引き換えもの

COCOmi

文字の大きさ
上 下
12 / 12

白後

しおりを挟む

静かにドアが開く音がした。


俺の見える景色は半分白い。
冬織がこちらに寄ってくるのが左半分の目から見えた、


「万智、ご飯の時間だよ」

冬織はあの時よりも髪が随分長くなり、背も5センチほど伸びた。
10年も経ったのだ。昔の幼い面影はすっかり抜け切った。


俺は半分しか見えない眼で冬織の顔をじっと見つめる。

やけに冬織の顔を見つめていれば、冬織が不思議そうにこちらを覗き込んだ。


「どうしたの?…もしかして今日のご飯のこと考えてた?ふふっ、シチューだよ」

冬織は笑いながら、持ってきたお盆と皿を机の上に置いた。
白衣の皺を伸ばして、俺の前にあった椅子に冬織は座った。

どうして昔のことなんか思い出していたんだろう。冬織が伸ばしてきた手が顔に触れて俺は目を閉じた。

「…万智、口を開けて」


言われた通り口を開ける。冬織の顔が近づき、胸元にあったライトを持って、俺の喉奥を覗き込む。
カチカチとライトの音と、首元に微かな万智の息がかかる。

「…うん、今日も大丈夫そうだね。それじゃあ上半身を脱ごうか」

喉の検診は済んだらしい。
俺は言われた通り、左手で上着のボタンを外した。

冬織が服を引っ張っては、脱がし、中に着たシャツも丁寧に脱がされる。


上半身裸になった俺を見て、冬織は首に吊るした聴診器を持ち直した。

「万智、痛いところは?」
「おかげさまで、ないよ」
「右肩はうずく?」
「あまり。どちらかと言うと右目の方が変な感じ」
「そうか。……息を吸って」

聴診器を胸に当てて、鼓動を聞かれる。

その後、満足そうに頷いた冬織は聴診器を外すと、俺の胸や腰に手を這わしながら、身体をじっくり触っていく。


するり、するり、と撫でられる手に熱を感じる。
ふわりと熱が内側から込み上げ、少し熱く息を漏らすと、冬織はクスリと笑った。


「すっかりキズは塞がったんだね」
「そうなんだ」
「うん。とっても綺麗…」

そう言って冬織は腕のない右肩にキスを落とした。


俺の右腕はもうない。
大量出血だとか腐ってしまうからとかそんな理由で、あの事故の後切断された。
右目も、殴られた後遺症によって失明した。
脳部分のダメージは少なかったものの、右目と右肩は完全に機能を無くしてしまった。


冬織は右肩からそのまま胸元へ唇を落としていく。舌を出しては、胸元を舐めていった。
弾かれた乳首を舌で包まれ、どうしようもない快感に襲われる。

冬織に慣らされた身体は、冬織が触れただけで熱くなる。あっという間に息が上がり、股間部は硬く熱く持ち上がって、ズボンを押し上げていた。冬織はそれにも気づいていて、手を伸ばしてゆっくり撫でるのだった。


「万智、どうする?食べる?それとも先にする…?」
「んっ…、は、っ、お腹、空いてる。食べたい…」
「ん、いいよ」


冬織は俺の言ったことに怒らず、俺の胸を撫でるのを止めると、大人しく身体を退いた。

少し息を整えながら、腹奥の熱を治める。それと同時に空腹感。

俺の右腕はない。
片腕できるものもあるが、基本的に食事も排泄も冬織が担当する。
体調管理は冬織がしていた。彼はこのために医者になったのだという。

冬織は俺の口元にスプーンを持っていき、開けた口の中へゆっくりスープを運んでいく。



「…俺を殺さないの」
「どうして?殺す意味なんてないじゃないか。万智も死にたくないんだろ?」
「……うん」

そう言うと冬織は小さく笑って、あーんと俺の方にスープを持ってきた。

死にたくないのかどうかわからなかった。
死にたくなくて、生きないといけないと思って、今の俺は冬織に頼って生きている。

でも、本当にそうなのだろうか?俺は生にしがみつく必要なんてあるのだろうか?俺が望んだ場所なのだろうか?


…だけど、ここでは返事をしないといけなくて、ただうんと頷いた。
正解かどうかわからないまま、答えはいつもこうやって引き伸ばされていくのだ。





「白い、海」


昔の冬織が囁いてきた。

今日はやけに昔のことを思い出す。
暗い部屋の中で真っ赤になった金属バットが落ちていた。
10年前の冬織が泣きながら叫んでいる。

「アイツは万智を殺そうとした…!身体をバラバラにして売るつもりだったんだ!俺が万智を殺させやしないよ…万智がそう願ったんだから。……万智は生きるためなら俺のこと好きになってくれるんだよね?」





「白…」
「ん?万智、なに?」
「白い海って…どこにあるの?」
「なにそれ?白い海なんてどこにもないよ。万智、海に行きたいの?そっかぁ、まあ最近行けてなかったもんね」

