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しおりを挟む俺は幸を教室に送ると、そのまま外へ出てきた。
幸はもともとチケットを持っていたため、店内を利用するが、俺は顔も見たくもないクラスメイトに接客されるなんて御免だ。
さっさと教室の外へ出てしまうと、相変わらずヒコたんは勧誘をしていた。
ヒコたん…寂しいけど、今は忙しそう…。
シュン…と自分ながら落ち込んでしまう。昔ならそのまま輪の中に特攻して言ってたが、最近はそういう行動を取るのも気後れするぐらい、ヒコたんに対してさまざまな感情を抱いてしまう。
ヒコたんにとって俺はそこら辺の1人…。そう思うと、ヒコたんから向けられる笑顔も辛くなるし、駿喜や幸のことで、自分は笑顔さえ向けてもらう資格が無いと自己嫌悪に陥る。
ヒコたんのそばにいて良いのか。
そんなことを、少しずつだが俺は迷い始めていた。
しかし、突然大きな声が響く。
「裕里!!待ってくれ!」
「ヒコたん…」
まさか、と思った。
教室を立ち去ろうとしていたときに、人を掻き分けヒコたんがこちらに駆け寄ってきた。ヒコたんは俺の前に立つと、相変わらずの笑顔で口を開いた。
「さっきは幸を連れて来てくれてありがとうな。俺が迎えに行こうと思ってたんだが忙しくて出られなくて…。幸にはこっちで知り合いがいなかったから裕里がいてくれて助かった。ありがとう」
「ううんううんっ、いいの!」
俺は大したことないよと首を振る。幸を知り合いという部類に入れていいのか俺は正直わからないが、それでもヒコたんはありがとうともう一度感謝を述べてくれた。
ヒコたんはふと、俺がカバンを持って教室を出ようとしたことに気づいたようだ。
「?裕里、もう帰るのか?」
「あ…うん。もうシフト終わったし、やることもないから」
「そうなのか」
うん、と頷き、視線を下げる。
本当は初めてのヒコたんと文化祭だから一緒に楽しみたかった。それでも、俺にはもう誘う勇気すらなくて下に俯くしかなかった。
「裕里、もしよかったらなんだが…文化祭、一緒にまわるか?」
「え…?」
信じられない言葉に思わず顔を上げる。
ヒコたんは少し眉を下げて照れているような、それでも慈しむような瞳でこちらを見る。
「最近裕里といる機会が少なかったし、なんたまか元気もない気がする。せっかくの文化祭なんだ、裕里にも楽しい思い出作って欲しい」
そうニコリと微笑まれる。
ヒコたんが俺に気を遣ってくれたことも嬉しかったが、何より俺の変化に微かでも気づいていてくれたことが嬉しかった。
ヒコたんが俺を見ていてくれたことに、俺はヒコたんにとって無価値な人間じゃないんだと気持ちがふわりふわりと高上していく。
感極まって黙ってしまってる俺に、ヒコたんは不安そうに伺ってきた。
「どうだ?やっぱりやめとくか…?」
「ううん!回りたい!ヒコたんと一緒に文化祭回りたい!」
(嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい!)
もうその気持ちが胸の中でいっぱいでいっぱいで。
こんな気持ちは久々だった。
俺が一方的に好きだったヒコたんが、俺のことを誘ってくれた。その求められたということに、俺はまたヒコたんを好きになってもいいんだと自信がついていく。
俺は気持ちが溢れそうになって思わずガバッと目の前のヒコたんに飛び込んだ。
「ヒコたん、好き…好き…っ!」
「あはは、俺も好きだぞ裕里」
舞い上がりすぎて思わずヒコたんに抱き着いてしまったがヒコたんはしっかり俺のことを受け止め、抱きしめてくれる。ギュッと背中に回した腕で体全体を抱き締めると、ヒコたんもそれに応えるように抱きしめ返してくれた。その匂いや体温が心地良い。
俺の好きな人はヒコたんだけ。この好きな人と絶対離れたくない。
俺はヒコたんの気持ちをまだ諦めたくなかった。
ヒコたんとメイド服で回るのもなんだかな、という話になり、休憩をもらうついでにヒコたんは着替えに行くことにした。
「裕里、ここで待っててくれ。裕里の好きなスイーツ食べに行こうな」
「うん!待ってるね、ヒコたん~!!」
ブンブンと手を振れば、ヒコたんは美少女だけど男らしく手を振って教室の奥へと入って行った。
(やばい、やばい、やばい…!楽しみすぎて…!やばい…!!)
