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○○○○○○○
それからヒコたんとは数時間話して家を出た。特に他愛もない話だ。
ヒコたんの家を出るとき、ヒコたんよりも小さなサイズの靴が目に入って、俺の心の中はクソ最悪だった。
この1年。ヒコたんと出会えて俺の人生は変わった。
元カレと別れて、心も体も腐れきった俺をどん底から救ってくれたのはヒコたんだ。
ヒコたんと一緒にいたい。世界にはヒコたんしかいらない。俺にはヒコたんだけがいれば良いのだ。
なのに、世界はヒコたんだけじゃない。うるさくて、しょうもなくて、クソな奴らがたくさんいる。
ヒコたんの元へ俺が行こうとすると、指を差し、嫌悪し、罵倒し、そして笑うのだ。
どうして、皆俺の邪魔ばかりするのか。
そんな世界なら、さっさと死んでしまえばいいのに。
後数メートルで家に着く。
その距離で家の前に人が立っていることに気がついた。
「誰?」
俺は恐る恐る近づいていく。
あちらもこちらに気づいたのだろうか。
顔を上げてこちらを見ている。
背が思ったより高い。
後数メートルというところで、そいつが誰だかわかった。
「聖…っ」
なんでお前がここにいる。
目を開いて聖の方を見れば、聖は駆け寄ってきて大きく笑う。
「ゆり、おかえり!思ったより遅かったね。電車乗り間違えちゃった?」
さぞ当たり前かのように笑いながら話しかけてくる聖。
たしか数時間前、俺は彼を突き返したはずだ。構うなとも言った。
しかし、彼はニコニコと目の前で甘い笑みを振りまいている。しかも俺の家の前でだ。
「アンタ、どうやってここ…」
「あー!!わかったよ、ゆり。ゆり、『ヒコたん』って人のとこいたんでしょ?だから帰るの遅かったんだよね?」
「は…?」
どうして今ヒコたんの名前が出てくるんだ。
ヒコたんの話は聖にはしていない。ヒコたんが誰かどう言った人なのか、彼には一切言っていない。そもそも彼と話すのもこれでやっと3度目だ。
だが、俺の話を遮った聖はそういうことかと1人納得している。
聖の考えてることが読み取れず俺はますます不信感を募らせる。
得体の知れない恐怖感と警戒心から思わず黙ってしまうが、聖はそんなの気にせずますます饒舌になっていく。
「ゆり、ヒコたんが本当に好きなんだね。……でもさ、ヒコたんって人はゆりのこと好きじゃないよね?」
聖は瞳を大きく弧を描いた。ニコリと笑う。
「ゆりとっても可哀想だ。ゆりは一途にヒコたんのこと見てるのに、ヒコたんはいつもみんなのことばかり。だって、ヒコたんイケメンで優しくて人気者だもんね。仕方ないよね。ヒコたんは皆の『ヒコたん』だもん。ヒコたんがゆりだけを愛すなんて無理だよね」
『だから、ゆりってば可哀想』
聖は気持ち悪い笑顔でニコニコと笑っていた。
吐き気がしてくる。胸糞悪くて綺麗な顔面を殴ってやりたい。ヒコたんはそうじゃないと喚いてやりたい。ヒコたんにだって俺が必要なはずだ。ヒコたんは俺を必要としてくれていた。たとえ『俺だけ』を見てくれなくても…。
---聖に核心を突かれた気がした。
俺は言い返せず、唇を震わせていたのがその証拠だ。
隙をつかれ、聖の手がするりと横髪を撫でる。
「ヒコたんはゆりを愛していない。一生ゆりだけを愛さない。でも、ゆりを愛せるのは俺だけ……神様を信じる俺だけだよ。だから、ゆりも俺を愛せばいい。ゆりを愛する俺を愛せばいい。共依存すればいい」
聖は自分とどこか似ていた。発言や行動がブレて自分に重なったことが何度かある。そして似ているからこそ、彼は俺の欲しいものがわかるんだろう。
俺の思考を掬い、中身を暴き、欲しい答えをこれだと自分の手のひらに乗せて、拾わないのか?とクスクスと笑っている。
俺は、初めてこの男が恐ろしいと思った。
リスカしている時も追いかけてきた時も、まだどこか振り切れる気力があった。面倒臭い人間だと割り切れた。
でも、聖は俺と似ている。今理解してしまった。
聖は俺の弱いところを全てきっとわかってしまう。そして俺も彼の弱いところがわかってしまう。
それはヒコたんと1番違うところ。ヒコたんにはないところ。ヒコたんにだけ依存した俺と俺1人だけを愛そうとはしないヒコたん。望みが叶わないこの関係性は一生自分の尻尾を追いかけて回っているだけ。
「ゆり、共依存…しよ?」
フゥフゥと息が荒くなる。
ヒコたんを信じる。俺はヒコたんだけを信じなければならない。だけどそんなの無意味。でもきっとヒコたんは俺を愛してくれてる。それは自分だけじゃない。ヒコたんだけが俺の神様だったでしょ?でもそれは俺が勝手に決めたこと。それじゃあヒコたんは?ヒコたんには俺はいらない…?