日差しがまだ強くないから行くにはちょうどいいかも、なんて笑いながら冬織は最後のスープの一口を俺の中に押し込めた。








「…万智、もう、いいよね?」

冬織は食器をテーブルに置いて、静かな俺に覆い被さってくる。身体を抱き上げ、白の清潔なベッドに俺を優しく寝かせた。


冬織の服がベッドの裾に散っていき、彼の温かい熱が肌に染み込んでいく。
冬織は暖かい。心地よくて彼の肌により密着すれば、冬織に身体を抱きしめられた。


…ベッドで他人の熱に犯されながら、それでも俺は昔の夢を見ていた。

白い海。それはどんな景色なんだろうか。


冬織の綺麗な顔が俺に口付けていく。
彼と見ることができたらとても綺麗なのだろうか。ふと、そんなことを思った。




「万智、万智、好きだ。絶対死なせたりはしない…っ、死なせないっ」


……違う、俺は待っている人がいるんだ。


身体が浮いて、多幸な射精感に包まれる。

身体に入り込んだ冬織の熱は大きく孕み、俺の身体に溶け込もうと中へ奥へ深まって行く。



俺は白い海に行きたい。

きっとそれは冬織と行く場所ではない。彼は白い海なんて知らないのだ。だから彼とは行きたくない。
 
俺はずっと、行きたい場所へ転がり落ちていく人生だったんだ。
行きたい方へ流されていけばいい。


「冬織、好きだよ」 
「万智…俺も一生愛してる」


冬織の暖かい体温に包まれる。生きている、彼は生きている。右目の白が霞んだ。




冬織は白い海なんて知らない。

-だから、俺はおじさんが迎えにくるのを待ち続けている。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

隣/同級生×同級生

ハタセ
BL
輪廻転生モノです。 美形側が結構病んでおりますので病んでる美形が好きな方には是非読んで頂けると有難いです。

花香る人

佐治尚実
BL
平凡な高校生のユイトは、なぜか美形ハイスペックの同学年のカイと親友であった。 いつも自分のことを気に掛けてくれるカイは、とても美しく優しい。 自分のような取り柄もない人間はカイに不釣り合いだ、とユイトは内心悩んでいた。 ある高校二年の冬、二人は図書館で過ごしていた。毎日カイが聞いてくる問いに、ユイトはその日初めて嘘を吐いた。 もしも親友が主人公に思いを寄せてたら ユイト 平凡、大人しい カイ 美形、変態、裏表激しい 今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。

とある空き巣がヤンデレイケメンに捕まる話♡

もものみ
BL
【あほえろの創作BLです】 攻めがヤンデレです。 エロパートは長い割りにエロくないかもしれません。 ネタバレ有りの人物紹介 (自分の中のイメージを壊したくない方は読まないで下さい) ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 小鳥遊 鈴也(たかなし すずや) 身長165cmの小柄な空き巣。見た目は中の上くらい。家事が得意で、特に料理が趣味。自分が作った料理を食べて人が幸せそうな顔になるのを見るのが好きで、プロを目指していたが叶わなかった。現在もひとり腕を磨き続けていたが、腕前を披露する機会がなく、実は理に料理を食べてもらえて嬉しかった。 空き巣の間では結構名が知られており、金持ちしか狙わないがどんな豪邸やマンションでも盗みに入る『すずや』は一部ゴロツキからダークヒーロー的な人気がある。しかし毎回単独での犯行で、誰も素顔は知らない。実は現場近くでファンのゴロツキともすれ違っているが小柄すぎてバレない。そのためゴロツキたちはどこからか流れてくる噂で犯行を知る。最低でも3ヶ月に1回は噂が流れてきたのに突然噂が流れてこなくなり、落ち込むゴロツキも少なくはなかった。 三鷹 理(みたか おさむ) 身長182cmで27歳のIT会社社長。高身長高学歴高収入のハイスペックイケメン。学生時代に株に手を出しそれで手に入れた資金を元手に会社を創設。街中で見かけた鈴也に一目惚れして鈴也に執着し、じっくりと罠を張ってついに捕まえることに成功する。金や名声にそこまで興味はなかったのだが、鈴也を捕まえるためにも鈴也の罪を無かったことにするのにも結構役立ったので会社を創ったことに関しても満足している。 見た目は優男風のイケメンで物腰も柔らかいが時折猛禽類のような鋭い目つきをする。能ある鷹は爪を隠すタイプ。 鈴也に対しては基本的には甘々だが、ややSっ気があり、からかって鈴也の反応を楽しんでいるところがある。 小鳥遊と三鷹、なので各所に鳥をイメージした言葉を散りばめました。鷹に捕まって遊べなくなった鳥籠の小鳥はこれからどうなるのでしょう。甘やかされて幸せに過ごすのでしょうね。

美形な幼馴染のヤンデレ過ぎる執着愛

月夜の晩に
BL
愛が過ぎてヤンデレになった攻めくんの話。 ※ホラーです

割れて壊れたティーカップ

リコ井
BL
執着執事×気弱少年。 貴族の生まれの四男のローシャは体が弱く後継者からも外れていた。そのため家族から浮いた存在でひとりぼっちだった。そんなローシャを幼い頃から面倒見てくれている執事アルベルトのことをローシャは好きだった。アルベルトもローシャが好きだったがその感情はローシャが思う以上のものだった。ある日、執事たちが裏切り謀反を起こした。アルベルトも共謀者だという。

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

【R18】【Bl】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の俺は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します

ペーパーナイフ
BL
主人公キイロは森に住む小人である。ある日ここが絵本の白雪姫の世界だと気づいた。 原作とは違い、7色の小人の家に突如やってきた白雪姫はとても傲慢でワガママだった。 はやく王子様この姫を回収しにきてくれ!そう思っていたところ王子が森に迷い込んできて… あれ?この王子どっかで見覚えが…。 これは『【R18】王子様白雪姫を回収してください!白雪姫の"小人"の私は執着王子から逃げたい 姫と王子の恋を応援します』をBlにリメイクしたものです。 内容はそんなに変わりません。 【注意】 ガッツリエロです 睡姦、無理やり表現あり 本番ありR18 王子以外との本番あり 外でしたり、侮辱、自慰何でもありな人向け リバはなし 主人公ずっと受け メリバかもしれないです

処理中です...