別にすることなんてできない奴なんだよ。だから、お前だけを愛すこともないし突き放すこともない。お前は雅彦の中で特別な何かを望んでも無駄だ。雅彦のことはもう忘れた方がいい」
うるさい、でもそうだ、そうだよ。
初めからわかっていたことだ。誰でも受け入れてくれる彼は、誰にも受けいられない俺すらも受け入れてくれた。それに特別な何かなどない。一生彼はそうやって慈悲深く皆を平等に愛を分け与える。だから、俺は救われたんだ。
愛された理由が、愛されていない理由なのだ。
どうやっても俺の欲しい愛はヒコたんから与えてもらえない。
俺だけを愛して欲しい、俺だけを見てほしい、俺だけを信じてほしい、でも、それは届かない。初めからじゃなくとも頭の片隅で気づいていたはずだ。
ヒコたんに想いを寄せたって、ずっと叶わないことぐらい。
そうだとしても、俺はもう耐えられなかった。
「うるさいうるさいうるさい…!!それでも、ヒコたんは俺の全てだったんだ!唯一の俺の生きる意味だったんだ!そのヒコたんがついに俺を受け入れなかった!ああなった理由すら聞いてくれなかった!俺にはもう生きる価値はない!俺は死ぬべき人間なんだ!!ヒコたんにすら受け入れてもらえなくなったんだから!!」
「今すぐ、殺せ!殺せよ!!!!!」
大きくそう叫ぶ。この声がどんなやつに聞かれてるかもわからなかったが、俺はもう、叫ばずにいられなかった。
親に見捨てられ、ジンに見捨てられ。
ヒコたんに見捨てられたら、もう俺はどう生きればいい?
うんざりだ、何もかも。俺はなんの価値もないし、誰かに依存してしか生きていくことができない。それでもいらないと言われてしまえばもう終わりなわけで。それなら死にたい。こんな苦痛感じてるぐらいなら死にたい。もうそれしか頭にない。誰も必要としないなら、誰にも愛されないなら、ここで今すぐ死なせてくれ。
「おまっ…、おい!!!」
俺は幸が見せた隙をついて手を振り解き、真っ直ぐ空に向かって走る。俺はそのまま壁になるようなフェンスにしがみついた。このフェンスを越えれば、俺に残された選択肢は一つだけで、スッキリされた答えだ。
俺は必死にフェンスにすがりついていた。それを見た幸は、ふぅと息を吐いて大きく深呼吸をする。すると、幸は先ほどと打って変わって、冷静な顔をした。大声を上げるのをやめて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
何なんだ、何なんだ、俺を追い詰める気か。それとも同情を買う気か。どんな答えでも知らない、俺に今近づくな。
「近づくなよ!」
「やだ」
「触るなよ!」
「やだ」
「やめろよ!!離せよ!!いやだああああ!」
幸はあくまで冷静だった。
フェンスが背中の壁になって、結局すぐ幸に追い詰められる。
幸が手を伸ばしてきたかと思うと、叫び暴れる俺を無理矢理引き寄せ、いきなり真正面から抱き締める。
俺はというと、もう何もかもが嫌で、また何かされるのかと思うと怖くて、激しく暴れ回った。暴れ回ったせいで、振り回した腕や足が、幸の身体に当たっているかもしれない。さらにヒコたんや駿喜と違っては幸の小さな体は、俺を押さえつけるのに力不足で、ずいぶん苦労しただろう。それでも幸は俺がどこかへ行かないようにぎゅうっと抱き締めて離さない。
「はなせよ!!はなせ!!!もういやだ!!俺のことなんかほっとけよ!!」
「嫌だ」
「やめろよ!!!同情なんかするなよ!!!お前に俺の気持ちなんてわかるかよッ!!!」
ヒコたんの傍に無条件で居続けられるコイツなんかに何がわかる。
「わかるよ」
「わかるわけない…ッ!」
「わかる」
耳が痛くなるほど叫んだはずだが、幸は怯まずこちらを見た。
黒の奥に少し霞むアメジスト色が俺を貫く。
その真っ直ぐに俺だけを見る瞳に虚をつかれた。
こいつ、こんな瞳してたの。
暴れるのが止まった俺の顔を幸が両手のひらで包みこんだ。
「俺も昔雅彦に振られたから、わかる」
「は……ッ?」
ヒコたんに、振られた…?
何言ってるの。どういうこと。
衝撃の告白に俺は目を見開くしかなかった。
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