病み病みぴんくめろめろピース

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地下アイドルの元カレと付き合ってメンヘラになってしまった俺の話【番外編】2

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「ふぁーー。ゆーりーーー服とってー」
「陣(じん)、自分でとってよ…俺ご飯作ってるんだけど」
「やだ。動きたくねえー」
「ご飯作れって言い出したのも陣のくせにわがまま言うな!」

「ゆりくんいつもありがとー」

推しの笑顔が間近で見られる。
こんな幸せ、この人生で他に変えられるものはあるだろうか?

推しが俺の手を引いて、肩を寄せてくる。ぎゅうっと抱きしめられて、甘くて少しスパイシーな香水の匂いにドキドキする。香りまでいい匂いとか理想的すぎる。

「ゆりくん、今日チェキ何枚?」
「たしか、10枚…!」
「マジ!?ゆりくん、俺のファンの中でもトップオタだよ!」

トップオタ。
響きが最高すぎて俺のテンションはさらに上がりまくる。
1枚800円のチェキを10枚……8000円粘っただけある。食費を切り詰めてなんとか出したこの金はすべてちっちゃい紙切れになってしまう。しかし、それも全て推しとの思い出になるからいいのだ。推しは優しいからチェキに一枚一枚コメントも書いてくれるし!

「ゆりくん、でもさ、マジで無理はしなくていいよ?毎週イベント来てくれてるよね?」
「ううん!いいの!俺が推したいだけだし!ジンくん、カッコいいし優しいし、いつも頑張ってるし…応援したい気持ちいっぱいなんだ」
「ゆりくん、マジ天使…!ファンはいっぱいいるけど、ゆりくんみたいな子が一番嬉しいわ…!それに男同士だから気張らなくて良くて、俺もゆりくんと話すのが一番楽だし楽しい!」
「本当…!」

嬉しい。推し……ジンくんには過激な女の子ファンが多いから、せめて俺だけでもとファンとアイドルのラインを守っている。それをジンくんもわかってくれてるのか、他の女の子達のファンとは違ってラフな話し方や接し方をしてくれている。そもそも男性地下アイドルに男ファンがいること自体珍しく一目置かれてしまうのだが、同性だからこそファンにもアイドルにも安心感があるようだ。

…正直、ジンくんには過激な女の子ファン達が多く、それもガチ恋や枕目的ばかりで、ジンくんも扱いに困っていた。俺は別にホモとかでもないし、正規にお金を払ってアイドルに会ってるため、ジンくんはより俺を気に入ってくれていた。


「あ、ゆりくん。そういやさ、服とかって欲しかったりする?」
「ふ、服…?」
「そう!ついこの前ネットで買った服、あんま気に入らなくて売ろうかな~とか思ってたんだよね。でもそこそこいい値段したし、あれだったら誰かにあげようかなーって思ってたの」

ジンくんはそう言いながら俺のほっぺたを突いて、6枚目のチェキを撮った。

「え…!?じ、ジンくんの服…!?」

パシャリ。6枚目のチェキには俺の驚いた間抜け面が撮られてしまった…。
ジリジリ、と出てくるチェキを取って、パタパタと乾かすジンくんは俺の方を見て笑う。

「そんな驚かなくても。ゆりくんめっちゃいい子だし。男の子だから俺があげた服大事に着てくれそ~って思ってさ!」
「じ、ジンくん~…!もちろん、大切に着るー!!」
「推変でメルカリとかで売らないでね」

ジンくんはそんな洒落を言って、6枚目のチェキにペンを走らせた。

売らない…!なんなら、ジンくんのくれた服着ないで一生家宝にするわ…ッ!


チェキに可愛い絵まで描いてくれるジンくんの横顔を「あーいつもいつも綺麗なお顔ー」と眺めていると、ジンくんが話しかけてくる。

「あ、ゆりくん。このあと暇だったりする?」
「え…?一応、暇だけど…」

ジンくんがペンを走らせていた手を止めてこちらを見た。


「その服、今日取りにきて来んない?」


……は???