ぐちゃぐちゃと自分の信念がヒビが入り、割れていく。現実を突きつけられる。信じられなくなる。
せめて俺は聖のもとで崩れ落ちる前に家に飛び込んで、逃げるしかなかった。
それからヒコたんとは数時間話して家を出た。特に他愛もない話だ。
ヒコたんの家を出るとき、ヒコたんよりも小さなサイズの靴が目に入って、俺の心の中はクソ最悪だった。
この1年。ヒコたんと出会えて俺の人生は変わった。
元カレと別れて、心も体も腐れきった俺をどん底から救ってくれたのはヒコたんだ。
ヒコたんと一緒にいたい。世界にはヒコたんしかいらない。俺にはヒコたんだけがいれば良いのだ。
なのに、世界はヒコたんだけじゃない。うるさくて、しょうもなくて、クソな奴らがたくさんいる。
ヒコたんの元へ俺が行こうとすると、指を差し、嫌悪し、罵倒し、そして笑うのだ。
どうして、皆俺の邪魔ばかりするのか。
そんな世界なら、さっさと死んでしまえばいいのに。
後数メートルで家に着く。
その距離で家の前に人が立っていることに気がついた。
「誰?」
俺は恐る恐る近づいていく。
あちらもこちらに気づいたのだろうか。
顔を上げてこちらを見ている。
背が思ったより高い。
後数メートルというところで、そいつが誰だかわかった。
「聖…っ」
なんでお前がここにいる。
目を開いて聖の方を見れば、聖は駆け寄ってきて大きく笑う。
「ゆり、おかえり!思ったより遅かったね。電車乗り間違えちゃった?」
さぞ当たり前かのように笑いながら話しかけてくる聖。
たしか数時間前、俺は彼を突き返したはずだ。構うなとも言った。
しかし、彼はニコニコと目の前で甘い笑みを振りまいている。しかも俺の家の前でだ。
「アンタ、どうやってここ…」
「あー!!わかったよ、ゆり。ゆり、『ヒコたん』って人のとこいたんでしょ?だから帰るの遅かったんだよね?」
「は…?」
どうして今ヒコたんの名前が出てくるんだ。
ヒコたんの話は聖にはしていない。ヒコたんが誰かどう言った人なのか、彼には一切言っていない。そもそも彼と話すのもこれでやっと3度目だ。
だが、俺の話を遮った聖はそういうことかと1人納得している。
聖の考えてることが読み取れず俺はますます不信感を募らせる。
得体の知れない恐怖感と警戒心から思わず黙ってしまうが、聖はそんなの気にせずますます饒舌になっていく。
「ゆり、ヒコたんが本当に好きなんだね。……でもさ、ヒコたんって人はゆりのこと好きじゃないよね?」
聖は瞳を大きく弧を描いた。ニコリと笑う。
「ゆりとっても可哀想だ。ゆりは一途にヒコたんのこと見てるのに、ヒコたんはいつもみんなのことばかり。だって、ヒコたんイケメンで優しくて人気者だもんね。仕方ないよね。ヒコたんは皆の『ヒコたん』だもん。ヒコたんがゆりだけを愛すなんて無理だよね」
『だから、ゆりってば可哀想』
聖は気持ち悪い笑顔でニコニコと笑っていた。
吐き気がしてくる。胸糞悪くて綺麗な顔面を殴ってやりたい。ヒコたんはそうじゃないと喚いてやりたい。ヒコたんにだって俺が必要なはずだ。ヒコたんは俺を必要としてくれていた。たとえ『俺だけ』を見てくれなくても…。
---聖に核心を突かれた気がした。
俺は言い返せず、唇を震わせていたのがその証拠だ。
隙をつかれ、聖の手がするりと横髪を撫でる。
「ヒコたんはゆりを愛していない。一生ゆりだけを愛さない。でも、ゆりを愛せるのは俺だけ……神様を信じる俺だけだよ。だから、ゆりも俺を愛せばいい。ゆりを愛する俺を愛せばいい。共依存すればいい」
聖は自分とどこか似ていた。発言や行動がブレて自分に重なったことが何度かある。そして似ているからこそ、彼は俺の欲しいものがわかるんだろう。
俺の思考を掬い、中身を暴き、欲しい答えをこれだと自分の手のひらに乗せて、拾わないのか?とクスクスと笑っている。
俺は、初めてこの男が恐ろしいと思った。
リスカしている時も追いかけてきた時も、まだどこか振り切れる気力があった。面倒臭い人間だと割り切れた。
でも、聖は俺と似ている。今理解してしまった。
聖は俺の弱いところを全てきっとわかってしまう。そして俺も彼の弱いところがわかってしまう。
それはヒコたんと1番違うところ。ヒコたんにはないところ。ヒコたんにだけ依存した俺と俺1人だけを愛そうとはしないヒコたん。望みが叶わないこの関係性は一生自分の尻尾を追いかけて回っているだけ。
「ゆり、共依存…しよ?」
フゥフゥと息が荒くなる。
ヒコたんを信じる。俺はヒコたんだけを信じなければならない。だけどそんなの無意味。でもきっとヒコたんは俺を愛してくれてる。それは自分だけじゃない。ヒコたんだけが俺の神様だったでしょ?でもそれは俺が勝手に決めたこと。それじゃあヒコたんは?ヒコたんには俺はいらない…?
ぐちゃぐちゃと自分の信念がヒビが入り、割れていく。現実を突きつけられる。信じられなくなる。
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