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しおりを挟む「兄ちゃん何してんの、早速約束破ったよね」
中庭に引きずりだされた空は弁当を抱える体が震える。
蒼の顔が怖い。弟なのに歯向かえないオーラが空を覆い込む。蒼は和正の家から出てきた時と同様、いやそれよりももっと責め立てる目をしていた。
「そ、蒼…」
「なんで手を振り払わなかった?見つからなければいいと思った?そんなにずるいやつだったんだ、兄ちゃんって」
「ち、ちが…」
強すぎる蒼のオーラで口の動きが鈍くなる。体が固まって石のように重い。汗はだらだらと溢れ、呼吸をするのに息はうまく吸えない。
弁解したいのに声が、言葉が、うまく出せない。
蒼は答えない空に痺れを切らし、怒りのままに弁当を地面へ投げつけた。プラスチックが割れた音が響き、弁当袋が力をなくしたようにしな垂れる。
「ヒッ」
空は情けない声と共に足の力が抜けてその場に座り込んでしまう。
体が思うように動かない。初めての経験だった。弟の前にしゃがみ込んだ空はまるで奴隷のようだ。見えない圧力に逆らえない。
カタカタと体だけが震え、汗と一緒に涙も溢れてきた。
蒼は空の頭の位置と同じになるくらいにしゃがみ込んだ。
「兄ちゃんは本当に反省してる?俺がどれだけ傷ついたと思う?兄ちゃんは最低だ」
海で溺れたような嗚咽。先ほどから吸えてない呼吸は空気欲しさにどんどん荒くなっていく。
さすがにおかしな反応をする空に蒼は責める声をやめた。
「兄ちゃん?」
「……っんぐ、っかはぁ、けほけほ…っ!」
緩んだ雰囲気の一瞬の隙に、一気に空気が肺に入ってくる。咳がたくさん出て体が支えられないからそのまま地面に伏せた。蒼は突然倒れた空を抱え込んだ。激しい呼吸に息を安定させようと蒼は慌てて声を上げ、背中をさする。
「兄ちゃん、にいちゃん?!」
「っごほ、はっ、はぁはぁ…」
息を整えるのに空はかなりの時間を要した。いつのまにか縛りが解き放たれたように体は軽い。
蒼の顔をおそるおそる見ると、先ほどの恐ろしい顔ではなく泣きそうな顔をしていた。
(さっきのはなに…)
冷たい汗が頬から顎を伝う。先ほどまで自由のきかなかった腕が服を握り締める。
蒼は空の頰を指で無理やり拭った。
「兄ちゃん、なんかおかしいから保健室行こう」
「え、そこまでは」
腕を引っ張られて問答無用で立ち上がらされる。
先ほどの怒りはどこへ行ったのか蒼は俺を丁寧に抱きかかえ、お姫様抱っこの状態で校舎の方へ歩き出してしまう。
「そ、蒼…っ!俺、さっきのこと…!」
「話は後で聞くから。空兄ちゃんはじっとしてて」
(蒼待って、まって………)
何が起きたか事態が掴めない空はなされるがまま、蒼によって中庭から連れ出されてしまう。
校舎にはたくさんの生徒が談笑していた。しかし、空を抱きかかえた蒼が横を通ると、生徒達は会話をやめこちらへ注目してくる。空の知らない生徒が俺たちを見ては、「あれ、蒼だよ」「何?けが人?」「だいてるの、誰?」と話している声が聞こえてくる。大半は蒼を見ている方が多いが、たまに蒼よりも空のことをじっと見つめる者もいて、空は思わず顔を下げて視線が合わないようにした。
蒼は空と一緒に階段を上がり、ある教室の前で足を止める。ここは蒼のクラス教室だ。
「え?」
「やっぱり保健室よるのやめた。家に帰ろう。俺も早退する」
俺は大丈夫だと空が言い切る前に、腕から下ろされてここで待っていろと廊下に立たされる。蒼は俺を置いて足早に教室の中へ入っていってしまった。
そんな不思議な光景に、蒼のクラスメイトが不安そうにこちらを見てきている。年下の生徒たちにこんなに見つめられるのはとてもしんどい。その中で、たまたま近くにいたガタイのいい生徒が大丈夫かと声をかけてきた。突然でびっくりしたが、空は反射的に返事を返そうとする。
しかし、その返事を応える前に蒼がでかい声で「触るな!」と怒鳴りつけた。
いきなり現れて怒鳴った蒼に、声をかけてきた生徒も目を丸くしている。鞄を片手に引っ掴んだ蒼はその生徒に謝りの言葉も言わないで鋭く睨みつけた。蒼は無言でそのまま俺をまた持ち上げ、あからさまに憤慨した顔を見せて、周りなど目もくれず廊下を歩き出した。
さすがにどんなことであれあの生徒の善意を踏みにじる蒼の行動に空は不服を感じ、彼に抗議した。しかし、蒼は「あれはアルファだ」と言い放つと俺がいくら言っても一切耳を傾けなくなってしまった。
また怒りだしてしまった蒼に、空は訳がわからないと内心混乱した。優しいかと思えば、恐ろしい顔になったり、慌てて泣きそうな表情をしたり、蒼の機嫌は不安定だ。きっと自分の行動がその原因だということはわかっているが、あの目撃された日から蒼の様子は明らかにおかしくなっている。
『アルファとは関わるな』
朝のクラスメイトや先ほど話しかけてきた見知らぬ生徒もアルファだった。アルファと俺に何の関係があるのか。空はやはり疑問を思わずにいられなかった。
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