○○○○○


「ゆりくん、好きなの頼んじゃってー!俺のおすすめはこのだし巻き卵」
「あ、それで……」

待って待って。何が起きてるの。

俺は好きなアイドルとなぜか居酒屋にいた。
個室に近いテーブル席で、俺は向かい合ってアイドルと座ってる。
ジンくんはこちらをちらりと見た。

「あれ、ゆりくんっていくつ?」
「16です…」
「あ、未成年か。お酒はじゃあ飲んじゃダメだな…オレンジジュースとかしかないけどいい?」
「あ、それでいいです」
「おっけー。あ…俺、ビールとか頼んでもいい?」
「も、もちろんです…!」
「なんでずっと敬語?」

あははと笑うジンくんに顔が真っ赤になる。
いやいやいや。推し向かいにして食事とか敬語にならないわけがない。俺にそんな度胸はない。


俺がジンくんを好きになったのはたまたまおすすめ欄に出てきたジンくん達のアイドル動画だ。
パフォーマンス動画で、ジンくんの歌やダンスに見惚れてしまった。それから吸い込まれるように動画を見漁り、SNSをチェックし、気づいたら現場にまで通っていた…。
うちの親はネグレクト気味で家には帰らないし、ご飯を顔を合わせて食べるのも週に一回あればいい程度。学校でもうまくいってなくて、地味な隠キャしてた俺は友達も作れず1人。そんな寂しくて暗い人生を送っていた俺にはジンくんが眩しすぎて惹かれずにはいられなかった。

「はい、この鳥串も美味しいからあげるー」
「あ、あり、がと…」
「うん。いっぱい食べてね」

ジンくん優しい。人の顔を見ながら食事したのはどれくらいぶりだろう。いや、ジンくんの顔を画面越しに見ながら食べてたことはあった。でも、間近に人を感じながら食べたのは久しぶりだ。



……
食事していくうちにジンくんはお酒が回ってきたのか、饒舌になった。そのフランクな態度に俺もガチガチな態度が解れていって、いつも…いや、いつも以上にラフに話せるようになった。

「ゆりくんまじで良ファンすぎてお気に入りせずにいられないよ~」
「ほんと?嬉しすぎて頭爆発しそう…」
「何その表現。おもしろっ」

ジンくんは笑い上戸なのか、さっきからずっと笑っている。いつものかっこいい笑みも好きだけど、この感じのジンくんは初めてで、変にドキドキする。




「あ、そうだ。服あげなきゃね」

そう言ったジンくんは持ってきていた紙袋を取り出して、中から黒い物体を取り出した。
ライダースのジャケットだった。ジンくんのセンスらしい!
「はいどーぞ。サイズ合うかどうか見たいから着てみて」
「え、え…」

そう言ったジンくんはこちらの席に回ってきて、黒いライダースジャケットを羽織らせてくれる。え、着せてくれるジンくん優しい。でも近い近い近い…。
頭にバカボコ感情が押し寄せながらも、頑張って裾に腕を通して、服を傷つけないよう最新の注意を払いながら着てみる。

「はい、撮るよー」
ジンくんがパシャリと俺を撮る。
そのままジンくんは俺の方に画面を見せてきた。

「わ、わぁ…!」

この幸福感…!な、なんて言ったらいいんだ!?言葉が全く思いつかない。
普段こういう服を着ないから少し違和感がありつつも、ジンくんの服というだけで興奮してくる。


「やっぱりかわいい」

ジンくんが小さく呟いた。
しかし、活気出した居酒屋ではそんな小さい声は聞こえない。

「え?なに?」
「ううん、なんでも。ピッタリでよかった」
「本当にピッタリ。たしかにジンくんだと小さかったかも」
「だよなー。ネットで買ったからサイズミスっちゃってさ」
「そうなんだ」

でも、この服着てるジンくん見たかった…。

思わずジーッとジンくんの顔を見て、この服を着ている様子を想像をしようとしていると、うん?とジンくんがこちらを見た。

「他の服も欲しくなっちゃった?」
「え…!?そ、そんな…!」
「いいよ、あげる!着れなくなった服とか家に大量にあってさ。メンバーにあげるのもなんか変だし、大切にしなさそうな奴らだから、ゆりくんにあげる方がずっといい」

今もすげー喜んでくれたし。

ジンくんは相当酔ってるのか、血が回った赤い頬でニコリと笑いながら、ヨシヨシと撫でてくれる。
こんな幸せあっていいんだろうか。アイドルとファンの距離感ではなくなっている。オタとしてこれはダメじゃない?!と思いつつも、ジンくんが嬉しそうな笑顔を見せてくるからもうこのまま流されちゃっていいんじゃないかとか思ってしまう。

「ゆりくんこの後そのまま俺の家においでよー。欲しい服あげる」
「え!?さ、さすがに…ジンくんの家の場所なんて知ったらみんなに殺される…」
「ゆりくん俺の家とか晒したりすんの?」
「は…!?ぜ、絶対しない!」
「だよねー。俺ゆりくん信頼してるんだー。さすがに女の子だったら部屋に入れるのまずいけど、ゆりくん男だし、何も間違いとか起きないと思うからさ」