学校で青春というものに、引きこもりかつ不登校だった俺はそう言ったイベントに無縁だったため、こんなことでもテンションが爆上がりする。
教室の近くだと店の邪魔になるから、教室から少し離れたあまり人気のない場所で合理する事になった。
俺はヒコたんと何を見ようか、窓越しから校舎の外を眺めながらルンルンとヒコたんを待っていた。
「あ、ゆりちゃん、ここにいた」
「…は?」
ルンルンだった機嫌は急降下。
ヒコたんの爽やかな声とは全く違う浮ついた下品な声。その声に、顔を見なくても相手が誰だかわかって機嫌が悪くなる。
「ねえ、ゆりちゃんこっち見てよ」
そう言って、下を向いていた俺の顎を掴んで上を向かせた。キスするように顎を傾けられ、近くなった顔に不快感を感じる。
「離せよ、駿喜」
駿喜は俺の顔を上から見下ろすとクスッと笑った。
「いつも思うけど俺にちょっとは優しくしてくんない?」
「何言ってんだよクズ!お前なんか話したくもねえ」
「ほんっと生意気」
そうニヤッと笑う駿喜にイラッとして唾すら吐いてやろうかと構える。しかし、顎から手を離しあっさり俺から離れたため、その機会は残念ながら無くなった。
「それにしてもここで何してんの?」
「は?あんたにいう必要ある?」
「あるよ。俺と一緒に文化祭まわろ」
「はぁー???」
ガチで意味わからなさすぎて、顎があんぐり開いてしまった。相当馬鹿にした顔になってると思う。それでも、駿喜に誘われること自体が違和感ありすぎて「なんで」と言って知ってしまう。
「ゆりちゃんと仲良くしたいんだよ。それに俺、前から誘ってたじゃん」
「は?そうだっけ?全く覚えてない」
「記憶力ないとか、ゆりちゃん脳みそカッスカスなんだね」
「はぁ!?」
こいつマジで馬鹿にしてきてブチ切れそう。
「お前のことなんか眼中にねえんだよ!」って叫ぶが、「イケメンすぎて眩しくて見えないか~」
と煽られて終わってしまう。こういうところがうぜえ!
俺と回ろうとしつこい駿喜に俺はため息をつく。
「あのさ、俺、ヒコたんと文化祭回るの誘われたの。だから、お前とは行かない」
「…は?雅彦に?なんで?」
いや、なんでってなんだよ。
俺がヒコたんに誘われないとでも思ってんのか。さっきまで俺も誘われないどころか誘っても断られるかもしれないと不安になっていたのだが、ヒコたんからご指名で誘われたからそんなの吹き飛んだ。
こいつ失礼すぎんだろと駿喜を睨む。
だが、一方で俺の睨みなど気にしないぐらい駿喜は目を丸くしてこっちを見ていた。
「なんでそんなに驚いてんだよ」
「いや…雅彦が……」
「なんだよ…。まあ、そんなんいいからさ。俺はヒコたんと回るからお前はどっか行けよ」
「いつ誘われたの?」
「おい、話聞いてんの!?……ちょうどさっきだけど」
「それなら、俺の方が先に誘ってるじゃん」
「はぁー??なんでヒコたんに誘われたのにお前と行くんだよ。ヒコたん優先に決まってるじゃん」
それにお前と行きたいなんて、一言も言ってないし。
そう続けようとした時。
急にガッと腕を掴まれた。
「…お前やっぱりムカつく」
そう言って、無理矢理腕を引っ張られる。
「ちょ、は、離せよっ!」
突然の展開に必死に抵抗しようとするが、俺が駿喜に力で抗えるはずもなく。
俺は駿喜に腕を掴まれ、そのまま奥に連れていかれてしまった。
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