確かに。
女の子だったら何か間違いが起きるかもしれない…。でも俺は男だし、ジンくんにそんな変な気持ちを抱いてるわけではない。
ドクドク…。場酔いしてるのか、それとも憧れのアイドル宅に行くことに緊張してるのか、やけに心臓が早く、身体が重い。

「そうだよね。間違いとか起きないもんね」

俺はグラスを握りしめて、ニコリと笑った。


うあーーと何かうめきながら布団がガサゴソと擦れる音がする。しかし、しばらくののち、ふわりふわりとタバコの煙たい匂いがしてきた。


あの夜。俺は酔っ払ったジンくんを連れてジンくんの家に向かった。
ジンくんの家はそんなに広くはなく、一人暮らしの大学生の部屋みたいな感じだった。そして、ジンくんと一緒に服のコレクションを見てたんだけど……。


………。
結論から言う。

間違いは起きた。

気づいたら布団の上にジンくんと一緒に倒れていて、キスからアナルに挿入まであっという間に終わっていた。

裸スッポンポンポンの下着すら履いてない状態で布団に寝ていた俺らは結局一線を超えてしまったのだ。
自分はゲイとか同性愛とかじゃないとか思ってたけど、俺の大好きなジンくんの顔が近づいていたらもう拒めなかった。結局その後もジンくんからたびたび家に呼ばれてセックスして泊まる、と言う仲になってしまい、

「ゆりは俺んのもんだから[V:9825]」

と、恋人なのかせフレなのかよくわからない認定を頂いた。



「陣ー。ご飯できたー…って、うわっ。布団でタバコとかマジありえなっ。臭くなるし最悪燃えるじゃん!」
「はー?俺ん家だぞ、文句あるか?」
「素っ裸でタバコ吸ってるのをどうにかしてから言えよ」
「うっせー」

ふぅーっと吸ってたタバコの煙を顔に吹きかけられる。

「ふぎゃっ!?さ、最悪!やめろよ!くせえ!」
「お前、昔俺の匂い好きとか言ってたじゃん。態度変わりすぎ」
「こんなクソ堕落した姿みなかったら好きなままだったわ」

はぁー?といいながら、タバコを灰皿に押し付けた陣。「ジンくん」と、くん呼びをしていたのも、こんな関係になってからバカらしくなった。

ふと、髪をかきあげてこちらを見る陣。不意にドキリとした。
匂いが嫌いになった、とは言ったが、結局俺は陣の顔や声、陣のこと自体を嫌いになることはできなかった。

「ゆり、こっちこいよ」
「……」

結局、呼ばれたら大人しく彼の隣に座ってしまう。陣は俺が作った朝食など見もせず、俺の方をじっと見つめる。
陣が卵焼き食べたいって言ったから頑張って作ったのに…冷めるじゃん…。

「ゆり」

陣も俺のことを呼び捨てするようになった。
俺たちの、この関係性って一体なんなんだろう。

名前を呼ばれて陣の方を見れば、そっと煙草の苦い味がする優しい口付けをされた。



○○○○○○

相変わらず俺の推し活動は終わらない。
陣とはほぼ同棲…同居しているが、アイドルの彼を推さないわけには行かないので、たとえ朝会っていてもきっちり現場には行く。

「ゆりくーん、またジンジンから服もらったのー?」
「んー、そうだよー。これ、またジンのいらない服だってさー、袖すら通してないって。俺って廃棄処理かよ」
「それお下がりじゃないんだー?でも、いいなー。プレゼントされるだけで嬉しいじゃん?うちらも男だったらジンジンの服もらえたんかなー」
「それは…」

どうなんだろう。


きゃーッと黄色い声を上げる陣のファンたちを見る。
すっかり声変わりが終わってしまった俺はそんな甲高い声は出ない。1枚ぐらい売ってよーと言ってくる女オタ達に「それは無理~」と断っていると、ライブが始まる合図がなった。

俺がジンと仲良いこともすっかり広まるようになった。毎回もらった陣の服を俺が着てくるからだ。なんなら、陣が俺の服を勝手に捨ててたせいで、着る服が陣のお下がりしかない。しかも陣は服に散財するタイプで新しい服が山のように増えるのに、一回着たらほぼ着ない、という服が好きなのか嫌いなのかさっぱりわからん人間だ。俺は結局勿体ないからと、陣からブランド服をタダ同然でもらっていた。
まあ、よくよく考えると、俺が貢いだ金がジンの服になって返ってきてるだけだけど…。

ドンッ。
肩を強く当たられた。思わずよろけかけたところに、陣からもらったスニーカーにグイッとヒールが食い込んだ。

「いっ…!!」
「きゃー!ジンくーん!!」

くっ、クソ女…。
わざと踏みつけたのにも関わらず知らんぷりをしてライブに没頭するジンの女ファンにイライラする。
もちろん俺が男と言っても、ジンと仲が良すぎるのを嫌っている女もたくさんいる。まあ仕方ない。好きなアイドルが誰かをちやほやしていたら気に食わないものだ。
実際俺とジンの事実を知ってしまったら、こんなレベルじゃ済まないだろう。そう思えば、いじめも耐えなければならない。ここで女に喧嘩をふっかけてもせっかくの陣のライブを壊してしまうだけでもあるし。


キンキン鳴りの声が耳元で聴こえてきて思わず耳を塞ぐ。

(………陣にいいつけてやる)

やっぱりムカつくから陣に嫌われちゃえばいいのに。
俺はこの頃からそう女々しく思うようになってしまった。




陣のライブが終わり、先に帰路に着く。

帰る方向は同じでもさすがに陣と帰るのはアウトであるため、1人でぽたぽたと帰りながら陣にメッセージを送る。

陣からすぐにメッセージがきた。
『ごめん。今日も女アイドルと飲み行ってくる。明日また朝きてくんね?』

『またなわけ!?何回飲むの!』

イライラして高圧的な文章になってしまう。つい今日も、夜遅くまで飲んでたからとか言われて介抱しに行ったばかりだ。しかも、ムラムラ止まらないからとか言われて一発ヤッたし。爪を画面にカチンカチンと鳴らしながらメッセージを紡いでいく。

最近やたら外で飲む頻度が増えている陣に流石に腹が立ってくる。しかも女地下アイドルとかと飲んでることが多いらしく、同じ界隈だから交流すると色々便利がいい、とか言い訳かましてくる。本当かよとか思うが、実際この前女地下アイドル伝手で宣伝枠が回ってきたとかなんとか言っていた。そういう意味では嘘はついていないし、アイドルとしては必要な営業なのかもしれない。


『ラジオ枠持ってるアイドルと飲みなんだよ。面白かったらディレクターにかけてくれるとか言ってるし』


むむむ、とメッセージを睨みつける。しかし、結局は俺みたいなのが、陣をそれ以上縛ることはできない。

『わかった。飲み過ぎないでよ』
『ありがと、ゆり!』

ライオンが喜んだスタンプが送られてきた。
なにこれ、可愛くねーセンス。
俺はフゥッとため息を一つついて、陣のくれたズボンに手を突っ込んだ。
……でも、可愛くないライオンのスタンプを送ってくる陣は可愛いと思ってしまう。

(はぁー。あいつ、女と飲み行くとタバコも多いのかやたら変な匂いになって帰ってくるんだよな)

他人の匂いがするだけで気分悪くなるし、あいつ用に消臭剤でも買おうかな。
俺はイライラしていた気持ちをそう落ち着けさせ、早速近くのドラッグストアの方へ行こうと、方向転換した時だった。

「ゆりくん!」

後ろから声をかけられた。
思わず声の方は振り返ると、見知らぬ女性がこちらに近づいてきていた。

「?」
「ゆりくんだよね?ジンくん推しの」
「え、そうだけど…」

なに?だれ?

ライブ終わりに話しかけられたことがなくて、つい身構えてしまう。相手も俺が警戒態勢に入ったのがわかったのか、苦笑しながら話しかけてくる。

「急に声かけてごめんね。怪しいものじゃないよ!私もジンくん推しでさっきのライブも一緒だったんだけど……わかんないっか」
「あ、すみません…」
「いいよいいよ。ゆりくんいろんな子と話してたし、見てた席も遠かったから。でも、ゆりくんってジンくんのトップオタで、ジンくんとも仲良いんだよね?男の子がファンでいるなんて珍しいから気になって声かけちゃったの」

興味本位でガツガツとくる女にびっくりしてマジマジと顔を見ていると、結構年上ではないのか?ということに気づいた。服装も地雷系や派手さはないフツーな感じで、態度からも社会人として働いていそうな雰囲気が出ている。
話しかけてくるからやばいやつかと思えば、見た目だけはどこにでもいそうな女性だった。それなら余計なぜ俺みたいに話しかけるのか。不思議で仕方ない。それでも女はニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべて顔を近づけてくる。

「私、ゆりくんと仲良くなりたいの!ご飯行かない?」
「え、い、いや、あの…」
「ね!お腹すいてるでしょ!美味しいドリアの店あるの!行こう!!」
「あ、ちょっ…!!」

断る暇もないほど捲し立てられてしまった俺は、結局女に強引に連れ去られてしまった。




「ゆりくん、食べないの?いっぱい食べてほら!」
「あ、ありがと…」

女の名前は…なんて言ったっけ?みか?みゆ?そんな名前だった気がする。
連れてきてくれたのは宣言された通りドリアの店。ほかほかのドリアを勧められて、俺は恐る恐るドロドロに溶けたクリームと絡まったライスを食べる。

(あ、普通にうまい…)

モグモグと口を動かしてると女がまた話し始めた。

「ゆりくん、ご飯とか食べてる?すごい手首細いね」
「え?あ、まあ、よく言われるかも…」
「本当にほっそい!ほら見て、女の私より細い!」

そう言って腕を捲って手首を見せてくる女。確かに俺の方がガリガリ、というより、栄養失調で骨に皮がついてるみたいな見た目してる。
陣にも確かにもっと脂肪つけろって言われた気がする。やっぱりもう少し食べる量増やした方がいいのかな。

「ゆりくん、今日奢ってあげるからいっぱい食べな!育ち盛りなんだし!はい、このチキンもあげる」

女はそう言って、自分の料理に乗ってたチキンを俺のドリアに乗せてきた。

欲しいって言ってないんだけど…。
そう思いつつも、ニコニコと笑顔を押し付けられたら断る理由も思い浮かばなくて…。

「……ありがとう」
「いいえ!よく食べてね」

ニコリと微笑む女。
俺はこの時、初めて陣以外に優しくされた。



……
あの夜、女は本当に俺の飯代を奢ってくれた。俺は女から出される陣にまつわる質問を「はい」か「いいえ」だけで答えただけなのだが、女は至極満足そうにしてその日は別れた。

それからも、ちょくちょくその女には話しかけられていた。

「ゆりくんやっほー」
「あ、やっほー」
「今日寒いねー。あ、カイロ持ってる?あげる!」

そう言って女は一方的にカイロを渡してくる。
何も言ってないけど、こう、勝手にお世話を焼くのが好きなのか、一方的にものを渡してくるから俺は受け取るしかない。
なんだか、ちょっとお節介なお母さんみたいな感じだ。それでも、悪気でやってるわけではないみたいだから、俺はそのまま受け取るようにしていた。


「見て、またアイツきてるよ」
「いくつだよ。カイロ配るとかババくさ」

ひそひそと傍立てる他の女ファンたちの声を黙って聞く。

女はジンのファンの間で嫌われてるらしい。理由は、歳がいってるババアのくせに調子乗ってファン気取ってるから、だそうだ。
別にファンに年齢も何も関係ないだろう。たしかにジンのファンは年齢層はそんなに高くない。その中で社会人経験豊富な彼女は浮いて見えて仕方がないし、大金を叩ける余裕があるのは子供としてもムカつくのだろう。それに、若い女ファンたちはジンに貢ぐために身体を売っているものもいる。だからこそ、見目で値打ちを計ったり、マウントをとることもあった。

「ゆりくん、今日もジンくんの服?かっこいいね」
「そうなの。このチェーン切れたからもういらないって」
「え!こんな細かいの!?」 

女は周りの声などどうとも思ってないのか、さっきの悪口が聞こえていたはずだが、聞こえないフリを続けている。最初はなんだコイツとも思ったし、お節介が多いから面倒くさいとも思ったが、面倒見が良いのか、ライブに来れば必ず声をかけてくれる。
一人っ子で兄弟はいないからよくはわからないが、なんというか、俺に姉がいたらこんな感じなのだろうか。

女が俺の手首を取った。

「あ!ちょっとふっくらしてる!ご飯食べてるんだ、よかった」

女の笑顔に俺は次第に気を許し始めていた。勝手に触られたことも、まあいいかと許してしまうぐらいに。
飯も奢ってくれるし、うるさいお節介もお喋りも少しずつ心地よく感じ始めていた。

そして、女とご飯を食べに行って5回目の時だった。
俺の人生を大きく狂わせる出来事が起きたのは。

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